〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司のほか、ラグジュアリー店のカジュアルランチなどを紹介する。

シャンパーニュと江戸前寿司がもたらす特別なランチタイム

心斎橋でひときわ存在感あるスタイリッシュなホテル「Cuvée J2 Hôtel Osaka by 温故知新」

大阪・心斎橋にシャンパーニュをコンセプトにしたホテルがあるのをご存じだろうか? 心斎橋エリアの中でも洗練された大人が集まる場所として知られる南船場に、2024年1月に開業した「Cuvée J2 Hôtel Osaka by 温故知新」だ。

このホテルの魅力は、11ある客室がそれぞれ1つのシャンパーニュメゾンとコラボレーションしていること。客室の扉を開けると、メゾンの歴史やカルチャーを表現したインテリアや映像、最適な温度に冷やされたボトルシャンパーニュが迎えてくれる。2025年には世界のラグジュアリーホテルが加盟する「スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド(SLH)」にも正式加盟した。

「Cuvée J2 Hôtel Osaka by 温故知新」の2階フロアにある「AWA SUSHI 泡鮨」は、シャンパーニュに寄り添う江戸前寿司を味わえる貴重な店

ホテル内にありながら、宿泊客だけでなく、国内外のシャンパーニュ愛好家がわざわざ足を運ぶのが「AWA SUSHI 泡鮨」である。

「シャンパーニュと江戸前寿司の最良の組み合わせを、じっくり味わっていただきたいという思いから、このレストランが生まれました」と話すのは、総支配人の井原穂高さん。食い倒れの街といわれる大阪だからこそ「おいしいものを食べたい」と願うゲストに、上質な料理とお酒で、幸せな時間を過ごしてほしいのだという。

料理長の金鎭暉(キム・ジンフィ)さん。「これからもまだまだ日本で勉強して寿司の技を究めたい」と話す

料理長を務めるのは、韓国出身のJINさんこと金鎭暉さん。「料理人としてのスタートは、私の故郷である韓国のソウルです。その後、お寿司の魅力に引かれて来日しました。今年で10年になります」と話す。「本場で学びたい」という思いが日増しに強まり、日本へ渡った。22歳の時だった。

見事な所作で寿司をにぎっていくJINさん。その動きに迷いはない

「最初の1年間は、まだまだ日本語が上手く話せなかったので、いろんなジャンルの飲食店で働きました。1年経って、やっと食材の名前なども日本語でわかるようになって。本格的に寿司の修業を始めたんです。大阪で寿司の基礎を徹底的に学んだ後、しばらく四国に渡り、星付き店などでさらに技術を磨きました」

そんな中「腰を落ち着けるなら大阪で」と思ったのは、「賑やかで明るい大阪が自分には合っていると思った」からだとJINさんは言う。大阪に戻り、2024年に「泡鮨」の副料理長として入店、2026年2月に料理長に就任した。

見事な手さばきで魚をさばき、寿司ネタとしての仕事を施していく

日本に来て10年。ひたすら寿司職人としての技を磨いてきたJINさんの強みは、ソウルをはじめ、その後の修業先でも魚介類を扱い、素材を見極める目と確かな熟成技を身につけたこと。「奇をてらったネタを用いるなど寿司に変化を加えるのではなく、伝統的な江戸前の寿司を、そのまま真っ直ぐに表現することを大切にしています。お客様には、素材の魅力を限りなく引き出した、実直な江戸前の仕事を味わっていただきたい」と話す。

お腹具合や予定に合わせて選べる昼のコースは2種類

ランチは「江戸前鮨おまかせコース」(一品料理4~5品、寿司8~12貫、赤出汁)19,800円と「江戸前鮨おまかせショートコース」(一品料理2~3品、寿司5~7貫、赤出汁)9,000円の2コース

「泡鮨」のランチは、造りや蒸しアワビといったツマミに加え、寿司もたっぷり味わえる江戸前鮨おまかせコース(全13~17品)と、気軽に楽しめるショートコース(全7~10品)の2種。お腹具合やその日の予定に合わせて選べるのがいい。ホテル内の隠れ家的な店で、静かな時間を満喫できる充足感がある。

