【噂の新店】「白翠」

昨年に引き続き、今年も中華料理店の勢いが止まらない。年明けには香港料理の「新楽記」が四谷で産声を上げ、中目黒では、現地そのままの味を楽しめる台湾居酒屋「熱
炒 虎打楽」が話題を呼び、あの味坊集団も丸の内に「味坊之家」を開店するなど、枚挙にいとまがない。

そんな中、また一つ中華の新店がオープンした。2025年3月17日、麻布十番に店を構えた「白翠」がそれだ。

2025年3月17日、麻布十番にオープンした「白翠」

飲食店が居並ぶ雑居ビルの6階。以前は和食店だった場所をそのまま居抜きで使用することにした店内は、カウンター7席のみのこぢんまりとした空間。木肌の温かみに触れながらいただくその料理も、有田焼や九谷焼など和の器に盛り付けられ、どこか和のニュアンスが漂う。そう、極めてシンプルなのだ。

カウンター7席のこぢんまりとした空間に落ち着きを覚える

「僕がここで表現したいと考えているのは、引き算の中華なんです」。言葉少なにそう語るのは、坂本匠料理長、34歳。千葉県生まれの坂本料理長が、料理人の道を選んだのは高校生の時。料理上手な母親の影響もあったという。高校を卒業後、東京の調理師専門学校に進み、料理を学ぶ中で選んだのが中華料理だった。

曰く「鍋を豪快に振る姿が格好良かったし、彫刻にも興味があったので、中華のカービングもやってみたいなと思ったんです」。そこで、学校側の勧めもあり、中華料理界の老舗「銀座アスター」でキャリアをスタートさせる。

坂本匠料理長

銀座アスターでは、埼玉の川口店など大箱店に配属され、麺をゆでたり、デザートを盛り付けたりといったほんの初歩的なところから学び始めたそうで、中華の基本の基は、5年間修業に勤しんだ「銀座アスター」で培ったといってもいいだろう。創業約100年という「銀座アスター」。その料理は、中華料理をリスペクトし、本場の味を意識しながらも長い時の流れの中で日本人の舌にフィットさせてきた、いわば“日本式中華料理”。

坂本シェフが、そのエッセンスを身につけつつ、今あるべき中華の姿を追求すべく次なるステップに選んだのがあの「わさ」。山下昌孝シェフのもとで1年半研鑽を積んだ後に「けやき坂 わさ」のイズムを引き継ぎ、跡地で営業していた店で、コロナ禍で閉店になるまでシェフとして腕を振るった経歴を持つ。

「上湯」

さて、ここ「白翠」のコースは上湯から始まる。小さな碗の中に具は一切無く透明なスープのみ。だが、一口啜れば深い滋味が舌に広がる。このシンプルな一杯こそが、引き算の中華を目指す坂本シェフの、いわば象徴的な一品。それゆえ、その思いをゲストに伝えるべくコースの最初に出していると言う。

坂本シェフの目指す“引き算の中華”を象徴する、ごくシンプルなスープ「上湯」からコースは始まる

ちなみに、上湯とは広東料理で最高峰のスープのこと。本来は、豚赤身肉、老鶏、金華ハムでとるのが常套だが、そこに坂本シェフは昆布だしを加えてうまみをパワーアップ。塩は一切加えず、素材の味を十二分に引き出すことで味に厚みを持たせている。

「キャビアビーフン」

続いて「わさ」のDNAを感じさせる「キャビアビーフン」が登場。そして、よだれ鶏、季節野菜の炒め物と前菜的な3品が出た後、紅白2尾の車海老料理を置きつつ坂本シェフが一言。「海老マヨと海老チリです」

そう、おなじみの海老料理2品なのだが、贅沢にも車海老を用い、しかも、下ごしらえが実に丁寧だ。

「海老マヨと海老チリ」

曰く、風味付けに(車海老は)日本酒とレモン汁の入った水に小1時間ほど漬けているそうで、素材の味を活かそうと考えればこその一手間だろう。

薄くまとった衣にチリソースがよく絡む

さらに、海老マヨも海老チリも衣はできるだけ薄く、ソースも必要最小限にとどめて、車海老自体のうまみを押し出そうとしている。また、ソースに埋もれることなく存在感を増した車海老の盛り付けも、どこか和食のような品の良さが漂う。

