年に1回、食べログユーザーからの投票で決まる「The Tabelog Award」。全国に星の数ほどある飲食店から選び抜かれる受賞店の魅力を伝えるとともに、店主の行きつけの店をご紹介。新宿の老舗もつ焼き店「鳥茂」の店主が選んだ名店とは?

〈一流の行きつけ〉Vol.17

もつ焼き「鳥茂」新宿

高評価を獲得した全国の店の中から、さらに食べログユーザーたちの投票によって決定する「The Tabelog Award」。どの受賞店も食通たちの熱い支持によって選ばれただけに、甲乙付け難い店ばかりだ。

当連載では一流店のエッセンスを感じてもらうべく、受賞店の魅力やこだわりとあわせて店主が通う行きつけの店を紹介する。

第17回は2017年を皮切りに7年連続でBronze、Silverを受賞する「鳥茂」。祖父から七十余年続く店の味を守りつつ、時代に即した細やかな工夫を大切にする3代目店主、酒巻 祐史(ゆうじ)氏にお話を伺った。

始まりは戦後の混乱期に祖父が新宿に出した屋台

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店内に飾られている創業当時の古写真。中央に「鳥茂」の看板が見える   出典:サプレマシーさん

「鳥茂」の創業は1949(昭和24)年、復員した初代が新宿駅東口前(現在のビックカメラがあるあたり)に興した屋台が始まりだ。店名は「鳥茂」だが、焼鳥ではなくもつ焼きの店である。物資が乏しい戦後の混乱期、入手しやすかった豚のもつを串に刺し焼鳥に見立てて提供する屋台が数多く生まれたが、その中の一軒が「鳥茂」。「茂」は当時の首相・吉田茂からとったものだ。

*あんこ*
ジューシーでピリ辛の肉だねに甘めのたれが絡むピーマンの肉詰め   出典:*あんこ*さん

洋食の修業経験をもつ初代が考案、「鳥茂」発祥と言われる看板メニューが「ピーマンの肉詰め」だ。ハンバーグをイメージしたつくねをピーマンに詰めて焼いたもので、備長炭で炙ったほろ苦のピーマンとジューシーなお肉が奏でるハーモニーがクセになる一品。創業時から継ぎ足して使い続ける甘めの秘伝だれが、全体をいい塩梅にまとめている。

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絶妙な火入れのレバーはレモンを搾って   出典:palogさん

店では、その日朝まで生きていた20頭以上の豚を仕入れ、その日に仕込んでその日に提供。営業は17時からだが、仕込みなどの作業に時間を要するため、早いスタッフは朝7時には出勤するという。

「新鮮なものをその日にさばいて串を打ち食べていただく。シンプルですがそれが一番大事です」と話すのは「鳥茂」3代目の酒巻氏だ。

鮮度のよさが如実に表れる「レバー」は、誰もが衝撃を受ける一串。角がピン!と立っており、表面はカリッと、中はトロトロ。ふり塩をすると味にバラツキが出るため、刷毛でまんべんなくならして塩分を調整するなど、酒巻氏の丁寧な仕事がおいしさを押し上げている。

変えたことは一つもないが増やしたことならある

焼きの技術に磨きをかけ大きな満足とおいしさを届ける酒巻氏
焼きの技術に磨きをかけ大きな満足とおいしさを届ける酒巻氏   写真:お店から

社会勉強のためサラリーマンとして働いていた酒巻氏が、2代目である父の急逝により店を継いだのは23歳の時。

どうやったら商売がうまくいくかを祖父にたずねると「商売にコツはない。おまえに任せるから好きなようにやりなさい」との答え。「それはすなわち自分で学びなさいという意味で、その教えが今に生きています。あまり多くを語らない父からは、何事にも手を抜かず、真面目に一生懸命仕事をする姿勢を学びました」

時代は平成、令和と流れても変えることなく守り続けるのは、多くの常連客に愛されてきた定番の味。「初代、2代から変えたことは一つもありませんが、増やしたことならあります」と酒巻氏。例えば以前はメニューに少なかった野菜を増やしたり、もつ焼きにとどまらず、シャトーブリアンなどの希少な和牛のステーキやキャビアのおにぎりを加えたりなど、新メニューの開発にも意欲的だ。

“同じ”と評されることは“深化”している証

目白ネーゼ
客席は1階・2階合わせて82席。スタッフも多く活気に満ちている   出典:目白ネーゼさん

創業から74年、長く通い詰める常連の中には70代の客も多いことから「鳥茂」では食べる人の気持ちに寄り添った心配りも忘れない。

「肉のポーションを小さくし種類を多く食べられるようにしたり、塩味も強すぎないようにしたりなど、先輩方の世代が何を考えているかを想像して、ボリュームや味付けを決めるようにしています。たくさん食べられる若いお客様には、提供する串の種類を増やすことでご満足いただいています」

備長炭による魂を込めた火入れは一般客のみならずプロの料理人からの評価も高い
備長炭による魂を込めた火入れは一般客のみならずプロの料理人からの評価も高い   写真:お店から

お客様にとってどんなお店でありたいかという問いに酒巻氏は「『いつ来ても同じ』と言われることが大事」と答える。

「人というのは、以前の満足では物足りなくなるもの。前の満足を超えていないと“同じ”とは言われません。前の満足を超えることは、すなわち“深化”しているということ。ただ同じことをしているのは“退化”。どんどん上を目指して努力していって初めて“深化”、お客様にとってはそれが“同じ”という評価になるのです」

こう聞くと、客側の評価の厳しさを痛感するとともに、それだけ飲食の仕事は厳しく、長年繁盛し続けることはいかに難しく苦しいものかを思い知らされる。

だからこそ酒巻氏は「好きなようにやりなさい」という祖父の言葉を守り、“一生勉強”を貫く。メニューはアラカルトもあるが、お腹の減り具合に合わせて考えてくれるコースメニューがおすすめ。3代にわたり行列店であり続ける名店の味、ぜひその舌で堪能していただきたい。