年に一度、食べログユーザーからの投票によって決まるレストランアワード「The Tabelog Award」。その受賞店の魅力とともに、店主の行きつけ店をご紹介。イノベーティブ・フュージョン「蒼 西麻布」の店主が惚れこむ名店とは?

〈一流の行きつけ〉 Vol.5

イノベーティブ・フュージョン「蒼 西麻布」東京

高評価を獲得した全国の店の中から、さらに食べログユーザーの熱い一票によって選び抜かれる「The Tabelog Award」。受賞店はどれも食通たちの舌を唸らせる名店ばかりだ。

受賞店のこだわりや魅力、そして店主が行きつけの店を紹介することで、一流店のエッセンスを感じてもらおうとスタートした当連載。

第5回は2021 SilverそしてBest New Entryを受賞した「蒼 西麻布」。独自の美学で最高の食材をより最高の形に変える峯村康資氏にお話を伺った。

料理へのこだわりと美学は細部にまで宿る

みすきす
出典:みすきすさん

「蒼 西麻布」は2020年1月にオープンした店だ。オーナーシェフである峯村康資氏ならではのこだわりと美学に裏打ちされた料理は、開店間もない頃から食通たちに注目されるようになった。18歳で料理人の道に入ったという峯村氏。本格的に学んだ最初の料理はフレンチだ。ゆえに「蒼 西麻布」のベースとなっているのはフレンチと言えるだろう。しかし峯村さんは言う。「僕はフレンチと思ってないんですよね」

たとえば峯村氏は香りづけのハーブやお酒をほとんど使わない。峯村氏の料理には必要ないからだ。お客様にはそれよりも、素材そのものの味や匂いを楽しんでほしいと思う。それは「“魚の処理の美しさ”や、魚を焼いたときに皮から出る“魚が食べた餌の匂い”まで感じてもらえたらいい」という言葉にも表れる。

みすきす
出典:みすきすさん

そのこだわりと美学は料理のみならず、調理器具や盛り付ける器といった細部にまで宿る。ときに「和」のものを使うがゆえ、和食の要素も取り入れているのかと思いきや、そうではない。

たとえば峯村氏は調理の際、和包丁を使う。でもそれは「一番切れ味がいいから」。またお客様にコンソメを提供するときは洋食器とスプーンを使わず、天目茶碗からじかに飲んでもらうスタイルである。その方がより自身の料理がお客様に伝わるという理由からだ。コースで箸を用意するのもまた然り。ナイフやフォークを使うよりもおいしくいただけるという考え方がその根底にある。

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出典:みすきすさん

どれも「和」に見せたいわけではなく、自分がお客様にどんな形で料理を提供したいかと考えた結果、そこに行き着いたにすぎない。「自分がいいと思うものをただ取り入れているだけ」。まさに峯村氏ならではの料理哲学だ。

伝説の漁師に惚れこんで

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出典:みすきすさん

魚でも野菜でも肉でも、日本中の素晴らしい食材を使いたい。そう話す峯村氏は全国の生産者から直接食材を仕入れる。月に一度、生産者のところに足を運び、自分の目でそのよさを確かめる。特にこだわるのは魚だ。全国の浜や生産地には詳しいと自負する峯村さんは「魚のスペシャリストになろうと思ってやっています」。

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出典:みすきすさん

そんな峯村氏にとってひときわ大きな存在の人物がいる。愛媛の「伝説の漁師」藤本純一さんだ。丁寧な神経締めに定評がある魚のエキスパートで、著名な料理人たちもその鮮度のよさに太鼓判を押す。

藤本さんとは、峯村氏が「蒼 西麻布」の前にオーナーシェフを務めていたカジュアルビストロの頃からの付き合いだ。じつは当時峯村氏は悩んでいたという。「料理はおいしさで勝負だ」との思いでオープンしたビストロだったが、店の存在がなかなか世間には広がらず「自分の実力がないせいなのか? それとも場所のせいなのか?」と自問自答する日々だった。

そんな中、無名だった峯村氏に藤本さんは定期的に魚を卸してくれ、ビストロを訪れた際には「カジュアルな中でこれだけおいしいものを作っているのはえらいよ」と声をかけてくれた。少しずつ繋がりができていった料理人仲間にも背中を押され、峯村氏だからこその料理で勝負すべく「蒼 西麻布」としての一歩を踏み出したのだ。

峯村氏には心に決めたことがある。それは「蒼 西麻布」を、生産者の人たちが「自分はあの店に食材を卸しているんだ」と誇れるようなレストランにすることだ。それは無名だった自分にずっと魚を卸してくれた藤本さんへの恩返しでもある。藤本さんは峯村氏にとって、たまに会いたくなる仲のいい兄のような存在。藤本さんにはこう約束しているそうだ。「必ず『ミシュラン』か『The Tabelog Award Gold』をとってみせる」と。これからますます目が離せない店になりそうだ。