一流店の店主や料理人が通う、上質な店を紹介する当連載。伝統的な美食で食通をうならせる老舗フレンチ「アピシウス」のシェフが選ぶ名店とは。
〈一流の行きつけ〉Vol.26
「アピシウス」|有楽町
「アピシウス」がオープンしたのは1983年。70年代からビストロブームが始まり、ヨーロッパでの修業を終え帰国した石鍋裕氏が1982年に「クイーン・アリス」を、井上旭氏が1984年に「シェ・イノ」を、三國清三氏が1985年に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープンするなど、ようやくフランス料理が身近に感じはじめた頃でした。
“日本一のフランス料理店”を目指して創業者の森一氏がシェフに招聘したのは、「ラセール」「トロワグロ」「ドゥブリュー」で修業し、帰国後は「レンガ屋」「ラ・マレ」で腕を振るっていた高橋徳男氏。美食家の森氏が調達した最高の食材を高橋氏が調理する、“本物”を追求する二人が生みだした美味なる皿は人々を魅了し、国内外のトップシェフたちからも“憧れの店”と称えられる屈指のグランメゾンへと上り詰めたのです。
それら唯一無二のレシピは高橋氏の下で研鑽を積んだ2代目シェフの小林定氏、3代目シェフの岩本学氏、そして今年は15年ぶりにシェフの交代があり、4代目シェフに就いた森山順一氏へと継承されました。「食材も調理器具も進化していて40年前のレシピ通りに作ってはどうしても味が違ってしまいます。『アピシウス』には創業時から通っていただいているお客様も、最近初めて来店されたお客様もいます。通っていただいているお客様には『変わったね』と感じることがなく、初めての方には今を生きるフランス料理だと感じていただかなければならない。この“変わらずに変える”のが最も難しい」と森山氏は語ります。
常に伝統の味を磨き続け40年経った今でも感動させる至極の皿
“「アピシウス」と言えば”、という料理があります。その一つがこちらの「雲丹とキャビア 野菜のクリームムース コンソメゼリー寄せ」。豊かな風味のコンソメゼリーとクリーミーでコクのあるカリフラワーのムースを絡めながら食べ進めると中からキャビア、次は雲丹が順番に顔を出し、塩味とうまみを添えてくれるという美味なるサプライズの後に訪れるのは心が震えるほどの味わい。根幹をなすのは毎回異なる食材そのものからくる塩味をコントロールし、変わることのない味に到達するという、“当たり前のことを当たり前にできる”までにかけた努力と時間。未来永劫伝えられるべき皿です。
もう一つが森氏の独自のルートで年間捕獲枠が決まっている希少な小笠原産の青海亀を創業時から変わることなく確保し提供している「小笠原産母島の青海亀のコンソメスープ シェリー風味」です。牛の2倍以上のコラーゲンがあるため、鍋底につかないよう掻き回し続けなければならず、料理人にとって一番緊張させられると言うこのスープ、世の中にひと匙で感動するものなどあるまいと思っていた考えは完全に覆されます。青海亀のポテンシャル、それを活かす最上の調理法によって生まれた「アピシウス」でしか味わうことができない至極の皿。これは「アピシウス」の、いや、フランス料理のスペシャリテと言っても過言ではありません。