一皿の中に“命をちゃんといただく”物語がある

こちらは、宮崎県のチョウザメで作るメニュー。「キャビアを取ったら捨てられてしまうという背景のある食材を主役に。去年スペインの方々とコラボする機会があって、そこで得たヒントも活かされています」と話す丹野氏。淡泊なチョウザメのフィレは、昆布のうまみを入れてから、鳥取県で獲れるイノシシのベーコンを巻いて油で揚げている。香味野菜の皮を焼いたものを衣に使うことで、豊かなフレーバーをプラス。

上には、埼玉県の須永農園が手掛ける涙豆とキャビアをのせて。えんどう豆のさやの中の若い実のような涙豆は、“畑のキャビア”とも呼ばれ、スペイン・サンセバスチャン地方特産で日本ではまだまだ珍しい高級食材。さらにチョウザメの脊髄の部分にあるゼラチン質を煮だして乾燥させてストックしているものを、再度戻して柑橘のフレーバーを入れて食感のアクセントに加えている。
一皿にチョウザメの身、脊髄、キャビアを見事に集約。捨てられるはずだった部位が昇華され、高級食材であるキャビアと同じ皿で料理を構成しているのは、料理人の感性や技、知識、そして、食材への愛情があってこそ。

お肉料理の蝦夷鹿は、北海道の若手ハンター3人組による「蝦夷もみじ本舗」から取り寄せている。害獣駆除の現状に危機感や違和感を持ち、自分たちができることをと立ち上がった集団だ。おいしく食べてもらえるよう、レストランへ卸すものは柔らかな肉質の1歳半までのメスに限定するなどルールを決め、ハンティングのやり方も処理も徹底している。オスや2歳以上の鹿は高級ペットフードに加工するなど命を無駄にしない。「色々と話を重ね、お互いの哲学に共鳴する部分があり、ご縁をいただいています」(野田氏)
毎日ホテルで出るエスプレッソやコーヒーの粉を使ってオイルを作り、そのフレーバーのみを抽出して鹿肉にまとわせて焼くことで、食べた後からほのかにコーヒーを感じる。ソースは、コーヒーとの相性を考慮し、鹿の出汁とカカオを入れた酸味と甘みを感じる仕立てに。「付け合わせは、鹿が生活していた場所を想像し、人が育てたものではなく、山にある天然のものに。辛子菜、花大根、のびるなどの山菜をブーケのようにしています」と丹野氏。

ドリンクは、全国の里山に眠る植生の食材としての可能性の発掘を行っている「日本草木研究所」から取り寄せる野草や和のハーブなどから作っている。写真の一杯は、佐賀県の嬉野のアールグレイと宮崎県の五ヶ瀬のウーロン茶をベースに、大和橘や日本のカルダモンなどを合わせたもの。他に、緑茶と柑橘を組み合わせたり、黒文字をベースにブレンドしたり、時にはシングルオリジンで提供したりと、多彩なバリエーションがあり、ノンアルコールのペアリングも充実した内容だ。アルコールペアリングでは、ナチュラルワインを主軸に、「新政」などの日本酒を組み合わせることも。
野田氏曰く「『日本草木研究所』から取り寄せるスパイスは料理にも使用していますが、スパイスも茶葉もできる限り在来のものを積極的に取り入れています。物質的なサスティナブルだけでなく、文化的な面でも後世に繋いでいきたいと考えています」。
