〈「食」で社会貢献〉

2030年までの国際目標「SDGs」(=Sustainable Development Goals〈持続可能な開発目標〉の略)など、より良い世界を目指す取り組みに関心が高まっている昨今。何をすればいいのかわからない……という人は、まずお店選びから意識してみては? この連載では「食」を通じての社会貢献など、みんなが笑顔になれる取り組みをしているお店をご紹介。

今回訪れたのは、2021年5月に馬喰町に誕生したレストラン「nôl(ノル)」。

ディレクションする野田達也氏(右)とシェフを務める丹野貴士氏(左)

もともとシークレットなキッチンスペースとして誕生した「nôl」。コロナ禍を経て、食の在り方を世に問うような場所として開放され、レストランとしてのスタートを切った。

ディレクターを務めるのは、国内外で多彩な活躍をする野田達也氏。パリで注目を集める佐藤伸一氏(元「Passage53」、現「Blanc」)の薫陶を受けて研鑽を積んだ料理人で、食×医療、Art、Techなどおいしさを新たなかたちで表現することにも挑んでいる。2024年4月より「Restaurant KEI」や「エスキス」「レフェルヴェソンス」で研鑽を積んだ丹野貴士氏がシェフに就任した。

2人がタッグを組むのは「nôl」が初めてとなるが、互いに同じ時期にパリのレストランを経験している。また、野田氏は福岡、丹野氏は山形、それぞれ場所は異なるが、非常に自然豊かな場所で、自然の食べ物で育ったという生い立ちにも共通点があるようだ。それゆえに、これからご紹介する「nôl」ならではの料理との親和性も高いのかもしれない。

シグネチャー「ゴミのスープ」は社会へのメッセージ

「見た目のバランスを整えると不思議と味わいも良くなります」と野田氏

「nôl」を象徴するメニューの一つが、一杯のスープだ。「段になったタイプのディハイドレーターに野菜の端材を入れて、38℃の温度帯で1日半から2日かけて素材の風味と色みを残すようにゆっくりと乾燥させています。それらを組み合わせ、サイフォンで3回煮出して、塩のみで仕上げます。スープとお茶のあいだくらいのイメージですね」と野田氏。

キッチンの奥の棚にずらりと並ぶ乾燥させた野菜の端材やハーブ

取材に訪れた春先には、スナップエンドウ、ジャガイモの皮、トマトの皮と種、カブの皮と葉、ウイキョウの葉、菜花、みかんの皮、マリーゴールドなど数種のハーブを使用。レストランで使用する野菜の端材が材料となっているため、春には山菜などから出るえぐみを感じ、夏はトマトやハーブの酸味や爽やかさ、秋冬は根菜や茸の奥深い味わいと、日本の豊かな四季を楽しめるのもこちらのスープの醍醐味だ。ちなみに、レストランを離れてイベントなどの際には、訪れたその土地の水と塩を使って仕上げるという。

金沢で活躍する陶芸家・森岡希世子氏の「光の呼吸」シリーズを使用

美しいビジュアルでもゲストを楽しませているスープだが、「ゴミのスープ」という衝撃的なメニュー名。野田氏はこう振り返る。「いまから7、8年前、パリで和牛をコンセプトにしたレストランをやっていましたが、その時すでにこのスープを出していて『お野菜のコンソメ』という名前でした。常連だったアーティストの村上隆さんがとても気に入ってくださり、『これはゴミで作っているから“ゴミのスープ”だ』と仰ったのが始まりです。

ゴミのスープ 写真:お店から

食材に敬意を払って無駄なく使うことは料理人の根本の考え方ですが、当時、おいしさの価値の領域はもっと広いんじゃないかな?と思いはじめていて、このスープのような形で色々と試しながらやっていました。パリでは『これもおいしさの一つだよね』『ある意味これは贅沢だよね』というお言葉をいただくようになって。やっぱりこういう価値観って残していかなくてはと感じました。その後、日本に帰国して『ゴミのスープ』を提供するとすごく敬遠されてしまったのですが、コロナ禍を機に徐々に『こういうのもいいね』という反応に。世の中の価値観の移り変わりをこの一皿を通して感じています」