アメリカンステーキ最後の黒船!?と騒がれた「ベンジャミンステーキハウス」に続いて、10月17日には、同じ六本木にN.Y.マンハッタン発の「エンパイアステーキハウス」がオープン。加えて、あの「ユーゴ・デノワイエ」の復活などなど、相変わらず肉の話題には事欠かないが、数年来続いている肉ブームも、ここに来て、次第に自然淘汰されゆく時期を迎えようとしている。そして、今、様々な分野の肉料理店でそれに伴う方向性の転換や多様化がおこりつつあるようだ。

東京における“肉割烹”なるスタイルも、その多様化の一端ではないだろうか。確かに肉割烹なるスタイルは、昔から京都には存在していた。古くは「安参」、少し以前には「いっしん」がセンセーショナルな話題をよび、最近では「三芳」目当てに祇園詣でする肉ラバーも数多い。その影響か近頃では、焼肉店でもコース主体の店が増え、中にはタルタルや肉寿司など焼肉以外の料理を出すケースも多いようだ。

西麻布で話題が絶えない新店「和牛割烹」とは?

出典:浜田 岳文さん

そんななかで誕生したのが「上」である。今年の8月3日、西麻布の高級焼き肉店「うしごろ」の旗艦店としてオープンした同店、和牛割烹と銘打つ通り、様々な和の手法を用いて牛肉をアレンジ。

キリリとした杉の木のカウンターの目の前に、威風堂々の佇まいを見せる特注の炉窯で焼くステーキをメインに、肉刺しから手巻き肉寿司、叩き、しゃぶしゃぶ、カツに締めの食事に至るまで、実に14品余りもの肉料理が、旬の食材を取り入れつつ手を替え品を替え登場する楽しさは、食いしん坊冥利に尽きるというものだ。

牛肉も厳選。ただ単にA-5ランクの黒毛和牛というだけでなく、なんと牧場を指定。それも、(生肉を除いて)専門家の評価の高い鳥取・田村牧場と兵庫・川岸牧場のブランド牛のみという徹底ぶりだ。

両牧場共に「但馬」の純血を守り、扱うのも牝の処女牛のみ。豊かな水と自然環境の下、牛舎を清潔に保ち、独自の配合飼料を与えるなど愛情込めて育てられた牛肉は、肥育日数も30数ヶ月。長期肥育を旨としている故、肉自体に深みがあり、それでいて食べ疲れない健やかな味わいが特徴だ。

「赤身系の肉は主に田村牧場、サーロインやリブロース等の霜降り系は川岸牧場と使い分けています」。こう語るのは、大久保丈太郎料理長。銀座「室井」で修業後、「うしごろ」全グループの料理を監修して来たベテランだ。

食いしん坊も大満足!圧巻のフルコース

さて、料理は、18000円のおまかせコースのみ。

牛のコンソメとスッポンの一口スープ

まずは“牛のコンソメとスッポンの一口スープ”からスタートだ。昆布出汁で牛スジ肉を約5時間ゆっくりと火にかけ、濾したところにスッポンを加え、更に3時間煮込んだスープは、あっさりとして滋味豊か。ほっと一息つく味わいに胃の腑も自然と開いてくるよう。スターターとしては、ぴったりだ。

そこに差し出されたのは、お凌ぎ代わりの小丼。小さいながらも、赤酢の酢飯の上にはカメノコのタルタルや福岡の赤ウニ、能登の白エビにキャビアまでのった豪華版。しかも、カメノコは昆布醤油でさっと和え、白エビは紹興酒に漬けるなど酢飯に合わせて一手間をかけているあたりは、さすがだろう。コンソメのジュレがかかった蒸し鮑で、軽く舌をリフレッシュ。

赤身と霜降りのお刺身盛り合わせ

次に登場したのは赤身系と霜降り系、2タイプのお刺身盛り合わせである。ヒレやシンシンなどの赤身は漬けに、サーロインやイチボ等の霜降り系は昆布ダシにさっとくぐらせ、醤油がのりやすいように一工夫。味作りへのこうした細やかな心配りが上質の素材を更に引き立てている。

クリのタルタルと本ボタン海老卵黄添えカラスミがけ

箸休めの揚げ銀杏の後は、しっとり柔らかな食感の“牛の叩き”(写真はウワミスジ)が登場し、牛肉料理定番の味が続いたところで、あっと驚く新メニューが目の前に置かれた。“クリのタルタルと本ボタン海老卵黄添えカラスミがけ”だ。

 

 

「肉とボタン海老の食感が似ているなぁと思って」との大久保料理長の言葉通り、赤身の強いクリ(腕の一部)を使ったタルタルは、生ならではの心地よい弾力があり、プリプリの歯応えのボタン海老と好相性。卵黄をソースがわりに頂けば、ねっとりとした味わいの中、弾むような食感が楽しい一皿。カラスミのコクと塩味がアクセントとなっている。

