〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

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岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

町焼鳥で気軽に自然派ワイン

自然派ワインを飲める店が増えてきたが、それでも気後れする人もいるだろう。“普段行くような居酒屋で気軽に自然派ワインを飲めたら”という思いをかなえてくれるのが、永福町「鳥雅」。都心にある寿司屋のようなカウンターの焼鳥店ではなく、住宅街にある焼鳥が自慢の鶏肉専門店だ。焼鳥のほか、季節の創作料理が得意でメニュー豊富なのがうれしい。それでいて、自然派ワインの充実ぶりはツウも驚くほど。価格が抑えられているのもありがたい。

店主の井上雅之さん

店主の井上雅之さんは和食での経歴が中心ではあるが、中華料理店やフレンチのシェフのもとでの修業経験もある。いつか自分の店を持ちたいと思い描いた頃から自分の店で酒を出すなら自然派ワインがいいと模索。「魚真」勤務時代には、当時の同僚だった自然派ワインバー「ビアンカーラ」のオーナー小平尚紀さんとともワインについて語り合っていたそう。焼鳥を中心とした居酒屋で自分の店を持ちたいと決意してからは焼鳥店で経験を積み、2015年に鳥雅をオープンした。

自然派ワインは冷蔵ケースに所狭しと置かれているが、よく見ると貴重なワインが発掘できる

鳥雅では焼鳥をメインにした鶏肉料理と季節の野菜を使った創作料理がいただける。焼鳥はもちろん鶏肉料理もお手の物。季節の野菜をさまざまにアレンジするのも得意。豊富なメニューは近隣の住民の心をつかみ、女性一人の客も多いという。

おまかせ焼鳥✕するする赤ワイン

鳥雅では大山どり、古白鶏、美桜鶏などの銘柄鶏を日によって使い分けて、焼鳥に。炭は火力が強く長時間燃焼する備長炭が使用されている。焼鳥で最も重視しているのは、火入れ。そこには焼鳥店での経験だけでなくフレンチでの修業も活かされ、余熱を巧みに利用。片面はパリッと焼き上げ、もう片面は絶妙に火が入るように焼かれている。

左から手羽先、ねぎま、レバー「鳥雅おまかせ串(永福6本コース 1,480円、鳥雅8本コース 1,950円、男前10本コース 2,480円)」より

そのため焦げ目はしっかりありながら、鶏のむちむちとしたおいしさが味わえるように仕上げられている。手羽先やねぎまなどはカリッとした食感と脂や肉の強さがグイッとくるが、レバーはなめらかさがしっかりとあり、何本でも食べてしまえるおいしさ。ちなみにおまかせ串は、部位を指定して追加で1本ずつ頼むことも可能だ。

ルナーリア モンテプルチアーノ・ダブルッツォ(グラス750円)

鳥雅では、初めて自然派ワインを飲みたいという人に向けて箱に入ったバッグインボックスのワインを提供している。最近はワインが値上がりしているため、気軽に飲める感覚でなくなってきているが、バッグインボックスであれば値段が抑えられる。もちろん井上さんのお眼鏡にかなった赤・白の2種類ずつが置かれている。「ルナーリアは果実の甘みがあって、素直な自然派ワインの良さが表現されています」と井上さん。果実味がするする入ってくるため、パリッと焼かれた焼鳥と好相性だった。

レバニラ✕やさしい赤ワイン

レバニラ(880円)

鳥雅の鶏肉を使った料理の新作が「レバニラ」。生のレバーを低温調理し、ニラと卵黄をのせたもの。醤油だれとごま油の中華風の味付けになっている。食べてみると「とろーり」という食感がぴったりのなめらかさが続く質感。醤油とごま油の風味が漂い、見た目よりも上品な味わいの一皿だった。

ボタニカルライフ TERRA2022(ボトル5,800円)

井上さんは日本ワインの発掘にも力を入れている。店内には「農楽蔵」「テール ド シエル」などいまや入手困難となった日本ワインのボトルが置かれているが、それらも当初から扱っていたそう。いま一番注目しているのが兵庫県のボタニカルライフ。「とても丁寧に造っているのがわかるワインで、旨みの中にしっかりタンニンもあってレバーに合います」と井上さん。レバーのなめらかさとワインのやさしさが口の中で溶け合うように寄り添っていた。

ラーメン✕ちょい熟白ワイン

ラーメン(880円)

鳥雅では〆も何種類か用意されている。おすすめはシンプルな「ラーメン」。鶏ガラでだしを取って醤油で味付けし、九条ネギをたっぷりのせて、うずらの卵となるとで完成。「〆なのであっさり味のラーメンです」と井上さん。東京らしいラーメンにどっさり九条ネギがのっており、香りよくさっぱりいただけるのがうれしい。

クンプフ・エ・メイエー リースリング2018(ボトル6,900円)

ラーメンにおすすめの白ワインは、熟成したリースリング。「熟成によって蜜のようなニュアンスが出ており、さらにナッツのような香りが混じるワインです。最後にいいワインで締めるのには最高です」と井上さん。〆のあとに上質な白ワインという提案を、ぜひ試してみてほしい。

井上さんの「私が恋した自然派ワイン」

Kondoヴィンヤード konkon クヴェヴリ2021(ボトル8,500円)*イベント時に提供予定

井上さんが恋した自然派ワインは、北海道でワイン造りをするKondoヴィンヤードの一本。

「Kondoヴィンヤードは北海道の空知の厳しい環境の中でワイン造りをされているワイナリーです。ワインに惚れ込んでここ3年くらいワイナリーや畑に通わせてもらっています。近藤さんは挑戦される人でもあり、こちらはクヴェヴリという甕で造られたオレンジワインです。生産本数が限られていて、かなり貴重な一本なので、実はまだ飲んだことがありません。ただすごいワインであることは間違いないので、イベントのときなどにお客さんと味わってみたいですね」

手頃なワインとツウ向けワインを両方用意

鳥雅では、自然派ワインを飲んでみたい人向けのものと、ツウ向けのワインがリーズナブルな価格で提供されている。これから飲みたい人に向けては手頃な価格ながらクリーンで素直なワイン、ツウ向けには人気の高い希少なワインも揃えられている。フランスやイタリアの自然派ワインのほか、日本ワインの発掘にも熱心。知る人ぞ知る期待の生産者のワインがセレクトされている。グラスワインはバッグインボックスが2種類(赤・白各750円)、そのほかにボトルワイン(4,500〜9,800円)が約40種類、用意されている。

古民家風の内観にも注目

井上さんに、カウンター越しに話しかけてみよう

焼鳥と創作料理、自然派ワインが魅力の鳥雅だが、実は内観のおもしろさも注目ポイント。オープンに当たっては一度スケルトンにしてから古民家風の内観にされており、扉や複数の欄間は井上さんが集めてきたもの。入口の扉は明治初期のもので、その意匠には歴史の風格が感じられる。

外観

いろいろなところに楽しさが散りばめられた鳥雅。井の頭線沿線に出かける機会があれば、思い出したい一軒といえる。

※価格は税込、お通し400円

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