【噂の新店】「Fry家」
「霞町 すゑとみ」の跡地にできた「霞町 やまがみ」、「田中田 西麻布店」の跡地にできた「明寂」、元麻布「かんだ」の跡地にできた「鮨 しゅんじ」等々。名店の後には名店が入ることが多いが、今年9月にオープンした「Fry家」もまた、名店の跡地にのれんを掲げた注目の一軒だ。
場所は高田馬場。と聞いて、もしや?と思われた方はご名答。そう、あのとんかつの名店「なりくら」を、ほぼそのまま居抜き。変わったところといえば、カウンターとテーブルが白一色になったことぐらいだろうか。だが、料理は完全にリニューアル。店名にもあるように、ここはフライがメイン。もちろん、とんかつも出すものの、それはあくまで数あるフライメニューの一つとして提供。とんかつ専門店とはひと味趣の違う揚げ物を楽しませてくれる。
「天ぷら感覚でいろいろなフライを少しずつ食べられる店があったらいいなって、思ったんです」と語るのは、同店をプロデュースした伝説の料理人・斎藤元志郎シェフ、その人だ。斎藤シェフといえば「旬香亭」で新時代の洋食を示唆し、神保町「ポンチ軒」では王道のとんかつの旨さを提唱、そして赤坂「フリッツ」では、天ぷらに勝るとも劣らぬフライのクオリティの高さを教えてくれた名人。フランス料理を究めながらも、あえて洋食やとんかつ、カレーといった庶民の味を偏愛してきた異色の料理人でもある。
こと揚げ物にかけては天才肌の斎藤シェフの信頼を受け、今回厨房に立つのは、和食歴40年の大ベテラン西山道泰さんと、イタリアンに和食と幅広く修業してきた熊谷道弘さんのお二人。かたや西山さんはミシュランの星を獲得した経験を持ち、かたや熊谷さんはブルックリンの人気和食レストラン「Bozu」や麻布十番「赤星とくまがい」の料理長を務めた実力派と聞けば、期待値はますます上がる。
まずは、店のおすすめをひと通り味わえる「Aコース」8,000円を試してみることに。最初に運ばれてきたのは、千切りキャベツならぬ千切りレタス。キャベツもいいが、レタスのシャキシャキしたみずみずしさもなかなかオツなもの。フライの口直しにという配慮だろうが、共に出されるトリュフ風味の自家製ドレッシングの旨さに思わず一気に食べてしまいそうだ(ちなみにお代わりは400円)。だし巻、おひたし、野菜スティックとおつまみ3種が出た後、フライの滑り出しは「極みのささみフライ」。
何が極みかといえば、その厚みと揚げ加減。厚さ2cmはあろうかという肉厚のささみは、中心部に火が入っているかいないかのギリギリの揚がり具合。ともすればパサつきやすい部位だが、思わず目を見張るやわらかさ。しっとりとした食感に思わず頬が緩む。
真空調理をしてから揚げるなど何か下ごしらえに秘密が……?と尋ねたものの、答えはNO。生をそのまま揚げているだけとのことだが、味の秘訣は油の温度にあった。西山さんによれば「低温の油で揚げ、休ませるのがやわらかさのコツ」とのこと。聞けば、なんと油の温度は140℃! 通常、ベストと言われているのは170〜180℃の中温というから、かなりの低温で揚げていることがお分かりだろう。そして、揚げ時間と同じだけ休ませることもポイントの一つ。余熱で火を入れればこそのギリギリのレア感なのだ。
続いて登場したのは、とんかつ2種。一口サイズの「ヒレ」と「シキンボ」が順番に運ばれてきた。このシキンボ、牛肉ではおなじみになりつつあるが、豚のそれはまだまだ珍しい。それというのも、豚は牛に比べて個体が小さく、各部位を更に細かく分割するにはそれ相応の技術と経験が必要とされるからだ。
ふわっとエアリーなヒレに対し、シキンボはよく動く部位ゆえ、嚙みごたえがあり、旨みも濃い。通好みの部位と言えよう。そのまま食べても充分旨いが、お店手作りの特製ソースをつけるとまた趣が変わる。
この特製ソースがなかなかの優れもので、フライの他、先のスティック野菜にもピッタリ。白胡麻ペーストにマスタード、そしてウスターソース少々が入っているそうで、こうした脇役へのこだわりぶりも斎藤シェフらしい。
さて、次のアジフライがまたふるっている。なんと、ホットドッグならぬ「アジフライドッグ」でお目見え。隠し味のアイオリソースに加え「野菜たっぷりのトキハのとんかつソースを使っています。火を入れていないので、香りも味も普通のソースよりピュアでおいしいですね」と、西山さん。遊び心満載の一品に意表を突かれたところで、お口直しのしじみ汁で舌をリセット。このあたりで折り返し地点。
今度は、野菜と魚介のフライが次々に揚げられていく。旬の松茸もいいが、圧巻はさつまいも。やはり低温で丸ごと一本をじっくり素揚げすることなんと30分! ほっくりと揚がったさつまいもは、シンプルに旨い。その他、野菜は旬のものを使うためその時々で変わるそう。
魚介も然りで、今回は、穴子と海老フライだったが、これからの季節、牡蠣なども登場する予定とか。今から楽しみだ。ちなみに肉厚の穴子は、外はサクサク、中はふんわりの絶妙の揚げ加減。後を引くおいしさだ。
と、ここで、ふと気がついた。肉と魚介では、どうもパン粉が違っているようなのだ。聞けば、パン粉は全国でも珍しいパン粉専門の製造工場「中屋パン粉工場」に特注だそうで「豚と鶏は、少し粗めに、魚介はやや細かなパン粉にしてもらっています」と西山さん。しかも、素材に合わせて糖度も変えるほどのこだわりよう。それも、斎藤シェフによれば「野菜や魚介はカラッと軽やかに、鶏や豚などの肉類は、少し甘みを持たせてサクサクとした食感にしたいからパン粉の糖度を少し上げています」とのこと。
それゆえ、揚げ油もパン粉の糖度との相性を考え、魚介類は太白胡麻油、肉の方は白絞油とラードのブレンドと使い分けているそうだ。見た目は普通のフライでも、見えない部分でのこうした細やかな配慮が、最後まで飽きることなく揚げ物を食べ続けられるゆえんなのだろう。
フライの大トリは王道のロースカツ。だが、これも2週間以上熟成させ、旨みを凝縮させてから使っている。最後に「豚肩ロースのしゃぶしゃぶ仕立て」で口をさっぱりさせた後、〆の食事は、フライカレーか冷麺の二者一択。斎藤シェフ十八番のカレーは「日本に初めて伝わったカレー粉『C&B』を使った昔のホテルカレーのアレンジ」で、これをベースにだしで伸ばすセンスは、いかにも斎藤シェフらしい。また、すだちの香りも爽やかな「冷麺」は、鰹だしに素麺と和食の装いだが、ここに鰹節と煮干しで作った鰹オイルをプラス。和風ラーメンのような不思議な味わいは、クセになりそうだ。
デザートまでしっかりいただき、軽く飲んでも諭吉さん1枚あれば、満足できそうだ。また、もっとサクッと済ませたい向きには、サラダにささみフライ、魚介と野菜2種に肉がセットになった2,500円の「メニューB」が良い。これにご飯と豚汁を合わせて定食にするも良し、メンチやアジフライ(こちらはスタンダードタイプ)等々数ある追加単品メニューから好みを追加し、オリジナルのコースを楽しむも良し。もちろんランチの定食も1,500円〜楽しめる。選択肢の多さもまた、魅力の一つだ。
※価格はすべて税込