「カンテサンス」「フロリレージュ」「L’ EAU(ロー)」「Hiroya」「赤坂しょう山(ざん)」etc……。これら錚々たる有名レストランで経験を積んだ稀代の若手シェフが、2023年1月、神楽坂に自身の店となる「Jfree」を開いた。
オーナーシェフの陣内翼氏は宮崎県宮崎市生まれで、辻調理師専門学校の大阪校で1年、リヨンにあるフランス校で1年フランス料理を学ぶ。その後、専門学校時代の友人に誘われて訪れたミシュラン二つ星のフレンチ「フロリレージュ」の料理に感動し、門戸を叩く。アミューズや前菜の手伝いからスタートし、現「été」の庄司夏子氏が「フロリレージュ」を卒業することを機にデザートを担当した。約3年半務めた後、川手寛康シェフに紹介してもらいミシュラン三つ星フレンチの「カンテサンス」へ。岸田周三シェフの隣でサポートするポジションとして、肉などのメイン料理を担当。
その後、会員制の和食屋「赤坂しょう山」を紹介してもらい、和食の経験を積み、のちに料理長ならぬ“シェフ”に就任。このほかにも昼間に「L’ EAU」で調理を、夜は「Hiroya」でサービスを学ぶなど、トップレベルの環境で腕を磨いた。
カウンターフレンチの「Hiroya」でサービスをしていく中で、客とのコミュニケーション、料理のプレゼンテーションなどに魅力を感じ、自身で店を出す際にもカウンターメインの店舗にしようと考えた陣内氏。和食とフレンチを融合したフュージョン料理を提供しようと考えていたため、そのコンセプトにマッチしていて、落ち着いた雰囲気でありながら、飲食店を訪れる客がたくさんいる場所と考えた時、赤坂か神楽坂が浮かんだそう。
物件を探していく中で、13坪とコンパクトな敷地面積ながら、天井が高く閉塞感がないこの物件を気に入り契約を決めた陣内氏。内装は「L’ EAU」も手がけたエスキスの甲斐晋介氏が担当し、元々あった杉の一枚板カウンターは生かしつつ、新たに個室を作り、客席はあえて高くし、やや上からキッチンを見渡せるデザインに。調理風景を楽しんだ後に、出来立てをシェフが目の前から提供することで、グランメゾンにはない特別なライブ感を演出している。
接待利用も想定した個室には文化庁文化交流使に任命された海老原露巌氏の墨アート作品をディスプレイ。箸は年季が入って渋いカウンターに合わせて、柿の木の箸をセレクト。器などもシェフ自ら20以上のショップをめぐり探しあて、コックコートやナプキンもネイビーでそろえるなど美的センスも光る。
完全予約制&ランチ・ディナーともにおまかせコース一本勝負
サービスを担当する女将の菊地里紗氏は、以前ブライダル系企業が手がけるレストランで陣内氏と同僚だった。接待利用であれば着物を着用するなど和のサービスも大切にしている。
店名の「J」は、名字の陣内(Jinnai)の「J」 、フランス語で「私の」という意味の「je」から。「free」は、名前の翼が由来となっており、自由な発想で創る新しい味や空間で、訪れる人に「自由になってもらいたい」という思いを込めている。
お店は完全予約制でランチ(8,800円)、ディナー(14,300円)ともにおまかせコースのみ。フレンチ仕立てでありつつ、随所に和のテイストが散りばめられた、次の日も食べたくなる和食のような馴染み深さが特徴だ。“free”な世界観で『直感で楽しめ、どこか馴染み深い味わい』をコンセプトに、今までにない新しい味や空間を“free”な発想で創造していく。
今回新たにお店をオープンするにあたり、食材探しのためにシェフの出身地である宮崎の生産者を巡ったそう。そのため、しばらくの間は業者を通さず直接仕入れた宮崎県産食材を使った料理が並ぶ。コースは前半が和食らしい要素、後半でフレンチらしい要素が強まる、なだらかな曲線を描く。
フワッとほどける穴子に、うま味が溢れる赤ワイン漬けの霧島黒豚スペアリブ
ある日の前菜では、京都産の穴子の皮目を香ばしく、身はレアに焼き上げた一皿が登場。レア感と直接的な香ばしさを与えるために、直火の網焼きでガッと強めの火入れをしている。
