年に1回、食べログユーザーからの投票で決まる「The Tabelog Award」。全国に星の数ほどある飲食店から選び抜かれる受賞店の魅力を伝えるとともに、店主の行きつけの店をご紹介。南青山の日本料理店「いち太」の店主が選んだ名店とは?

〈一流の行きつけ〉Vol.16

日本料理「いち太」南青山

高評価を獲得した全国の店の中から、さらに食べログユーザーたちの投票によって決定する「The Tabelog Award」。どの受賞店も食通たちの熱い支持によって選ばれただけに、甲乙付け難い店ばかりだ。

当連載では一流店のエッセンスを感じてもらうべく、受賞店の魅力やこだわりとあわせて店主が通う行きつけの店を紹介する。

第16回は、2017年から7年連続でBronzeを受賞している「いち太」。食材選びを何よりも重視した和食と自ら打つ十割そばでもてなす店主、佐藤 太一氏にお話を伺った。

料理人として日本の食や文化を発信したい

k846
文字と線描で所在地の青山を粋にデザインした暖簾   出典:k846さん

“都心に現れた軽井沢”をイメージしたエッジの利いたデザインで、国内外の空間デザイン賞に輝く複合施設「AOYAMA346」。このスタイリッシュなビルの1階にあるのが日本料理の店「いち太」だ。

店主の佐藤氏は北海道出身。調理学校卒業後、札幌の高級ホテルの中華部門に就職。後に語学留学で滞在したニュージーランドで、日本の食に対する意識の高さや食文化の素晴らしさを改めて実感し、日本料理の道に進むことを決意したという。

帰国後は、北海道の料亭を経て、新宿の日本料理とそばの名店「大木戸矢部」へ。29歳の若さで料理長に就任し、売り上げ目標を4年で達成し独立。「いち太」のオープンから、わずか1年余りでミシュラン一つ星を獲得し、美食家がこぞって訪れる予約困難な人気店として知られる。

サプレマシー
無垢の一枚板が印象的なカウンター席   出典:サプレマシーさん

店内に足を踏み入れると目に飛び込むのは、板場を囲むように配されたL字形のカウンター。端正な無垢の檜が凜とした中にも温もりを感じさせ、ここから佐藤氏が大切にする「一期一会」のもてなしが始まる。

日本料理は“総合百貨店”。信頼を大切に日々全力で

毎日全力で料理とゲストに真摯に向き合う佐藤太一氏
毎日全力で料理とゲストに真摯に向き合う佐藤太一氏   写真:お店から

独立前は献立作りや仕込みなど、店の中のことに没頭していたが「店を持ってみると、昨今の物不足の中での食材調達はもちろん、器、人を含めて“調達”の仕事が多くなりましたね」と佐藤氏。

「自分が感動しないものは使わない」を信条とする食材選びは、すべて佐藤氏自身が好きで、実際に食べておいしいと感じた食材のみ。

「人は好きなものには執着します。こだわりがあるので少しの変化にも気がつけます。同じ食材を見続けるからこそわかることがあり、それだけ食材への熱量も高くなるので、お客様のさまざまな質問にもしっかり答えられるんです」と、その理由を教えてくれた。

カフェモカ男
一品一品、料理に合わせて選び抜く器との美しさにも定評がある   出典:カフェモカ男さん

「日本料理は、特定の料理に特化した専門店とは異なり、揚げ、焼き、生などいくつもの調理法があり、それらに用いる食材、合わせる器やグラスなど、さまざまなものをそろえた、いわば“総合百貨店”。それには、安心して任せられる仕入先の存在が欠かせません。固い握手を交わせる相手といかに出会うか、そのために人に会うことを大切にしています」と佐藤氏。

「いち太」の席数はカウンター8席、2つの個室10席を合わせた全18席。「チームでないと回せない人数なので、スタッフ一丸で発揮する力を大切にしています。満席の中にもいい営業ができた日、何かかみ合わなかった日、いろいろな日がありますが、お客様が快適に過ごされ、満足して帰られる姿を見送ると、大きな幸せを感じます。だからこの仕事は楽しいですし、やめられませんね」

佐藤氏の座右の銘は「毎日全力」。「今日一日にベストを尽くす、その積み重ねが一年を作ります。予約してくださるお客様に全力でお応えする気持ちで日々臨んでいます」と、熱い思いを語ってくれた。

好きだからこそ自分で打つ

やっぱりモツが好き
そばはせいろ、かけ、ごまだれ、つけそばなどから選べる   出典:やっぱりモツが好きさん

独立前はそばの名店で修業し「死ぬ間際に食べたいものはと聞かれたら迷わずそばと答えます」というほど、そばが大好きな佐藤氏。コースの〆となるそばは「好きだからこそ自分で打つ」と決めている。

そばの実は、福島県会津、福井県、茨城県の常陸、北海道の石狩など、その時々の最良のものを吟味。店内の石臼でその日使う分だけ製粉し、ひき立て、打ち立て、茹で立てで提供する十割そばは、香り高く喉ごしもよく、そば好きをもうならせるシグネチャーとなっている。

自分に嘘をつかず、日本の豊かな恵みに感謝しつつ、旬の食材を心ゆくまで楽しませてくれる佐藤氏の料理と真摯な人柄は、食べる人の心の奥深くまで魅了する。食べ終えた後、誰もが次はいつ来ようかと思い巡らせるのも至極納得の名店である。