〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

中井シノブ

京都在住ライター。京都を中心に関西の飲食店を取材紹介する。取材店は1.5万軒以上。趣味は外飯、外酒、猫とまったり。「本願寺新報」「あまから手帖」でコラム記事を連載中。

四条大宮は嵐山観光の起点。京都人のソウルフード店も

四条大宮は嵐山観光の起点ともいえる場所。ここから嵐電(京福電鉄嵐山線)に乗れば、途中路面を走り、広隆寺や太秦を通って嵐山にたどりつく。嵐電は明治43年に嵐山電車として誕生。当時も今も、風光明媚な名所・嵐山へ遊覧客を運んでいるのだ。ちなみに「餃子の王将」本店や、京都人がこよなく愛す中華そばの「京一 本店」など、京都人のソウルフード店があることでも有名。そんなわけで、四条大宮界隈は、観光客はもちろんビジネスパーソンや大学生も往来し、日が暮れ始めるとさらに賑わいを見せる。大通りから一筋入った小路には、居酒屋や立ち飲み店などがひしめき、酒飲み心を揺さぶられるのだ。

真新しいこの建物1階には、飲食店2軒が入っている

四条大宮から徒歩3分、町家を飲食テナント向けに改装したモダンな建物の1階に、2023年4月に開業したのが「鮨と酒 ことほぎ」だ。建物入口から奥まで路地のような細い通路が伸び、その中ほどに暖簾がかかる。

カウンター7席のみの小体な店。そのクローズ感にそそられる

白木のカウンターにひじ掛けのあるゆったりとした椅子。「日常から離れ、時間を忘れてゆったり寛いでほしい」という店主の思いが伝わってくる。店名の「ことほぎ」は漢字で書くと「小寿」。「寿司と日本酒を通してお客様に小さな寿(よろこび)を感じていただきたい」という店主夫婦の思いが込められている。

店主の森口真さんは、大阪府堺市の出身。高校時代に、自宅近くの回転寿司店でアルバイトをしたことがきっかけで、寿司職人を目指した。「寿司をにぎる職人さんの所作や立ち居振る舞いが、いなせでカッコ良かった」と言う。

卒業後は「築地寿司清」に入社。大阪梅田店、京都伊勢丹店を経て、2012年から約10年間は、京都大丸店のカウンターに立った。入社から25年という月日を、寿司職人として過ごした森口さん。築地の寿司店ならではの、江戸前の魚の扱い、仕込みなどを、みっちりと身に付けたという。

寿司は1貫から、肴も少量だから、ひとり飲みにもぴったり

近頃はコースで寿司を出す店も多い中、一品料理とお好み寿司をメインにしたのは、ひとえに「1貫からでも気軽に寿司を味わってほしい。寿司を好きになってほしい」と願うから。寿司8貫3,300円~のおまかせにぎりも用意するが、肴を味わいお酒を飲み、寿司を2、3貫つまんでまた飲むといった、気ままな時間を楽しんでほしいと森口さんは言う。「肩ひじ張らず、友人に会いに来るように、暖簾をくぐっていただければ」と気さくだ。

この店に通いたくなる理由のひとつに、一品料理の充実がある。ビールや日本酒が進む造りや酒肴10種ほどを毎日用意するのだ。その内容は季節によって変わり、たとえば、秋口なら「筋子おろし」や「さんまの炙り」、ハシリの「ズワイガニのほぐし身」など。定番の料理も「自家製さつま揚げ」「いかの酒盗和え」と味に緩急を持たせる。中でも人気なのが、いわし、トビコ、胡瓜、ガリなどを海苔で巻いた「いわし巻き」。

いわし巻き1,100円は、多くの常連が注文する、今やスペシャリテ的な肴

新鮮ないわしのうまみにガリの香み、シャキッとした胡瓜の青味、トビコのプチプチとした食感が重なり面白い。生姜醤油を付けて味わうと、海苔の磯味とともに、さまざまなうまみと風味が広がっていく。この「いわし巻き」を味わうと、がぜん日本酒を注文したくなる。

「くもこポン酢」1,100円は、日本酒との相性抜群

なめらかで濃厚なうまみのある「くもこポン酢」も秋から冬にかけて品書きに並ぶ品。こちらは、燗酒も合いそうな肴。たっぷりの胡瓜とワカメが添えられ、口中がさっぱり爽やかに。一品料理とはいえ、いずれも小鉢などで出され少量だから、ひとりでも、寿司前に何品か注文できる。