適度な脂のりとサイズ感の穴子のため、本来は骨切りがいらないというが、あえて骨切りの一手間を加え、フワッとほどける口溶けと、ほのかに残る骨のコリコリとした食感を出し、ハモのイメージに寄せた。
合わせるのはデュクセルやシェリービネガーなどを使ったほのかな酸味を感じる爽やかなソース。九条葱、菊の花がアクセントだ。穴子は焼く前にオリーブオイルを加え、軽く醤油を塗ることで、印象深い香ばしさになっている。素材の味を生かしたシンプルな味付けながら、コース前半から和風でもしっかりワインに合う料理が並ぶ。
現在提供されているコースの中では、宮崎県にある梶並農園の新鮮な野菜を使用した料理が多くある。赤身の味わいが強い霧島黒豚を使ったスペアリブにも、梶並農園のほうれん草と焦がしバターのソースを合わせた。豚の脂の豊かな味わいを楽しめるスペアリブは香ばしく焼き上げるために、赤ワインに1〜2日ほど漬け込んである。
フライパンに肉を出し入れし、オーブンで中心温度が60度程度になるよう火入れを行い、提供前にフライパンを使い強火で表面を焼き上げることで、外はカリッと中はしっとりジューシーに仕上げている。
先ほどのソースのほか、粒マスタードやグアンチャーレを使ったソースを添え、セルバチコと紫蘇をトッピングし、噛むほどに赤ワインの典雅な香りが広がるスペアリブに。
ちなみにワインはフランス産のみをシェフ自身がセレクトし、常時赤・白100種類ほどをラインアップ。「料理がイノベーティブなので、ワインは王道系でそろえた」と話す。ハウスシャンパーニュの「シャルリエ・エ・フィス」も、揚げたお麩に自家製味噌を合わせたアミューズとよく合う。
宮崎県産のサーモンの炭火焼きや、アイコニックなクレープも!
この日の魚料理では、備長炭で炭火焼きにした宮崎県の西米良(にしめら)サーモンが登場した。カブと合わせることを考え、寝かせて味を丸くしたサーモンに、塩、コショウ、少量の醤油で下味をつけてから、キヨエのオリーブオイルを塗って香ばしく火入れし素材の味を引き立てる調理にしている。
カブは梶並農園の赤カブと白カブを使っており、赤カブはエストラゴンをきかせてコンフィにして、白カブはシンプルにスープ状に仕立てた。そこにへベスのソースを合わせ、レッドソレルを散らしてある。あえて完熟のへベスを使うことで、柚子っぽいニュアンスに寄せたという。白カブはすり流しのようでありながら、フレンチ王道のソースとしての顔も持ち、しっかりお酒にも合うサーモンの炭火焼きとしての完成度を誇る。
このほか、スペシャリテのスープには、うま味が強くてやわらかい宮崎妻地鶏を使い、骨でだしを2回引いた上で、牛のコンソメとベルモットで味にリッチさを演出。細部へのこだわりに名だたるフレンチでの経験値が表れていると感じる。
デザートは「今後評判が良ければ、季節に応じてメインの素材を変えながらスペシャリテにしたい」とシェフが語る大納言のクレープが振る舞われた。あまおうやとちおとめと違い少し酸味があるやよいひめと、大納言バター、大納言クリームをクレープで筒状に巻き上げている。最後に上部をバーナーで炙ってキャラメリゼし、少し冷蔵庫で冷やしてから粉砂糖を振りかけ、スライスしたやよいひめをトッピング。
フォークを入れるとキャラメリゼされた部分がカリッと、中からクレームブリュレのようにトロッととろける大納言バターや大納言クリームが溢れる。コースの最後を締めくくるのにふさわしい、甘すぎず胃もたれしないスイーツながら、クレープらしさがありつつ食感や多彩な味わいが新感覚だ。
個性的でありながら、気を衒わない料理。おまかせコースでありながら、肩肘張らない気さくな雰囲気。丁寧で上品でありながら、かしこまらないサービス。「カウンターということもあり、ついついお客様とずっと喋ってしまう」という陣内シェフの場を和ませるような人柄が、リラックスしながらおいしいものを食べたいという舌の肥えた大人たちの要望にも応えてくれるはずだ。
※価格はすべて税込、サービス料10%別