この春の大注目レストラン

年初から、日本のフレンチ業界においては、ニュースであった。パリで長年にわたり活躍し、2016年にパリに自身の店をオープン後、当時、世界最速でミシュラン一つ星をとった、伊藤良明オーナーシェフの「ラルケスト」が、この2月1日に、東京・神楽坂に姉妹店「L’ETERRE (レテール)」をオープンした。これは、期待以外の何ものでもない。

厨房と一体感のある造り

駅から徒歩5~6分の路地裏に構えた店は、カウンター席を中心に、その端が対面で座れるようになった、いい意味で肩肘張らないカジュアルな雰囲気が心地よい。

クリスタルの招き猫がインテリアのアクセントに


料理は昼で16,000円、夜で26,000円のおまかせコースのみ。日本の極上の素材に、パリのセンスが感じられる、シンプルでいながら滋味深い料理は、必ずや、印象に残るだろう。

伊藤良明シェフ

大ニュースとはいえ、日本を離れて20年になるという氏の経歴を多くの人が知るわけではないので、ここで簡単に記そう。辻調理師学校を卒業後、フランス料理の名門ひらまつグループに入社。披露宴の宴会場を振り出しに、がむしゃらに働き、地方でも経験を積んだ。そんな様子が当時の代表、平松宏之氏に伝わったのだろう、「Hiramatsu」がパリで初めて店を構えるというそのときに、同行するという幸運に恵まれた。その後、平松氏と力を合わせながら2004年から2014年まで料理長を務める。10年間やりきったという思いで独立を果たし、ミシュラン星つきの店へと至る。

食材への思いを料理に託す

食材と食の未来について語る伊藤良明シェフ

なぜ、東京に店を開いたかを問うと「コロナ禍で店がロックダウンする中でいろいろなことを考えました。日本でコラボレーションもしましたし。そんな中、日本の素晴らしい素材をもっと広めていくことと、逆に、日本では低い食料自給率が、フランスは高いなど、フランスのよいところを伝えていくことが、自分に課せられた役割なのではと、思ったのです。それで日本への出店を決めました」と伊藤氏は言う。

左が田篭 彬シェフ

日本で店を託すのは、ひらまつ時代にパリで仕事を共にしたこともあるという田篭 彬シェフ。相談はするが、基本的にはメニューの組み立てなどはおまかせだという。多くを語らずともわかるツーカーの仲ではあるが、素材のポテンシャルを100%生かすというポリシーはまさに同じ。

フランス料理であるからソースの重要性は言うまでもないが、それと同時に、微妙な火入れの技術で、素材が生きも、死にもするというようなことに最大の神経を使った繊細な料理を作る。

「サスエ前田魚店」の鰆


レテールでは、だから、生産者の顔の見える、惚れ込んだ素材しか使用しない。中でも、魚介はすべて、静岡県の名鮮魚店「サスエ前田魚店」から仕入れる。伊藤氏はパリでもトップクラスの生産者の魚介や甲殻類を使用しており、パリにいながらにして、魚介をたっぷりいただいた感のあるメニュー構成になっているが、日本ではそれをさらに推し進めたい気持ちがあるようだ。「サスエ」の前田氏には、日本でイベントをやるたびに力を貸してもらっており、大変に信頼しリスペクトしているという。そのような縁もあって、今回の話が相成った。一流シェフ垂涎の魚介が、パリのエッセンスと田篭氏の力量でどのように変わるのかが何より楽しみだ。

パリのエスプリを感じる料理の数々

鰆とキャビア

今回作ってもらった料理は3品。まず、冷前菜は、春が旬の鰆だ。客前のカウンターで藁で焼いて薫香をつけ、オシェトラキャビアと磨宝卵GOLD(特別においしいブランド卵)を添え、加賀蓮根で食感にアクセントをつける。

鰆のレア加減が絶妙で、薫香をまとって、口の中で上質な脂がとろけるようだ。さすが前田氏が高度な次元で手当てした鰆だけのことはある。

チャービルの根っこのフリット

日本では珍しいチャービルの根っこ

2皿目はちょっと珍しい素材。一口食べて「甘」!と声が出てしまうほど豊かな旨みに満ちた根菜は、実はチャービルの根っこだそう。日本ではあまり生産している農家がないが、今の時期、パリっ子達が大好きな根菜だという。

ほくほくとした食感はまるでフライドポテトのよう

ゆがいてからフリットにしたあと、発酵バターでぎりぎりまで火を入れる。器に盛り、黒トリュフを散らし、ビゴール産のラルドの薄切りをのせ、ラルドのブイヨンのフォームを添えて旨みをプラスした。こうした、日本ではなかなかお目にかかれない、素材や調理に出会えるのも大きな楽しみの一つだ。

料理の最後には必ず〆のご飯が用意されるのもフレンチではユニーク。メインの肉料理を活用した土鍋ご飯やリゾットなど、バリエーション豊かだ。

ダックワーズとオレンジのカスタードクリーム

デザートはダックワーズとオレンジのカスタードクリームの組み合わせ。アーモンドと卵白ベースの生地をキャラメリゼしてカスタードを絞り、愛媛産のハルミと金柑を刻んで散らし、オレンジの皮のパウダーと柑橘系の香るネパールのこしょうをすりおろしている。日本の柑橘が大好きだという伊藤氏のお気に入りの一品だ。

デザートは他にも「ラルケスト」と同じレシピという「30ヶ月熟成コンテチーズケーキ」「トリュフ ショコラ」が提供され、パリと同じ味を楽しめる。

ワインセラーも充実

ソムリエの加藤 直氏

カウンター奥のガラス張りのワインセラーも自慢の一つだ。「現在1,600本以上ストックしていますが、約2,000本収納可能です。8割がブルゴーニュ産。パリのラルケストでも扱わせていただいている、信頼できる生産者のものが中心で、新興の意欲がある生産者のものもバランス良く取り入れています」と伊藤氏。セラーを管理するのはソムリエの加藤 直氏。ボトルで相談するのも、ペアリングも自在。セレクトの妙を楽しみたい。

今後は田篭シェフと加藤氏、二人三脚で運営する


日本の素晴らしい素材とパリのエスプリが融合した、期待のフレンチ。早速足を運んでみたい。

※価格は税込・サービス料別。

撮影:松園多聞
文:小松宏子