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一流店の店主や料理人が通う、上質な店を紹介する当連載。肉料理と日本料理の融合で食通をうならせる「麻布台 中むら」の店主が選ぶ名店とは。
〈一流の行きつけ〉Vol.25
「麻布台 中むら」|神谷町
「帝国ホテル見習いの18歳のときに、たまたま車で道に迷い込んで、凄く良い雰囲気だな、こんな所でお店出せたらカッコいいだろうな。神楽坂で自分の店を出す!」と強く心に決め、洗い場専門部署を経て料理人となり、洋食やフランス料理、鉄板焼きなどさまざまな料理部門で技術と心を磨くこと25年。念願かなって2011年に開いた「神楽坂 鉄板焼 中むら」は、従来の鉄板焼きの概念を覆す手法で数多の食通たちの絶大な支持を集める名店となった。
若き日の志を成し遂げた店主の中村氏が2024年1月、森ビルが社運をかけて創業した「麻布台ヒルズ」に移転オープンしたのが「麻布台 中むら」だ。
「神楽坂は京都のような風情があり、昔は料亭につける黒塗りの高級車がずらり。ここが東京?と思うほど魅了された町。感謝しきれないほどお世話になった方もたくさんいますし、特にお店造りはありがたいことに毎年改良することができてこだわりも強く、離れたくない気持ちもありましたが、お客様の大切なお時間をお預かりする空間や居心地、料理のクオリティ、スタッフの仕事環境など、すべてをさらに向上させるため、森ビルさんが親身になって約1年半くどき続けていただけたこともあり、移転を決めました」と中村氏。
屋号から「鉄板焼」を外したのは、神楽坂時代からできる限り酸化しやすい油や調味料を使用せず鉄板も素材の水分で蒸すイメージで使用していたこともあり、よりお客様の身体に寄り添う料理を作ろうと、新店舗では炉窯や炭等の焼き台も完備。その思いを鮮明に打ち出すために「麻布台 中むら」に改めた。
中村氏が立つメインカウンターに使われているのは樹齢150年、奥行50cmの檜の一枚板。神楽坂時代からの職人が手がけた鉄板は天然の大理石で囲まれ、その上にしつらえた排気フードは見たこともないような純銅製、角のない美しいカーブが目を引く。「排気フードの外側はすべて純銅。カーブをつけるのも高度な技術が必要ですし、フードに水蒸気が付くと錆びてしまうので、とても料理などできません。現実的には難しいと思っていたのですが、錆を防ぐコーティング、檜を守るためのコーティングなど、日本の技術と職人の仕事が見事に解決してくれました」(中村氏)
新鮮な食材を油は使わず蒸すように焼く
「胃もたれも食べ疲れもしない」「完食しても食後感が爽快」。多くの肉通・食通がそう絶賛する中村氏の肉料理は、油や調味料を使わないのが特色だ。
鉄板焼きで使用するカービングフォークやヘラとともに置かれているのは、何枚もの清潔な白い布。肉を焼く間、こまめに布を替え、鉄板を拭きながら焼き上げるのが中村流。これにより、食べ疲れせずうまい肉になる。
「鉄板焼きは、素材の水分による蒸し料理。そこで必要になるのは新鮮な食材。少しでも寝かせた食材はくさみが出てしまいます」と中村氏。肉は、川岸牧場産神戸牛や上田畜産の但馬牛、竹の谷蔓牛(たけのたにつるうし)、松阪牛などトップクラスの生産者から仕入れて使うが、生産者ととことん話し合うことを忘れない。
商業施設では困難な炉窯を導入
素材の持ち味を最大限に引き出す熱源として、炉窯を導入したのも大きな特色だ。ガスや電気に比べ高温になる炭火を使用する炉窯は、対流熱や輻射熱によりオーブンのような状態をキープでき、高温で均一な火入れが可能になるなどのさまざまな利点がある。
しかしその一方で消防法のさまざまな規制をクリアする必要があり、商業施設への導入は困難を極める。「麻布台ヒルズ」における今回の炉窯導入の陰には、中村真利という一人の職人へのリスペクトがあったからに他ならない。
神戸牛と鉄板焼きと日本料理
「子供のころの好物が鶏と豚だったこともあり、亡き母親が焼いてくれたステーキが硬くておいしいと思えなくて。ホテルで働きはじめてもステーキに興味はありませんでした」と苦笑いで話す中村氏が見習いのときに諸先輩や親方の賄い担当になり、「親方の好物が和牛のステーキ。ある日親方に隠れて食べた当時の和牛サーロインのあまりのおいしさに、全身が震えるほどの衝撃」を受け、牛肉の虜に。
