〈小池克臣と行く、和牛百景〉

和牛の魅力ってなんだろう。美しいサシ、脂の旨みといったお肉そのもののおいしさはもちろん、料理人、生産者など和牛をとりまく物語も見逃せない。今や世界中の“おいしい共通語”となった、和牛〜WAGYU〜がおいしく食べられる名店を“肉バカ”こと小池克臣が探す、食べる、紹介する!

第4回 小池克臣が自らナビゲートする、赤身肉の名店「焼肉くにもと本店」

木造2階建ての古い一軒家にひと目惚れした店主が、この場所に店を構えて20年あまり。いまや同業者も密かに足を運ぶ名店にして、人気店。

この店なくして、小池和牛道は語れない。赤身肉のおいしさに開眼した記念すべき一軒とあって、今回は小池克臣さん自らナビゲート。肉のおいしさから、とっておきの味わい方まで、「ここの焼肉なら毎週でも食べられる」と言い切る、その魅力を語り尽くす。

タレで味わう焼肉なら、「くにもと」の右に出る者なし

 

小池さん

初めて訪れたのは、かれこれ13、14年前。当時はまだ、“すごい牛肉といえば、サシがたっぷり入った肉”という、霜降り肉全盛の時代。実際、僕自身もそう思っていました。赤身肉は、肉が真っ赤でパサパサしていておいしくないものだ、と。その概念を覆してくれたのが、「くにもと」でした。

 

食べログマガジン編集部

赤身肉のおいしさを知ってほしいと、当時からいろいろな部位を出していたそうですね。

 

 

小池さん

今日も、芯々やとも三角が入っていますが、“もも肉って、こんなにおいしいんだ”と最初に気づかせてくれたのも、この店。しっとりとしていて、肉の味がとても濃い赤身肉のおいしさ、そして部位による味の違いと、和牛の本当のおいしさを知るきっかけになった一軒です。

 

食べログマガジン編集部

最近は赤身肉を扱う焼肉店も増えてきましたが、それでもここに足を運ぶ、その理由は?

 

小池さん

僕は、焼肉店の実力がいちばん出るのは、“タレ”だと思っていて、これまで訪れた焼肉店の中でいちばん好きなのが、ここのタレなんです。いい肉を食べるなら塩に限るという人もいますけれど、僕は、塩で食べるなら、焼肉店じゃなく、ステーキ店で厚めの肉を焼いてもらうほうがいい。焼肉のような薄切りの肉を食べるのであれば、タレのほうが部位による味の違いが、より感じられると思うんです。

2名の場合は90分、3名以上は120分までという時間制、テーブルでの食事は一斉スタート、カード不可、などなどルールはあれど、それでも訪れたいという客が後を絶たない。
 

食べログマガジン編集部

創業から変わらないという、薄口醤油をベースにした、さらっとした味わいのタレですね。壁にも、“たっぷりつけてください。もっとおいしくなります”という張り紙が!

 

小池さん

肉の味を消すのではなく、引き立てて、しかもさらにおいしくしてくれる。そういうタレは意外に少なくて、ほとんどの店のタレが、肉の味に勝ってしまっている。でも、ここは、タレの中で肉を何往復させても、ちゃんと肉の味がするし、そのうえ食べていて疲れない。だから、毎週でも訪れたくなるんです。

今も変わらず惹きつけられる、くにもとのお肉とは?

肉は、店主が全国から選んだ優良銘柄和牛の6つの部位が入るおまかせで、“上等”、“飛切り”、“別格”の3コース。小池さんがいつもオーダーするのは、意外にも“上等”だ。

“上等”7,000円。この日は、芯々、とも三角、もも、イチボ、カメノコ、サーロインの6つの部位が木箱に。上段は塩、下段はタレで楽しむのが、店のおすすめ。その他、“飛びきり”10,000円、“別格”15,000円。
 

小池さん

一般的な焼肉店では、上中下があれば、必ず上のコースを頼むんです。そのほうが断然、おいしいから。ところが、ここは、“上等”も“飛びきり”も“別格”も、どのコースにも妥協がないので、いちばん手頃な“上等”でも、最高の牛肉が味わえる。最初のころは“別格”も頼んでいましたが、いまはもっぱらこれです。

 

食べログマガジン編集部

どのコースも、顔が見える生産者が育てた、優良銘柄和牛とのこと。今日の“上等”の6つの部位も、すべて毎年、高い評価を受けている田村牛です!

