【噂の新店】「PULSARE(プルサーレ)」

天ぷらの名店から行列のできるパンカフェまで、話題店がひしめき合う麻布台ヒルズ。東京で、今、最もホットなスポットのタワープラザ3階、レストラン街の一角に目立たぬ構えを見せているのが、カウンターイタリアンの「プルサーレ」だ。

店名はイタリア語で“脈打つ・鼓動する”を意味する。「その日、最高の食体験をお客様に提供するため、心を込めて(料理への)情熱や生きたストーリーを一皿一皿に表現。カウンター越しに調理するシェフのライブ感と脈打つような新鮮な食材によって、心震わせるような鼓動を感じてもらいたいとの思いを込めたネーミングです」と語るのは、代々木上原の人気イタリアン「イル・プレージョ」のオーナーシェフ・岩坪滋氏。ここ「プルサーレ」は、その姉妹店だ。

新店を任されたのは、経験豊かな黒田恭平シェフ39歳。2度にわたるイタリアでの修業経験もある黒田シェフだが、料理人としてのスタートはユニークだ。いわく「1人暮らしに憧れて静岡から上京したのですが、大学をやめて就いた仕事がとび職でした。でも、もともと料理が好きで。料理の道に進むのも悪くはないかな」と思って選んだ店が西麻布「フルトシ」(2011年銀座に移転)。黒田シェフ21歳の時だ。

その後、25歳で渡伊。半年間トスカーナに滞在し、語学学校に通いつつ現地の空気感を身に覚えさせた黒田シェフ。帰国後は麻布十番の「プリンチピオ」で2年間修業。この間、イタリア料理に本腰を入れようと決意したそうで、再度渡伊。今度は本格的に腰を据え、トスカーナ、フリウリ、エミリア・ロマーニャ、ラツィオと4つの州で研鑽を積んで帰国。元麻布の「アルヴェアーレ」のシェフとして腕を振るっていた経歴を持つ。

黒田恭平シェフ

「代々木上原の店がコースのみなので、こちらはアラカルト主体の店にしました」と岩坪シェフ。それを受けて黒田シェフもこう言葉をつなぐ。「レストランで食事をする楽しみの一つに、メニューを選ぶ楽しさがあると思うんです。その日の気分に合わせて、自分の食べたいものをあれこれと迷いながら選ぶひとときもおいしい時間でしょう」。確かに、最近は一斉スタートのおまかせコース一本のレストランが主流。もちろんそれも、シェフの感性をうかがえる面白さや完成度の高さがしのばれて興味深くはあるのだが、食いしん坊としては、やはり自分の好きなように食べたいわがままもある。その要望に見事応えてくれる一軒が誕生したのは喜ばしい限りだ。

手渡された品書きに目をやれば、生ハム盛り合わせに始まり、馬肉やブリのカルパッチョに甘鯛のフリットなどの前菜からパスタ、メインにドルチェまで全部でざっと25種余りがずらりと並んでいる。イタリアン最大のお楽しみ!? パスタにしても、生しらすの冷製スパゲッティーニもあれば、自家製パスタはタリオリーニにガルガネッリ等々4種類もラインナップする。乾麺も月の輪熊のスパゲッティボロネーゼや鳳凰卵のスパゲッティカルボナーラと全方位的に用意。パスタラバーの思いにしっかりと応えてくれる。

一方メインは肉が充実。蝦夷鹿のロースや宮崎の経産牛、ラカンの鳩など国内外の厳選された食材がメニューを飾る。前菜、パスタ、メインとそれぞれ1品ずつを選んでオリジナルのコースを組み立てるもよし、前菜数品でワインを楽しみ、パスタで締めるもよし。パスタばかりを3~4品がっつり食べるもまた一興と、自分のスタイルで好きなように味わえるのが、まさにアラカルトの醍醐味だろう。

「生ハム盛り合わせ」3,200円

この日は初回ゆえ、前菜2品にパスタ1皿、そしてメインと順当なコーススタイルで楽しむことにした。前菜は、王道の和牛トリッパ・ギアラのトマト煮込みにも心引かれながら、生ハム盛り合わせと甘鯛のフリットに決定。生ハムは、カウンターに置かれた生ハムスライサーで注文の都度スライスしてくれる。スライサーは、あのベルケル社製。そう、スライサー界のフェラーリとも言われる世界最高峰のイタリア製生ハムスライサーだ。

