おいしいもの好きのあの人に「食べログ3.5以下のうまい店」を教えてもらう本企画。戦後の歓楽街にまつわる記事を多数執筆する文筆家、フリート横田さん。「点数はあくまで目安でいいんじゃないでしょうか」と笑顔。今回は、数値評価にとらわれず、横田さんが一杯やっている店を聞きました。

横田さんお気に入りの店の魅力とは?

〈食べログ3.5以下のうまい店〉

巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー!食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。

食べログでは、口コミ数が少なかったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり、点数が上がると予約が取りにくくなることもあるので、むしろ「3.5以下のうまい店」に注目しているユーザーも多いらしい。

「点数は、あくまでも評価する人それぞれの価値観。『食べログ』さんには申し訳ないですが(笑)、私は星や数字は参考にとどめています。食通でもないので、食のうんちくも持ってないです。だから行ってみて、自分のなかで気に入るかどうかだけですね! なので、数字にとらわれないこの企画はとてもいいですね」(フリート横田)

教えてくれる人

フリート横田
文筆家。路地徘徊家を自称する。戦後~高度成長期の盛り場にまつわるエッセイやコラムを雑誌や新聞、ウェブメディアで連載。近著は『横丁の戦後史』(中央公論新社)。現在、新刊を執筆中。

60年前に開業した“原点の味”を楽しむ「ジンギスカン」

“ネタ”とよばれる特製のタレを絡めた肉を使い込まれたロースターで焼いて食す

かつて都内に通勤していた頃の横田さんは、湘南・茅ヶ崎に住んでいた。仕事を終えた帰り道、家路につく前にふらりと一人向かうのは、茅ケ崎駅南口の繁華街で40年以上続く大衆焼肉の店「ジンギスカン」。

昨今は昭和レトロな雰囲気を演出する店も多いが、ここにあるのは長い年月が作り上げてきた紛れもない昭和だ。「リーズナブルで最高!」「昔ながらの雰囲気がたまらない」などの声が多く寄せられるこの店の食べログの点数は3.26、さて一体どんな店なのだろうか?

※点数は2022年3月時点のものです。

年季の入った建物に原色の電飾看板が映える

居酒屋、スナック、ラーメン店にイタリアン、さまざまな業態の飲食店がひしめく茅ケ崎駅南口。小洒落たイメージのあるこのエリアの一角で、いったいいつからここにあるのだろうと思わずにいられない、ひときわ強い昭和感を放つ店、そこが「ジンギスカン」だ。

高砂通りを歩き始めると程なく見えてくる赤と黄色の電飾看板が目印で、平塚市明石町にある有名店、「大衆焼肉本店」の姉妹店である。

年月を感じさせるぬり壁に曇りガラスのサッシの引き戸、その佇まいを見ただけで一気に昭和にタイムスリップしてしまう。昭和を知る人には懐かしいあの時代がよみがえり、知らぬ世代にはまさに温故知新を体験できる店である。

 

フリート横田さん

職場から自宅に帰る間にほっと一息つく場所がここでした。引き戸が開く度に、どことなく潮の香りがする風が吹いてくるのも茅ヶ崎らしく、ああ帰ってきたなと思ったものです。

壁いっぱいに掲げられたメニューを見ながら何を注文するか考えるのも楽しい

大人一人がちょうど通れる幅の引き戸をガラッと開けて入った店内は、4人掛けのテーブル席に丸椅子が配され、奥にはおひとりさまが利用しやすいL字形のカウンター席がある。空いている時間帯には、テーブル席で一人焼肉の客人も見受けられる。

各テーブル上に置かれているのは、ゴム管がつながれた昔ながらのロースター。着席するとマッチでサッと火を付けてくれる。近頃は無煙ロースターを導入する店も多いが、ここは“昭和”が今に息づく焼肉店。ジュージュー焼ける肉の音とともに立ち上る白い煙こそ、なくてはならないものである。

 

フリート横田さん

飾り気のない渋い雰囲気の店で一人ウーロンハイを飲みながら、昔ながらのロースターでホルモンを焼いて味わう時間は格別です。煙で飴色にいぶされた店内の様子を見るだけでも酒が進みますよ。

ちなみにこのような“モクモク系”の店では、服やカバンに“焼肉フレーバー”が付くのがちょっと、という人がいるかもしれないが、店内には自由に使えるビニール袋が置いてあり、なかにはマイバッグならぬマイビニール袋を持参する常連さんもいるのだとか。着席したらまずはササッと上着をしまう、ここではそんな流儀も健在だ。

変色具合も味がある手書きメニュー。梅酒や梅干しは自家製を提供

飾らないアットホームな雰囲気が心地よい「ジンギスカン」。客層は、仕事帰りのサラリーマンのほか、茅ヶ崎という土地柄もあり幅広い年代のサーファーや親子連れ、3世代で通う地元愛の強いファンも多いそう。

なかでももっとも有名な常連客は、1974(昭和49)年に海に近い市内東海岸南に移り住み、58歳でこの世を去るまでの15年間、茅ヶ崎を拠点に小説家として活動した開高健であろう。現在は酒類の持ち込みはできないが、高級ワイン“ロマネ・コンティ”を持ち込み、何の変哲もないビアタン(ビール用グラス)に注ぎ入れ、ジンギスカンを焼きながら楽しんでいたという。

「ワンカップワイン」450円

そんな逸話もあってか、開高健のファンという中高年客がこの店を訪ねることがあり、「ワインはありますか?」とよく聞かれることから、ボトルとワンカップの赤ワインを提供するようになったそう。ちなみにボトルをたのむと一緒に出てくるのは、ワイングラスではなくお冷や用のコップ。この気取りのなさもたまらない。

平塚・茅ヶ崎・伊勢原に5店舗を展開する小原夫妻

「当時は開高健ご本人とは知らず、ワインのことなどいろいろな話をしましたね」。こう話すのは、神奈川県内に「ジンギスカン」を含む5店舗を展開する創業者の小原昭人さん・ヒロ子さん夫妻だ。

横浜出身のご主人は、平塚市に本社がある大手自動車工場に就職が決まり六十余年前に平塚へ。お小遣い稼ぎに飲食店でアルバイトをするようになり、「羊肉なら安く始められるしお客さんも喜んでくれる」と22歳で一念発起、サラリーマンを辞して「大衆焼肉」を開業した。東京五輪の好景気に沸く1964(昭和39)年のことである。以来、「安くおなかいっぱい食べられる、大衆の心をつかむ焼肉店」をモットーに、姉妹店を増やしていったそうだ。