シャンパーニュ3種類の飲み比べセット「MARIE」は12,000円。5種類の「AWA MARIE」は24,000円。それぞれハーフサイズもある

自慢のシャンパーニュはグラスで味わうこともできるが、ソムリエのおすすめを3種類か5種類で飲み比べできるセットが人気。ランチだから軽めに飲みたいという人には、ハーフサイズも用意されている。寿司店やレストランでも、シャンパーニュはボトルでないと味わえない店もある中、グラスで何種類も楽しめるのはありがたい。

「シャンパンホテルで江戸前寿司」となると、シャンパーニュ初心者はハードルが高いと感じるかもしれない。まずはランチで気軽にラグジュアリーさを体感し、気に入れば誕生日やデートなど、特別な日のディナーにも利用してほしいという。

美しい所作が生み出すおまかせコースの味わいは

この日のお造りとして、まず登場したのは和歌山県産の真鯛の造り。白身の造りはほかにも平目など。季節によって変わるそう

おまかせコースは、造りや煮だこ、焼き物といったツマミ的な一品料理が数種類出て、その後にぎり寿司を味わえるというもの。ツマミも寿司もシャンパーニュとの相性を第一に、熟成や酢締め、塩の加減、薬味の種類なども考え抜かれている。

写真の真鯛の造りは、JINさんお得意の熟成技を施し、うまみを凝縮させたもの。好みで藻塩や山葵を付けて味わう。淡麗なうまみが際立つこの造りには、すっきりとしたブランドブランや花の香りがするロゼシャンパーニュの辛口を合わせるのがおすすめだとか。

この日の蒸しアワビは、韓国産。仕入れによって産地は変わる

ふっくらと蒸し上がったアワビも、シャンパーニュに合う一品。肝のソースを添えると、ロゼシャンパーニュのふくよかな味わいにピタリとくる。

「その時々で一番状態の良いアワビを厳選して仕入れているので、季節によって産地も種類も変わります。今日ご用意したのは、今もっとも素晴らしい状態の韓国産のアワビです」とJINさん。これから夏に向けて季節が移り変わる頃には、北海道産のエゾアワビなども登場する。最高の食感とうまみを味わってほしいからこそ、一期一会を大切にするのだそう。

アジのにぎり。この日のアジは3日間寝かせたもの。脂がのっているが濃厚過ぎずさらりと味わえる

ツマミの後に続くのは、江戸前の仕事を堪能できるにぎり数貫。

「このアジは、今日でちょうど3日目。良い感じにうまみが増してきました。その時々のアジの状態を見て、数日間寝かせることが多いですね」

シャリとネタの間に忍ばせたネギと生姜が、小気味よいアクセントを利かせている。JINさんがにぎる寿司は、シャリの粒がしっかりと主張しつつも、口に入れた瞬間、するりとほどけていくのが心地よい。その絶妙な酢加減もまた、シャンパーニュの繊細な味わいと美しく響き合う。

金目鯛は皮目を少し炙ってにぎりに。どのネタも冷蔵庫から出して室温に馴染ませ、うまみや甘み、食感などを際立たせる

金目鯛のにぎりは、炙った皮目の香ばしさと品のある脂が絶妙にマッチする深い味わい。思わず「もう一貫」とおかわりしたくなる衝動に駆られる。
ネタは季節やその日の仕入れによって変わるが、タイやヒラメ、カワハギなどの白身から、赤身や中トロといったマグロ、そしてコハダ、車エビ、ウニ、アナゴまで、江戸前ならではの魚介が贅沢に用意される。

金目鯛に合わせて注がれたのは、名門メゾン「ジャクソン(JACQUESSON)」の一杯

この日、アジにも金目鯛にも見事にマッチするとして供されたのは、名門メゾン「ジャクソン」の一杯。2020年の収穫をベースにした「700シリーズ」の最新作で、記念すべき節目の一本だという。