現在、生ハムは(イタリア産が輸入禁止のため)スイスのラペッリ社のそれを使用。共に盛り合わせているのは、札幌のイタリア料理店「パルコ フィエラ」謹製のコッパとモルタデッラ。手作りならではのピュアな味わいが好ましい。ちなみに1皿は大体2人分が目安。1人客には量を調整してくれるのでご安心を。

「甘鯛/ 丹後 フリット」4,200円

続く一品は温前菜。甘鯛のフリットだ。鱗揚げにした揚げたての甘鯛を口にすれば、鱗のサクサク感の後に続く身のふんわり感とホコホコした食感がたまらない。聞けば、甘鯛の中でも高級ブランドの丹後ぐじを使用。水揚げから流通まで細心の注意を払って扱われる甘鯛は、一流和食店でも珍重される逸品だ。

「スパゲッティ 月の輪熊/秋田 ボロネーゼ」

ここでふと気がついた。メニュー名代わりに書かれたほぼ全ての食材の横には産地が記されているのだ。例えば、先の馬肉には“会津”、ブリには“氷見”、月の輪熊には“秋田”といった按配。実は黒田シェフ、自他共に認める食材フェチだそうで、絶えず至る所にアンテナを張り巡らせ、良いと聞いた食材はすぐに取り寄せ試食。時間があれば、現地まで赴くこともあるとのこと。その努力の集大成がメニューに反映されている。

さて、野生味ある月の輪熊のボロネーゼスパゲッティをいただいた後のメインには、黒田シェフ一推しの豚肉のグリエを選択。といってもただの豚肉ではない。黒田シェフ曰く「天城黒豚と梅山豚、マンガリッツァ豚を掛け合わせた三元豚の肩ロース」だそうで、その名も「伊豆の極み」。

「豚 伊豆の極み ロース/伊豆 グリエ」

いずれも脂に甘みのある3種を種豚にしているだけあって、この「伊豆の極み」、肉自体の力強い旨みは言わずもがな、何と言っても脂身が素晴らしい。いい意味で全く脂感がないのだ。脂独特の、どこか粘膜を覆うようなもわっとした感じがなく、サクリと歯が入るテクスチャーは、最早、白身とでも呼びたいほど。

伊豆の極み

それもそのはずで、豚のおいしさの指標とも言えるオレイン酸の数値が半端なく高いのだ。オレイン酸とは、牛肉に含まれている不飽和脂肪酸の一つで、これが多いほど甘みがあり口溶けも良いと言われている。これが「伊豆の極み」には、なんと52%も含まれているというのだ。通常は、40%を超えれば上々。50%を超えるのはかなり希少と言われているだけに、いかに驚くべき数値かがお分かりだろう。一方で、リノール酸は数値が低いほど食味が良いとされ、超優秀とされる10%をはるかに下回る3.7%と脅威の低さを誇っている。なおオレイン酸は、悪玉コレステロールを下げる効果が期待できると言われており、身体にもうれしい一皿といえそうだ。味付けも塩のみと極めてシンプル。

「良い食材に、余計な味つけやソースは不要。素材本来のポテンシャルを、最大限に引き出した料理を目指したい」と黒田シェフ。日本の上質な食材に目を向け、その本来のおいしさを生かしたイタリア料理——これが、黒田シェフの目指すスタイルだ。

旬の素材を積極的に取り入れたメニュー内容は、季節に応じて変わるシステム。また、メニューにない料理も、材料と時間が許せば応じてくれる気安さもカウンターならではだろう。遅めの時間にはワインバー使いもOKと使い勝手の良さも見逃せない。ワインはフリウリを中心にイタリアワイン100%。グラスワイン(1,400円〜)は、常時7~8種がそろう。フランチャコルタ(グラス2,000円)もおすすめだ。ちなみに、アラカルトの他、コース13,200円~の用意もある。

※価格はすべて税込、サービス料(10%)別

撮影:佐藤潮

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部