「酢豚」

一方、ユニークなのは酢豚。実は使っている部位が頬肉なのだ。豚頬肉を一度煮込んでから揚げ、タレと絡めているそうで、坂本シェフ曰く「煮込んだ肉ならではのほろっとほぐれる食感を酢豚で表現してみたかったんです」とのこと。煮込んでおいしい頬肉を選んだというわけだ。

豚の頬肉を煮込むことで、ほろっとした食感の酢豚に仕上げている

さらに煮込む際、醤油と砂糖に酢もプラス。お酢風味の煮豚にしてから酢豚に仕立てている。衣も最小限にとどめ食後感も軽やか。しっとりした味わいの、上品な酢豚に仕上がっている。

酢豚の後は「わさ」名物の「搾菜の和えもの」で舌をリセット。オリジナルは、搾菜にきゅうりとネギをあえるが、坂本さんはネギの代わりに旬のうるいを用い、季節感を演出している。その後、麻婆豆腐に焼売と続き、ハイライトの「ふかひれの白湯煮込み」が登場。葦切鮫のフカヒレの姿煮が沸々とたぎる鍋共々目の前に置かれた。

「ふかひれの白湯煮込み」

「川俣シャモ」の丸鶏を使った白湯は、コクがありながらも味わいは実にクリア。雑味を感じさせぬ秘訣は、スープの取り方にある。聞けば「川俣シャモ」は丸鶏のまま煮込むのではなく、身と骨と皮にさばき、最初に骨を入れて1時間、次に肉を加え1時間、最後に皮や脂も足して1時間と時間差で煮込んでいるのだとか。火は強め。それぞれの工程でまめにアクを取ることも、綺麗な味に仕上げるための重要なポイントだ。

とろみのある白湯と、カリッとしたフカヒレの食感のコントラストが食欲をそそる

一方、フカヒレは片面焼き。カリッとした食感に白湯のうまみがじんわりと染み込み、味わい豊か。炊き立ての土鍋ご飯を添えてくれるサービスも、食いしん坊のツボを突くうれしい配慮だろう。とはいえ、〆の食事は炒飯と麺の二刀流ゆえ、一口程度にとどめておいた方が賢明だ。

〆に登場する炒飯には埼玉県のオリジナルブランド米「彩のきずな」を使用している

さて、最後のお楽しみ「炒飯」も実に飾り気がない。具は、卵と長ネギのみ。味付けも塩と白胡椒だけと余計なものは一切入らない。それだけに、ごまかしの利かない味であることも事実だろう。選んだ米は、大粒で弾力があり甘みやうまみが強すぎすバランスの取れた埼玉県のオリジナルブランド米「彩のきずな」。

細かく刻んだネギは冷蔵庫で寝かすことで甘みを引き出している

そして、いい仕事をしているのが、隠し味とも言える長ネギだ。辛みを抜き、甘みを引き出すため、刻んだネギはバットに薄く広げてクッキングペーパーを被せ、最低でも2日間ほど冷蔵庫で寝かしているそうだ。また、長ネギ自体も、千住ネギはもとより滋賀の「安土信長葱」や山形の「寅ちゃんねぎ」など甘みの強いネギを選び、時に応じて使い分けている。

「炒飯」

清水焼の器にふんわりと盛り付けられた炒飯は、パラパラ感はありつつもふっくらしっとり。炊き立てのご飯を思わすおいしさの中、ネギの甘みが優しく余韻に残る典雅な味わいの一皿だ。

パラッとしていながらもふっくらとした食感を楽しめる炒飯はお店ならではの味

デザートまで含め全13品ほどが並ぶコースは22,000円。いずれの料理も、オーセンティックでありながらテイストはモダン。今後は「炭火焼にもチャレンジしてみたい」と坂本シェフ。イノベーティブなネオチャイニーズとは、ひと味違う新しい中華に期待したい。

※価格はすべて税込

※完全予約制

撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部