天然舞茸とホンシメジの煮浸し

華やかな味の4重奏に舌を躍らせたところで、出されたのは“天然舞茸とホンシメジの煮浸し”。きのこで有名だった「室井」出身の大久保料理長だけに、きのこ料理はお手の物。牛のコンソメでじっくり煮含めたきのこは、素朴ながらも旨味たっぷり。肉の合間のところどころにこうしたシンプルな野菜の一皿一皿を供し、舌を優しくリセットさせる気配りも心憎いばかりだ。

タンカツ

ここで、秋の新作“タンカツ”がお目見え。黒毛和牛のタンのタンモトを約1.5㎝の厚切りにし、周りはサクッ、中はレアに揚げた逸品で、ザクッと歯が入る独特の食感はタンなればこそ。カレー風味のスパイスをつけて食べれば美味しさ倍増。くせになりそうだ。

トロタクの手巻き寿司

“トマトのお浸し”で口中の油を流した後、手渡しされたのは、なんと“トロタクの手巻き寿司”! 肉は脂の多めの部位を使うことが多いそうで、今回はザブトン。

客に出す直前にカツオ節を削り、肉の上にのせて出す、香りと旨味の演出も洒落ている。カツオ節の風味と味が加わって、肉なのに心なしかマグロのような味を感じるのも一興。思わず牛肉だということを忘れてしまう逸品だ。

ミスジのしゃぶしゃぶ

さっと牛出汁にくぐらせただけのミスジのしゃぶしゃぶは、しっとりと舌にまとわりつくような柔らかさが絶妙。田村牧場のミスジは、脂に品があり、味わい穏やか。実に滑らかに喉を滑り落ちていく。ポン酢をつけずともそのままで十分美味。その方が肉本来のポテンシャルがしっかりと伝わってくる。

ステーキ

だが、真にその実力を発揮するのは何といってもステーキだろう。大久保料理長曰く「厚さにして指3本分が、美味しく焼けるベストのサイズ」だそうで、サーロインもヒレもダイナミックにカット。

特注の炉窯にかざすこと約30~40分。もちろん、熱源は、火力の強いウバメガシの紀州備長炭と抜かりはない。肉にストレスを与えぬよう、最初は強火の遠火でじっくりと火を通し、仕上げの際、場所を変え近火でさっと表面をやや焦がすように焼き上げている。

このように二段階に分けて焼き上げられた肉塊は、見るからに香ばしいキャラメル色。鼻先をくすぐる、和牛ならではのかぐわしくも甘やかな香りに食欲も全開!

目の前でカットされるや現れる真紅の断面に、思わず目は釘付けとなる。うっすらと滲み出る肉汁が美味の証、肉汁が肉の内に保たれている証拠だ。焼きたてを口にすれば、外はカリッ、中はジューシーな味わいに、知らず頰が緩んでしまう。

川岸牧場のサーロインと田村牧場の赤身肉(ヒレやしんしんなど)の両方を盛り合わせて提供、2つの部位を食べ比べられるのも、食いしん坊のツボを捉えた心憎い配慮だろう。ちなみに写真は田村牧場のヒレと川岸牧場のサーロイン。

シルキーな舌触りのヒレは肉質も繊細で緻密。噛みしめる度、じんわりと肉汁が広がり、味蕾の奥底にまで染み渡るよう。対して肉汁の猛々しさなら、サーロイン。殊に川岸牧場のそれは、いわゆる霜降り系のとろける食感というよりも、カシッと歯が入る肉肉しい噛み応えが特徴の1つ。ジュワッと溢れ出る肉汁が醍醐味だ。ワイルドなようでいて香りは細やか。余韻も深い。

土鍋ごはん

ステーキを食べている途中で、「宜しければ、一口、ステーキとご一緒にどうぞ」と大久保料理長が差しだしたのは、炊きたて土鍋ごはん。

山形天日干し無農薬のコシヒカリを岐阜は高賀の水で炊き上げた新米御飯は、見るからにピッカピカ。

やや甘辛の特製タレをつけた肉とともに頬張ればいくらでも入ってしまいそうだが、しめの食事はまた別腹。時雨煮茶漬け、もしくはラーメンが待っている。

塩アイスのオリーブオイルがけ

最後はデザートの“塩アイスのオリーブオイルがけ”で大団円。

洗練された空間で“上”質なお肉を食べるならここ

コースを通して、実に約240gもの肉が胃袋に収められるわけだが、食後感は思いのほか軽やか。これぞ、肉質の良さの証だろう。

写真:片桐 圭