〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から、「これぞ!」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。そのこだわりの材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回訪れたのは、グルメライター・武智新平さんがおすすめする完全予約制の「発芽そば ゆき」。若き女性店主が作る“発芽そば”をご紹介。

教えてくれる人

武智 新平

1970年生まれ。食雑誌をメインにフリーの編集&ライターとして活動中。食事では寿司、そば、カレー、洋食全般など、お酒は特に日本酒が好きで、仕事でもそれらを担当することが多い。一見でも心地よく、かつリーズナブルに楽しめる店を中心に紹介していきたい。

都内有数の高級住宅街に佇む秘密の隠れ家

目白駅から歩くことしばし。江戸時代、武家屋敷が並んでいたエリアには、現在も高級住宅地として立派な邸宅が並ぶ。そんな中に「発芽そば ゆき」はあるのだが、目印になるような大きな看板は出ていない。あるのは「Soba yuki」とあしらわれた30cmほどの陶板のみ。自宅を改装した店舗であり、このエリアの景観も考えてのことで、まさに知る人ぞ知る、おいしい秘密の隠れ家だ。

奥ゆかしくデザインがなされたコンクリートの通路。店舗はのれんをくぐった先にある玄関から入っていく。

呼び鈴を押し敷地に入る。綺麗に手入れされた通路を通り、のれんをくぐる。ほんの少しの移動ながら、そこに漂う凛とした空気が非日常へと誘ってくれる。

中央には一枚板を樹脂で固めたテーブルが置かれ、壁には植物を使ったアート作品が飾られている。そんな自宅の一室を客席として使用しているので、1回の食事は4〜6人が基本。調理場は別にあり、料理ができ次第、店主の井上さんが運んでくる。

カーテンを開けると公園が望めるテラス席もあり、天気の良い日はそこで食事をすることも可能だ。
 

武智さん

自宅の一部を使った店舗とはいえ、友人宅に来たというカジュアルさはありません。リラックスした空気の中にもほどよい緊張感があり、それがこれからの食事への期待を膨らませてくれます。

小さな頃からそば好きで、学生時代には時間を見つけては、東へ西へとそばの食べ歩きをしていた井上さん。そんな中で出会ったのが「発芽そば」だ。芽が2mmほど伸びたそばの実をすり潰し、水分を飛ばすようにこねて作るそばは、実に香り豊か。すするたびにその風味が口いっぱいに広がっていく。そのおいしさに魅了された井上さんは、就職することをやめ、大阪の店で修業を積むことを決意。そして親戚が営むそば屋で間借り営業をした後、5年前に「発芽そば ゆき」を開店した。

店主の井上ゆきさん。そばはもちろん、日本酒も大好きで、こだわりの銘酒をそろえている。今後はそばに合うオレンジワインも手がけたいのだとか。

そばに魅せられた店主が作る、こだわりの詰まった「発芽そば」とは

「朝、目が覚めるとまずは外の天気を見るのが日課です。晴れなのか雨なのか。暑いのか寒いのか。湿度があるのか、ないのか。それに合わせてそばを引く時間を決めるんです」。それだけ聞くと、そば粉と水からなるそばと変わりないように思える。しかし、井上さんが打つそばは発芽そば。2mmほど芽の伸びたそばの実を、まずはそのまますり潰す。

とにかく香りが強いこと。歯応えが心地よいことが特長だ。

生地を薄く広げるように延ばしていく。そうすることで生地の水分を飛ばすのだそうだ。どれくらいの時間をかけてこの水分を飛ばすのか。そのために天気や湿度を知るのが重要なのだ。そして程よい水分量になったら、延ばして切る。

そばの実はいろいろ試したのち、長野県八ヶ岳のもの、宮崎県高千穂のものを使用している。

つなぎを使わないので、そばはやや短めで太め。また水分もそば自身のものなので、青っぽさも含めてそばの香りが強い。合わせるつゆに砂糖は不使用。鰹節、醤油、みりんのみで、さらりとしキリッとした味わいに仕上げている。発芽そばの香りを楽しむには、つゆがそばに絡まりすぎない方が良いとのこと。

「あとは、私の好みです。関西風のダシが利いたつゆが好きなんです(笑)」

見た目は短く太めの十割そば。しかしシンプルな調理法だからこそ、芽を使うことによる香りの強さ、複雑な味わいが楽しめる。

このふたつを合わせ、勢いよくすする。まずは鰹節が利いたつゆが香り、そのあと、そばの風味がブワッと広がる。歯応えものど越しも心地よい。余韻もじんわりと長い。あぁぁうまい。それは田舎そばのようで、十割そばのようで、でもどちらとも違う。もっと上品で力強い味わいだ。

料理は10品近く供される8,000円のコースのみ。発芽そばはそのメインとして提供されるが「しっかりと味わってほしい」とやや多めの量で出される。