 

小池さん

よく見ると、赤身でも、細かいサシが入っているでしょう。これがおいしい赤身の証拠。しかも、ひと切れが大きい! そこも、僕がこの店が大好きな理由のひとつ。最近のおしゃれな焼肉店は、ひと切れ、ひと切れが小さくて、部位ごとの違いを味わうところまでいかない。ここの肉は大きくて、食べ応えがあるので、頬張ることで肉の味が感じられ、部位ごとの違いもよくわかるんです。

 

小池さん

しかも、肉がおいしいだけでなく、おいしく食べさせる技術も高い。見てください、部位ごとに厚さが皆、違うでしょう。しかも、たとえばイチボはあえて繊維を残すように切ってある。肉は繊維を断つように切るのが基本ですが、部位やその日の状態によっても硬さが変わってくるから、それによって切り方を大胆に変えている。一枚、一枚、こうやったほうがおいしいんじゃないかという包丁の入れ方をしているんですね。

イチボやサーロインは、肉のおいしさをさらに引き立ててくれるタレにつけて、右に左にと、3往復。小池さんが、こんなふうにして食べるのは、「くにもと」だけだそう。
 

小池さん

寿司や日本料理は、よく噛んで、味わって食べるじゃないですか。ところが、焼肉は味わうというより、本能で食べてしまいがち。でも、牛肉だって、噛むからこそ、うま味が感じられる。噛むことでおいしい焼肉を知ってしまうと、やっぱりここになってしまいますね。

まずは、おまかせを平らげ、食べ足りなかったら、追加で別の部位を楽しむのがおすすめ。さまざまな部位の切り落としを盛ったひと皿は、創業から続く名物。

締めは冷麺と切り落とし。一緒に食べると、おいしさ無限大

“上等”コースを平らげたら、切り落としのコリアン風味と冷麺を追加オーダー。これを交互に味わいながら締めるのが小池流「くにもと」の味わい方。その極意とは?

冷麺1,350円。麺は、特注で作ってもらっているそうで、生麺のような食感。
 

食べログマガジン編集部

黒毛和牛の切り落としは、塩、タレ、コリアン風味の3種から選ぶんですね。

 

小池さん

僕は、冷麺と合わせて食べたいので、いつも辛いコリアン風味をオーダーします。これを食べて、肉の味が消えないうちに、冷麺のスープをひと口。口をさっぱりさせたところで、また肉にいくという。辛い肉が、このすっきりとしたスープとよく合うんです。冷麺の麺も、すごくおいしいんですよ。

お宝肉が入っているかもしれない、黒毛和牛の切り落としは、平盛り1,380円、大盛り2,760円。創業以来の名物というのも納得のコスパの高さ!
甘辛いタレの香ばしい香りが食欲をそそる。

黒毛和牛の木箱には、店主の職人魂が詰まっている!

かれこれ15年近く、数えきれないぐらい店を訪れている小池さんだが、店主の国本芳明さんと話す機会は滅多にない。が、言葉を交わさずともお互いの肉愛は伝わっているようで……。

大阪にある焼肉の名店で修業を積み、1997年に東京で自店を構えた国本芳信さん。いまや、長男も一緒に厨房に入っている。
 

小池さん

僕が食事をするのは、だいたい2階のテーブル席。いつも1階の厨房にいらっしゃるご主人と話す機会が少ないので、今日はこんなふうにお目にかかれたのは、うれしい限り!

 

食べログマガジン編集部

国本さん、客席に出向くのが苦手らしいです(笑)。

 

小池さん

でも、ご主人の気持ちは木箱に詰まっているというか……。木箱に並んだ肉を見るだけで、“この間はこの肉のこの部位だったから、今日はこれを選んでくれたのかな”というような、ご主人の思いがひしひしと伝わってくる。それで十分です!

DATA

 

※価格は全て税込

教えてくれた人

小池克臣(こいけ・かつおみ)

横浜の魚屋の長男として生まれるも、家業を継がずに、外で、家で、肉を焼く日々を送る。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、ほぼ毎晩、牛三昧。さらには和牛そのものの生産過程や加工、熟成まで踏み込んで研究を続ける肉の求道者。著書に『肉バカ。No Meat, No Life.を実践する男が語る和牛の至福』(集英社刊)。公式ブログ「No Meat, No Life.」。

取材・文:齋藤優子

撮影:山田英博