「圧倒的なエレガンスと硬質なミネラル感、そして見事なバランスを兼ね備えた、まさにジャクソンらしさが詰まった味わいです」と井原さんは薦めてくれる。

ジャクソンの洗練されたミネラル感と、江戸前寿司のうまみ。これらが口内で響き合うマリアージュは、シャンパーニュの愛好家はもちろん、初心者であっても「これほどまでに寿司を引き立てるのか」と、目から鱗が落ちるような体験になるに違いない。

「泡鮨」で使うのは、滋賀県産の米をブレンドした「鮨舎利米」。ジン料理長が求めるシャリに一番適した米だという

ネタのクオリティもさることながら、それを受け止めるシャリもまた、寿司の命だとJINさんは言う。「うちで使っているのは、主に滋賀県産のお米です。単一品種や新米だけに頼るのではなく、実はあえて2年前、3年前の古米を絶妙にブレンドしてもらっています。口の中で程よくほどける硬さや水分量を完璧に表現するには、このブレンドが欠かせないんです」。そのこだわりが、極上の口溶けの理由なのだと深く納得させられる。

写真の「鮨舎利米」は、お米のカリスマとして知られる「米匠 橋本」の五ツ星お米マイスター・橋本晃治さんが、ジンさんの目指す理想的なシャリ作りに合わせて特別に仕立てたものだという。この特別なブレンド米に、3種類の赤酢と米酢など、実に6種類もの酢を独自にブレンドした合わせ酢を加え、唯一無二のシャリが完成する。

コースの〆に出されるのは、デザートのような玉子焼き。抹茶味の泡蜂蜜がシャンパーニュに合う

にぎりの後、〆の一品として登場するのは、カステラを思わせる玉子焼き。デザートらしいナチュラルな甘みを添えるのが、岐阜県で作られる「泡蜂蜜」の抹茶味だ。その名の通り、泡のようにふわふわとした不思議なテクスチャーの蜂蜜に、風味豊かな抹茶を合わせたもの。卵の優しいコクにこの蜜がとろりと調和し、コースの最後を美しく締めくくる、珠玉の和のスイーツとして楽しませてくれる。

いつかは世界中からシャンパーニュラバーが訪れる名店に

ココで味わえるシャンパーニュは王道から希少なものまで約200種類

店内のセラーにずらりと並ぶシャンパーニュは、およそ200種類。国内ではここでしか味わえない希少なものや、小規模生産者の一本もある。味わいの好みや予算を伝えれば、最良の一本をソムリエが選んでくれる。記念日や大切な人とのランチが、より幸せなひとときになる。

「私たちは、造り手の次にシャンパーニュを愛し、その文化を正しく広める拠点でありたいという強い思いを持っています」と井原さん。シャンパーニュを単にラグジュアリーなものとして扱うのではなく、フランスやシャンパーニュの土地、そして造り手の方々に深い敬意(リスペクト)を払いたいと話す。その真摯な姿勢が、ここを訪れるゲストにも心地よく伝わっていく。

「泡鮨」は、カウンター10席。昼は明るく清々しい場に、夜はしっとりとした大人の空間になっている

「真っ白な贅沢」というコンセプトが貫かれた空間。スタイリッシュでありながら、どこか心休まる温かみに満ちた空間で味わう寿司は、まさに格別の馳走だ。
「お寿司とシャンパーニュのマリアージュはもちろん、何より『来て良かった』と心から満足していただけるおもてなしを究めていきたい。少し背伸びした望みかもしれませんが、いつかは星を獲得し、世界中のゲストをお迎えできれば幸せです」
ジンさんの真摯な姿勢と志の高さに引かれ、誰もがまた、この暖簾をくぐりたくなるに違いない。

※「泡鮨」のランチコースは、2026年6月末まで。7月以降の営業は、ディナーのみで、 18:00~、20:30~(一斉スタート2部制)休なしに変更。

教えてくれた人

中井シノブ
京都在住ライター。京都を中心に関西の飲食店を取材紹介する。取材店は1.5万軒以上。趣味は外飯、外酒、猫とまったり。「GOETHE」「あまから手帖」などで飲食店情報を執筆している。

※価格は税込。

文:中井シノブ
撮影:高嶋克郎