「今振り返っても特に当時の帝国ホテルの和牛は赤身の色が濃くおいしかった。その後
さまざまなホテル内のレストランでソシエ、ストーブ前などといわれる和牛にも携われるキュイソン担当に携わり20年ほど経ってから、鉄板焼きに配属され鉄板を使ったキュイソンにのめり込みました」。後に上高地帝国ホテルに和食部門の鉄板焼き責任者として配属され出会ったのが日本料理の名店「吉兆」だ。「幸せなことに、吉兆さんから配属された料理長と意気投合することでさらに日本料理を学ぶことができました」
そんな中村氏に料理で大切にしていることをうかがうと「お客様が食後から翌日、体調が良くなるお料理を作ることを心がけています。特に和牛は脂っこくて胃がもたれるなどと誤解される食材なので、仕込みは丁寧に時間をかけて、昔から受け継がれている偉大な料理人の方々の基本は大切にしながら、できるだけ自然に、より身体に負担が無いように工夫しています」
肉のみならず魚介も一級品が届くわけ
伊勢海老、マコガレイ、鮑、ウニ、トラフグ、フカヒレ、越前ガニ……。「麻布台 中むら」に届く魚介も一級品だ。
「神楽坂でお店をオーブンし最初は閑古鳥、融資資金もすぐに底をつきそうなとき、ありがたいことに少しずつ神楽坂の方々が常連様になってくださり、3、4年が経った頃から他方面の多くのお客様にも足を運んでいただけるようになりました」と中村氏。
同時にその頃から頭を悩ませていたのが和牛。昔と比べ脂が強く肉の味が弱く感じてしまうようになり提供できない和牛も多くなっていた。その頃、川岸牧場やこだわりのある生産者、幾多の名店の店主などから食材提供の話が舞い込み、常に話し合い互いに理解を深め素晴らしい食材に囲まれるように。
「そこにコロナ禍。一旦は要請に応じて閉めたのですが、こだわりの強い生産者の方ほど存続の危機にあることを知り、店を再開し、賄いになること覚悟で買い続けたのです。結果、生産者の方々や仲買の方々、こだわりのある素晴らしい店主の方々とより強く繋がるようになり、和牛だけでなく魚介も一級品が手に入るようになりました。常に支えてくださるお客様、生産者さん、スタッフに本当に毎日感謝しています」と中村氏は振り返る。
このように一級品がそろう「麻布台 中むら」だが、「料理人の仕事の9割以上を占めるのでは」と中村氏が話すのは整理整頓、掃除などの衛生面。「どうしても見た目の良い仕事に重きを置いてしまいがちですが、料理人はお客様の身体を預かる仕事。整理整頓、掃除、衛生面に重きを置くべき。そうすれば技術や知識は後からついてくると思います」
日本の技術に恥じない堅実な仕事をこれからも
「麻布台 中むら」は、炊きたての土鍋ご飯のおいしさにも定評がある。使用するお米は、コシヒカリの全国生産量の約0.0038%という希少米「雪椿」、無農薬栽培の「クラシックコシヒカリ」の2種類。神楽坂時代から使ってきた信楽焼の土鍋は、偶然にも「雪椿」が推奨する雲井窯のもの、おいしくないわけがない。
満を持して麻布台に移ってより進化した「麻布台 中むら」は今宵も、舌の肥えた食通でにぎわう。それでも中村氏は「まだまだ暗中模索、食材の未来を考えても不安ですし、ひとつ光が見えたらこれでいいということがない仕事なので毎日こわいです。でも、そういうことを考えられる仕事ってすごくいいなと思うんです」と前を向く。
中村氏はさらに続ける。「足を運んでくださるお客様、日本が誇る生産者さん、農家さん、器の作家さん、さらに食材を運んでくださる方々、店造りに関わってくれた職人の方々、さまざまなインフラに支えられ店があります。そういった人々と技術に感謝し、恥じない堅実な仕事をし続けることが、自分達がすべきこと」と締めくくってくれた。
新たなステージで船出した「麻布台 中むら」では、カウンター席のほかにも、樹齢1000年超えの屋久杉や樹齢500年以上のブビンガ、西陣織のカーテンなどを取り入れ洗練された個室も備える。厳選した神戸牛と旬の食材による日本料理とのマリアージュ、ぜひ堪能していただきたい。