「社会貢献というか〈Reborn〉というイメージです」

「ワインマンファクトリー」には、ワイン以外にも気になる商品が並んでいる。シェフ井上氏がマスクをつけたパッケージデザインが目を引くこちらは、ワインの製造過程で出るぶどうのしぼりかすを使ったビール。日本とベルギーを本拠地とした「リオ・ブルーイング・コー」に委託し、千葉県の柏にある醸造所で製造されている。現在、デラウエア、スチューベン、ナイアガラの3種類を販売。それぞれのぶどうの個性を感じる仕上がりなので、ワイン同様に飲み比べてみるのも楽しいだろう。

「ワインマンジン」もビール同様に、ぶどうのしぼりかすによって誕生した商品。委託している「ギークスティル」は、山梨県の塩山にある小さな蒸留所で、出荷基準に満たない果物を採用することにも力を入れている企業だ。チーズは、福岡県嘉麻市にある「チーズ工房カチョ」のシモーネ・クレンティ氏に依頼。イタリア語で“酔っ払い”の意味を持つチーズ「ウブリアーコ」は、スチューベンのしぼりかすに漬け込んだもの。他にもイタリアではメジャーなロビオーラやストラッキーノというチーズも作ってもらっている。自家製のパンは、シードルを造る際のしぼりかすを使ったもので、レストランで提供している。「ベーカリーを開いてほしい」という声も多く寄せられるほど人気が高い。
「ワイン造りを始めて、まだまだ価値があるものを廃棄することを心苦しく思っていました。畑の堆肥にするのはよく聞く話ですが、さらに利用できる期待があるので生まれ変わらせたいという思いが、これらのコラボ商品になりました。社会貢献というかRebornというイメージです」(井上氏)

紹介したワインやビール、ジン、チーズなどは、1階のレストランでメニューに並ぶほか、2階にある「ワインマンストア」やオンラインストアで購入することも可能。ただし、生産量が少ないので、リリースのタイミングを狙う必要がある。3月14日にはデラウエアのオリジナルワインを一般販売予定だ。棚にずらりと並ぶワインは、井上氏がセレクトする一押しの銘柄の数々。テイストや生産方法などは勿論だが、魅力あふれる生産者とのご縁によって選ばれたものばかり。そのため、他所ではなかなか出会うことができないものも多い。さらに、ご縁のある方々の洋菓子やビネガー、冷凍パスタなども販売しており、小さな食のセレクトショップとしても魅力が溢れる。ワインショップ(酒屋)だけに角打ちもでき、夜の2軒目使いはもちろん、昼飲みもできる貴重なスポットだ。
食通の大人たちを満たす、自由度の高いレストラン

ワインの生産者となった井上氏だが、料理人としても日々腕を振るい続けている。1階にあるレストランは、醸造所を横目に中へと進むと、厨房にそってL形にカウンター席が並ぶ。築40年の古民家をリノベーションした空間に合うよう、椅子はオランダのスタッキングチェアのアンティークを。器は、オリジナルでオーダーしたアースカラーの信楽焼を使用する。
メニューを見ると、おまかせはフルコース(11,000円)とショートコース(9,000円)、プリフィックスコースは2種類(9,500円、7,500円)を用意し、さらにアラカルトも充実。ゲストのニーズを汲んだメニューの充実ぶりだが、調理はすべて井上氏が1人で行うというから驚く。すべてのコースに生ハム、食前酒、自家製パン、ミネラルウォーターがセットになっている。アラカルトの場合は、生ハム、食前酒、ミネラルウォーターを席料(1,500円)として。席に座ると、まずエレガントなベルケル社のスライサーでわずか0.4mmほどの極薄にカットされた生ハムとグリッシーニが提供されるのだが、この時点で食いしん坊やお酒好きのテンションは一気にアップ。

今回は、数あるメニューの中からお店を象徴するアラカルト3種類をご紹介。カジュアルさが魅力と数年前から始めたタコスだが、食材選びは妥協がない。生地から手作りしており、ブルーコーンマサとホワイトコーンマサの2種類を使っている。具材は「鮮魚のタルタル 北海道産雲丹と活け〆鮮魚」と「うなぎ地焼き エノキ茸とグリーンソース」。ソースやスパイスなど随所にイタリア料理のテイストを感じることができるが、枠にとらわれない自由さが楽しい。「海外の方が東京に来た時に気軽に立ち寄れる店にしたい」という井上氏の考えも感じ取ることができる。


パスタと炭火焼きの肉は、品川のリストランテ「アロマクラシコ」で料理長を務め上げた井上氏ならではの技術と感性を感じることができる逸品だ。こちらを求めて通う昔からの常連客も多い。「名物 メカジキの燻製のオイルベース」は、自家製のタリオリーニを使用。何ともワインが進む味わいだ。
スペシャリテの炭火焼は、まず山葵とおろし板が手渡されるので、肉が焼きあがるまで自分ですり下ろして待っている。これがなかなか面白い。肉は、色々な種類を試してきた中で辿り着いた「尾崎経産牛」を使用している。「“幻の和牛”と呼ばれる宮崎県の尾崎牛を生み出す尾崎さんが、新たなプロジェクトとして経産牛の再肥育というサスティナブルな活動を始めました。宮崎県内の黒毛和牛の経産牛に尾崎牛と同じ飼料を使って約10ヶ月間の期間を用い再肥育を行なった希少なお肉です」と井上氏。この日の付け合わせは、京菜花の炭火焼。切れ味の良いイタリアのフィオレンティーナのステーキ用ナイフを使用する。

ワインが造られた場所で食事と共に飲む一杯は格別。さらに、そのワインを自ら造って熟知している井上氏が仕立てる料理なのだから、相性の良さもこの上なし。1階のレストランも2階のバーエリアも、初めて訪れてもつい長居してしまう居心地の良さが印象的だ。
「料理だけでなくワインを造るようになって、関わる人が自然と多くなりました。国内外でのイベントも積極的に行っているので、訪れた先での出会いから商品が生まれることもよくあります。食品業界の異業種の人たちと繋がることで、自然と環境問題に繋がる取り組みができるようになりました。店を続け、使い続けることも社会貢献だと思っています」(井上氏)
※価格は税込



