軽やかにして力強い。小泉シェフが作るフランス料理
「調理で大切にしていることは、素材をいじりすぎないことでしょうか。どうすればその食材を一番おいしく食べられるか、常にベストを探りながら、料理を作っています」(小泉シェフ)
長いキャリアの中で培ってきたシェフならではの卓越した技術から生まれる料理は、王道でありながら、どこか軽やかな一皿。さっそくいくつかメニューを紹介していこう。

猛暑が続く季節にぴったりな前菜「明石タコと三陸帆立のマリネ」。色よく茹でたタコを、オーダーが入ってからホタテと共にプラムを使ったソースでマリネ。タコとホタテの下にはこんがり焼かれたナスがあり、夏らしい一皿だ。
プラムソースはプラムを皮ごとジャム状にし、ビネガーと共にミキサーにかけたもの。フルーティで甘酸っぱいソースとタコの取り合わせは、フレンチらしい華やぎが感じられる。

訪れた人のほとんどが頼むという人気メニュー「鮎 ビスク仕立て」。「鮎は塩焼きがおいしいが、フレンチならどんな風になるだろうか」という発想から生まれた。

この皿の主役はビスクソース。鮎の頭、内臓、骨はオーブンでカリカリに焼いた後、香味野菜やブイヨンなどを一切使わず、お湯で炊き、ミキサーで丸ごとソースにしている。鮎の持つ強い旨み、ほろ苦さのすべてを凝縮したソースだ。ひとすくいし口にすると「これは鮎そのもの!」とうなってしまう。
身は自家製ドライトマトと三つ葉と共にパートフィローで巻いて揚げ焼きにしている。ふんわりと柔らかい身とパリパリの皮との対比が楽しい。自家製ドライトマトは酸味控えめで、トマトの旨みが淡泊で優しい鮎の身の味わいを底上げしている。

フレンチでも〆がほしいと思ったことはないだろうか。最後にお腹にたまるものをと用意されたのが「深川リゾット」だ。
「料理人の方はいろんな地方出身の方がいて、ご自身の出身地の食材を使ってアイデンティティを示されることがあります。それを常々うらやましいと思っていて。私は門前仲町出身なんですが、何かないかなと考えて、思いついたのが深川めしなんです」(小泉シェフ)

アサリのだしを継ぎ足しながら米を炊き、チーズを加えている。隠し味に忍ばせているのは味噌。食べてもわからないほどの少量だが、味噌の塩味がアサリの旨みをくっきりと際立たせている。アサリ、チーズ、味噌と旨みの三重奏でお腹いっぱいでもペロリと食べてしまう逸品だ。

メインは、これぞフランス料理と呼びたい「マグレ鴨とフヌイユ」。フヌイユとはウイキョウのことで、那須高原こたろうファーム産のものを使用している。
肉は絶妙な火加減でロースト。ソースは鴨の出汁にバターを合わせ、肉を焼いたフライパンで煮詰めるというフレンチ王道のソース。このソースにシェフならではの個性を添えるのがピパーチとも呼ばれる沖縄県産島コショウ。柑橘系のような香りを持ち、ソースに爽やかさを添えている。

外はカリカリと香ばしく、中はしっとりと旨みに満ちた鴨肉と王道のソース、クリーム煮にした野菜の取り合わせはクラシックなフレンチそのもの。フランス料理を食べに訪れた人の心を満たしてくれる。

最後に紹介したいのがデザート「季節のリオレ(フランス版ライスプディング)」。リオレは生米を砂糖と牛乳で炊いて作るスイーツで、フランスでは家庭で作られる素朴なおやつだ。
牛乳で米を炊くというのが、なかなか日本人には想像がつかないが、シェフの作るリオレはひと味もふた味も違う。たっぷりの牛乳と米を1時間かけて煮詰め、バニラで香りづけしたリオレは、牛乳臭さが全くなく、うっとりするような優しい甘さがある。

添えられるフルーツは季節によって変わる。取材時は桃。皮を煮出したシロップでコンポートを作り、シロップをジュレにしてコンポートと共に添えている。桃の下に忍ばせているのはブラマンジェ。リオレの優しい甘さと桃の甘酸っぱさは相性抜群だ。
ここから始まるシェフの新たな“おいしい”旅路

「Cheval」という店名は馬のフランス語。日本橋小伝馬町は、江戸時代の旅の起点で、馬を管理していた役所があったことが町名の由来になったという。
「戦場のようだった」と語る三國シェフの厨房から、はるばる海を渡り、ぶどう畑に囲まれたボルドー郊外のレストランでスターシェフ、ティエリー・マルクス氏の下で学んだ日々、パリや銀座のグランメゾンでの輝かしいステージを経て、日本を巡りながら様々な経験を積んできた小泉シェフの旅。その旅の帰結点が「Cheval」と言えるだろう。終わりは新たな始まりとも言われるが、ここから、また小泉シェフの新たな旅が始まる。ぜひ訪れてシェフの新しい美味の旅を堪能してほしい。