〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

イタリア料理とジョージアワインの隠れ家

内観

駅から離れた住宅街の中にあっても、わざわざ訪れたい店がある。「piccolo dotti(ピッコロドォッティ)」は、大井町駅や西大井駅から徒歩8分以上の場所にあるにもかかわらず、2023年9月のオープン以来、来客が絶えない。大井町や西大井からはもちろん、戸越から訪れる人もいるという。客席10席の隠れ家イタリアンには、わざわざ訪れたゲストが集っているのだ。

オーナーシェフの大石裕也さん。店名はイタリアの修業先にあった通りの名前「Vicolo Dotti」をアレンジしたもの

ピッコロドォッティのオーナーシェフを務めるのは、大石裕也さん。東京や横浜のほか、オーストラリアのシドニーやメルボルンのイタリア料理店、さらにイタリア・ヴェネト州「Il Basilisco」で修業した。特に影響を受けたのがイタリアでの経験。「修業先は、ヴェネト州のトレヴィーゾという場所にありました。海にも山にも近かったので、魚と野菜料理が自慢のレストランでした。『ハゼのリゾット』が名物だったので、今でも日本で取れる別の魚でアレンジしています。本場と同様に、素材の味をシンプルに活かした料理や手打ちパスタが得意です」と大石さん。料理はアラカルトのほか、ディナーコース(8品・5,000円)でも注文することができる。

ジョージアの甕「クヴェヴリ」で醸したワインは、アンバーワインと呼ばれる

同店ではジョージアの自然派ワインが料理に合わせられているのも特徴。「住まいの近くにジョージアワインのインポーターがあって、そこにある甕で醸したワインの味が忘れられませんでした。飲みすぎても次の日にも残りませんし、料理にも合いやすいんです」と大石さん。イタリア料理とジョージアワインを、どんな組み合わせで楽しめるのだろうか?

ラザニア✕フレッシュ白ワイン

自家製ボロネーゼラザニア(1,200円)

ピッコロドォッティの開店当初からの名物となっているのが「自家製ボロネーゼラザニア」。ボロネーゼとベシャメルソース、パスタを重層的に重ねた手のかかるイタリアの伝統料理として知られているとおり、同店でも2日がかりで作られている。しかも通常よりもお肉がごろっと入っており、高さがある分、食べごたえもある。チーズがバーナーでこんがりと焼かれているため、おこげのような香ばしい食感となり、パスタやチーズの軟らかさとのハーモニーが絶妙。通常は1皿で2人分だが、1人1皿食べる常連客もいるというのもうなずける。

ラパティワインズのチャカリクス2020(グラス900円、ボトル6,600円)

ラザニアにおすすめなのは、ジョージアのラパティという生産者の白ワイン。「ラパティはジョージアで初めて甕でペットナットを造った生産者です。こちらは白ワインですが、ラパティらしいフレッシュさがあって最初の一杯におすすめです」と大石さん。白ワインにしてはジューシーで、オレンジやびわの香りの中にほのかにパイナップルのような果実味がはじけて、さわやかに喉を抜けていった。

黒毛和牛のランプロースト✕赤ワイン

黒毛和牛ランプのロースト(150g・2,600円)

肉料理は、シンプルな黒毛和牛のランプローストを食べると実力がわかる。ランプは味わいのある赤身の部位でありながら適度にサシしも入る。大石さんが「2分火入れして休ませてを10回以上繰り返し、約40分かけて調理している」と話すだけあって、ロゼ色の美しい焼き上がり。食べてみると肉のうまみの中にミルキーなおいしさがあった。付け合わせの紫キャベツのラペや、赤ワインとミョウガのソースはさっぱりとして、蒸し暑い夏にぴったりの味付けだった。

フェザンツ・ティアーズのシャフカピト2013(グラス900円、ボトル6,600円)

黒毛和牛のローストに合わせたいのはジョージアの10年以上熟成した赤ワイン。「お肉がしっかりしているので、果実味とぶどうのタンニンが十分にあるインパクトの強い赤ワインを合わせました。土っぽさや茎っぽさがあるのも牛肉に合います」と大石さん。10年の熟成を経ているとは思えないほど、ブラックチェリーの果実味があり、ロゼ色の柔らかな牛肉を引き立てる最高のマリアージュだった。

ムール貝のフェットチーネ✕アンバーワイン

ムール貝のボンゴレ大葉ジェノヴェーゼ 手打ちパスタフェットチーネ(1,600円)

パスタは手打ちが何種類か用意されている。太めのフェットチーネも自慢の一つで、ムール貝や大きな北海アサリが、大葉のジェノヴェーゼソースで和えてあるメニューが用意されている。太いフェットチーネには貝の出汁と大葉のジェノヴェーゼソースがしっかり絡んで、見た目以上に濃厚な味わいがある。聞けば、どの修業先でもパスタ場を任されることが多く、得意料理の一つだそう。なるほどパスタとソースの絡め具合が絶妙だった。

ラパティワインズのテトリス2019(グラス900円、ボトル7,000円)

ムール貝のフェットチーネにペアリングしたいのは、1皿目と同じ生産者ラパティのアンバーワイン。「ジェノヴェーゼには白ワインを合わせがちですが、フェットチーネにしっかり貝の出汁の味がついているので、皮の渋みがあって酸味もしっかりしているアンバーワインがおすすめです」と大石さん。にごりのあるアンバーワインは味わいが強く出ており、素朴ながらパンチの利いた組み合わせだった。

大石さんの「私が恋した自然派ワイン」

ドレミのキシ2022(ボトル7,000円)

大石さんが恋したワインは、ジョージアのドレミという生産者のアンバーワイン。

「こちらの顔ラベルはワインの表情を描いているそうです。お客様から似ていると言われて親近感を持っていました。今年5月には生産者が来日して、初めて直接会うことができました。温かみのある方で、ブドウを一から十まで愛情を持って育てているのが印象的でしたね。

ワイン自体は紅茶やブランデーの香りがするアンバーワインで、じわっとしたうまみがあるしみじみとした味わい。食事にも合いますし、最後の一杯に飲んでもいいですね」

甕で造ったジョージアワインを中心にラインアップ

左2種類がイタリアワイン、ほかはすべてジョージアワイン

ピッコロドォッティではジョージアワインを中心に、3割ほどイタリアワインも扱っている。ジョージアワインは古来から伝わる甕を土中に埋めて造られたワインがほとんどで、自然で素朴な味が楽しめる。イタリアワインは北から南までさまざまな種類のワインが揃っている。グラスワインはイタリアワインとジョージアワインが白・赤それぞれ2種類ずつ用意され、イタリアワインは750円均一、ジョージアワインは900円均一と試しやすい値段になっている。もし気に入った場合はボトルで注文することも可能。ボトルワインは全70種類で5,500〜9,000円の価格帯で用意されている。ジョージアワインを飲んだことのない人は、ぜひ試してみてほしい。

素材のワイルドな味を素朴なワインで楽しむ

外観

ピッコロドォッティのコンセプトである“イタリア料理とジョージアワイン”という組み合わせは、はじめ不思議に感じたが、実際に大石さんの料理を食べてみると、素材のワイルドさを活かした味わいがあり、素朴で昔ながらの良さがあるジョージアワインとは相性抜群だった。素材の味をプリミティブに楽しめるレストランは、ゆったり落ち着けるもの。少し足を延ばして常連が訪ねてくるのがわかる場所だった。

※価格はすべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:木村雅章