【噂の新店】「Cheval」

近年、名店出身のシェフたちが手がける“顔の見える”カウンタースタイルのレストランが、東京の美食シーンに新たな風を吹き込んでいる。そんな中、2025年5月、大伝馬町にひっそりと誕生したのが「Cheval(シュヴァル)」。フランスの巨匠ティエリー・マルクス氏の右腕として活躍し、「ティエリーマルクス銀座店」の総料理長を務めた小泉敦子シェフがオープンした一軒だ。

確かな技術に裏打ちされた料理の数々を、リラックスした空間で味わえるこの店は、まさに大人の隠れ家。誰にも教えたくない——けれど、つい誰かに話したくなる。そんな魅力にあふれた場所をご紹介しよう。

オフィス街に現れたフレンチの粋を伝える一軒

店があるのは日比谷線「小伝馬町」駅のほど近く。周辺はビルが立ち並び、オフィス街のイメージが強いが、「Cheval」の近くにはドラマで話題を呼ぶ蔦屋重三郎が作った地本問屋「耕書堂」跡地があるなど、昔からの商業地として栄え、どこか下町情緒の面影を宿しているエリアだ。

以前はガラスの引き戸だった前面を大幅にリフォーム。ほんのり内部のにぎわいがうかがえるのが隠れ家のようだ

そんな街の一画にオープンした「Cheval」。白い壁に細長いガラス窓、ガラス張りのドアといった、余計な装飾がないシンプルな外観は、フレンチレストランというより割烹のような潔さがある。ドアを開けて中に入れば、淡いグレーの壁とダークブラウンを基調にした落ち着いた清潔感のある空間が広がる。

カウンター8席。他に4席のテーブル席もあるが、基本はカウンター席。カウンターはシェフが料理をサーブしやすい高さになっている

「以前、女性の方からフランス料理を夜、1人で食べに行きたいけど、そんなに飲めないし、少しハードルが高いという話を聞きました。女性1人でも、ワインを飲んでも飲まなくてもよくて、料理を楽しむだけでも気軽に入れる。そんなこぎれいで清潔感のある店を作ろうと思いました」(小泉シェフ)

高級レストランのようなラグジュアリーな空間とも違う、かといってビストロのようにガヤガヤとにぎやかすぎない。凛としつつも、気取らない雰囲気は、フレンチの粋が詰まった料理を楽しむのにぴったりだ。

気さくな笑顔の奥にある本物のキャリア

小泉敦子シェフ。そのキャリアから日本全国のレストランから料理長にならないかと引き合いがあったという。しかし、あえて1人で店をオペレーションするカウンタースタイルを選んだ

気さくな微笑みで人を和ませる小泉敦子シェフ。だが、そのキャリアは堂々としたものだ。

「エコール 辻 東京」を卒業後、都内のフランス料理店を経て「ミクニ・マルノウチ」に入店。その際、三國シェフの元を訪れたティエリー・マルクス氏に直談判をして渡仏。ボルドー郊外にあったレストラン「コルディアン・バージュ」でマルクスシェフの下、修業の日々を送る。シェフの薫陶を受け、徐々に頭角を現すとパリの最高級ホテルの一つ「マンダリン・オリエンタル」のメインダイニング「シュール ムジュール」のスーシェフに就任。そして、「ティエリーマルクス」が銀座店を出店するにあたり、総料理長に就任した。

「ティエリーマルクス銀座店」はコロナ禍の中、2021年に閉店。その後、フリーランスとなり、有名シェフとのコラボイベントや、日本各地でのレストランの立ち上げ、メニュー開発などに携わってきた。そのシェフがいよいよ自身の店をオープンした。

「そろそろ組織や会社のためでなく、自分のために仕事をしたいと思うようになった」と語る

そのきっかけを尋ねると「“満を持して”というより、気負うことなく自然な流れで店を持とうと思うようになりました。何より、お客様に会いたかったんです」との答え。きっと、多くのファンたちは「会いたかったのは私たちの方です!」と思ったことだろう。

あえてアラカルトに。シェフが提案する“選ぶ楽しさ”

店のスタイルはワンオペレーションのカウンターフレンチ。こういったスタイルの場合、多くはおまかせコースになることが多い。「Cheval」はこの流れの逆をいき、アラカルトを主体としたメニューとしている。

仕入先など個人店ならではの制約もあるが、以前の付き合いから食材を納品してくれる業者も多いという。「自分が持っているカードは少なくなったけど、その中でベストを尽くすことを考えています」

なぜアラカルト主体の店を作ったのだろうか。
「自分が行きたい店を作りたかったんです。食べたいものを自由に食べられる店。ワンオペでアラカルトは大変。でも、お客様には選ぶ楽しさを味わってほしい。今日は魚の気分かなとか、ガツンと肉が食べたいなとか。何を食べようかと悩む時間を楽しんでほしいですね」(小泉シェフ)

量は2人前設定。供されるときは1人分ずつ皿に盛り付けてサーブされる。1人の場合はハーフポーションで提供してくれる

ティエリーマルクス時代、全面的に料理を任されていたとはいえ、常に「日本の食材を使って、ティエリーマルクスの世界観を表現するにはどうすればいいだろう」という考えが頭にあったという。「今は、100%、自分のやりたいこと、自分の作りたい料理を作っています」と小泉シェフは語る。

「コースはアミューズからデザートまでが一つの作品。今は、アラカルトなので、1皿でどう満足してもらうかを考えています。このお皿で食べてもらいたいのは“コレ”というのがはっきりわかるようにしたいなと思っています」(小泉シェフ)

メニューは前菜や魚、肉など、デザートを除いて約14種類。いくつか定番もあるが、ほとんどはその時々、手に入る素材によって決まる。何がいただけるのか。訪れたときのお楽しみだ。