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星付き日本料理店で研鑽を積み、独立
「麻布室井」代表の室井大輔さんの経歴を聞くと、日本料理好きにはたまらないものがある。30歳前後で自らの店を持ちたいと考えていた室井さんは、調理科のある高校を卒業後、「神楽坂 石かわ」の門をたたき、9年間修業。最後は脇板まで務めた。ここで料理は当然のこと、ホスピタリティの大切さを学び、料理人としての礎を築いたのである。
そして、さらに料理人としての幅を広げようと「紀茂登」に移って3年間働き、独立を果たした。「紀茂登」の料理はシンプルだがガツンとくる料理で、ここで学んだことをプラスして、現在のスタイルを完成させたのである。修業先は両店ともミシュランの星を獲得した店で、そこで長年研鑽を積んだ人物と聞かされれば、勢い期待も高まってくる。
板場の中央で薪窯が、強い存在感を発揮
客席は最大9人が座れる白木のカウンター席で、天井がやや低めなので空間がギュッと引き締まり、目の前の料理に集中しやすい環境となっている。さらに驚かされるのが、板場の中央にドンと待ち構えている薪窯の存在。これこそが同店の真骨頂であり「いったい、ここでどんな調理が行なわれるのか?」と知らず知らずのうちにグイグイ引き込まれていく。
メニューはコース1種のみ。食べ終えた時にはこの1種に絞り込んだコースの価値を実感することになる。
コースは四季ごとに“三つの顔”を持つ
コースは季節の食材を3ヵ月区切りで用い、毎月調理法を変えて提供している。例えば、夏の食材の鮎を今月は揚げものに、来月はご飯ものにといったふうに、異なる料理に仕上げて楽しませてくれる。だから、四季ごとに“三つの顔”のコースがあり、毎月通っても新しい出会いが待っている。
コースはまず先付から始まる。7月の内容は、とうもろこしのピュレに、半生に湯がいた天然車エビ、蒸しアワビをのせ、おかひじきを添えて、うまだしのジュレをかけた一品。赤みを帯びた車エビはほんのり甘く、アワビは厚めでやわらか。そして、さっぱりしたジュレに体がスーッと冷やされ、これはもう暑い中、一日頑張った自分への最高のごほうびである。
昆布とカツオ節の絶妙なバランス
続くおしのぎは、昆布出汁で炊いたご飯にハマグリの天ぷらをのせ、実山椒醤油をかけたもの。そしてお椀は毛ガニと冬瓜を用いたもので、夏ならではの魚介と野菜を組み合わせた椀種が心地よい。吸い地の一番だしは、提供前に背側の血合いなしのカツオ節を削り、2日浸けた昆布だしに加えて仕上げられており、昆布の旨味とカツオ節のほのかな香りが格別だ。
お造りは、アオリイカとマコガレイの2種盛りで、イカと白身魚というテイストの異なる味わいが楽しめる。
ふっくら、サクサク、ほんのり苦いアユの揚げもの
夏の魚と聞いて、真っ先に思い浮かぶものの一つにアユがある。塩焼きにしてタデ酢で食べるのが一般的だが、同店は揚げものにして目先の変化を楽しませてくれる。岐阜の和良川のアユが用いられ、大きさは13~14cmの小ぶりのもの。焦がさぬよう150~160℃の低温で20分かけ、ふっくら、サクサクに仕上げられている。
銀あんを流した上に、頭と尾がくっつくように丸めて盛られ、白髪ネギと木の芽が天盛りにされる。噛みしめるごとに、アユ特有の苦みがほんのり伝わり、夏という季節をしみじみ実感できる。そして、高級品の高知の徳谷トマトを湯むきし、生のジュンサイ、冷たいうまだしとともに盛りつけたものが口直しで出てくる。
薪火と炭火を巧みに使い分ける
ここまできていよいよ、薪窯を使った料理の登場となる。窯の中は左側に薪、右側に炭がくべられ、異なる火力を上手に使い分けて調理されていく。薪は水分があるためふっくらさせたい料理に適し、逆に炭はパリパリ、香ばしく仕上げたい料理に最適とのこと。白甘ダイと、岡山の原木舞茸の焼きものは、薪火で舞茸を、炭火で白甘ダイを焼いて提供される。
賀茂茄子の煮ものでひと息ついたら、再度薪窯の料理に戻る。薪火と炭火で焼き上げたシャトーブリアンと、炒めたレタスの盛り合わせが出され、これを薪火で炊いた白いご飯、味噌汁、香の物とともにいただく。何と贅沢なご飯ものであろう。
薪の香りを移したノドグロご飯
白いご飯を堪能した後に、もう一品ご飯ものが出るのが同店流。今度はノドグロご飯で、薪火でふっくら焼き上げる。これを薪火で炊いたご飯に混ぜ込むのだが、その前の工程にも薪を用いている。ノドグロの頭と骨をサラダ油に抽出し、そこに熱した薪を入れて燻製オイルを作り、ノドグロをのせたご飯にかける。
さらに熱した薪も入れてふたをし、全体に薪の香りを移す。十分に香りがついたら薪を取り出し、ノドグロをほぐしながらよく混ぜ合わせる。薪窯のある同店ならではのご飯もの。これら2種のご飯ものは全員の分を一緒に作り上げ、取り分けて提供。ある意味、客同士は同じ“窯”の飯を食った、高い満足感で結ばれた仲間でもあるのだ。