日本イタリアン界の鬼才

小林幸司シェフ
小林幸司シェフ   写真:お店から

数多いイタリアンシェフの中でも、独自の哲学とロジカルな料理で異彩を放つ小林幸司シェフ(以下 小林シェフ)。

 

小林シェフと言えば中目黒にあった1日1組のリストランテ「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」で一躍有名になったカリスマシェフだ。

 

毎回食材からインスピレーションを受け、ゼロから組み立てるコースは、その時限りで同じものは二度と作らないことで話題に。まさに一期一会のレストランは食通たちから「伝説のレストラン」と称されている。

俊太朗
フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナの料理   出典:俊太朗さん

2011年、軽井沢に移転の際や、2015年に銀座に新店をオープンした際も、テレビ番組の取材が入り、最近ではバラエティ番組にも出演しているので知名度は上がり続けている。ちなみに軽井沢の「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」は食べログ評価4.78(2019年7月現在)、イタリアン部門で日本一だ。

 

そんな小林シェフが「壁の穴」とコラボレーションした新店舗が阿佐ヶ谷にオープンしたというのでグルメ界隈でも話題になっている。

きっかけは1冊のレシピ本

小林シェフと壁の穴のコラボレーションは今回が初めてではない。壁の穴全店で小林シェフ監修のパスタを提供しているし、恵比寿の系列店でも小林シェフ自ら腕を振るうクリスマスディナーを提供したこともある。

 

「壁の穴と小林シェフ」、この意外な組み合わせ誕生のきっかけは偶然訪れた。

 

壁の穴総料理長の柳田慎一氏(以下 柳田氏)は以前より小林シェフに憧れを抱いていた。ある日、壁の穴の代表である河原氏が柳田氏のデスクに小林シェフのレシピ本があるのを目に留め「小林シェフなら知り合いだけど……」と話しかけた。そこからトントン拍子に話が進み、前述のコラボレーションに発展していったのだ。

壁の穴 総料理長・柳田慎一氏 写真:食べログマガジン編集部

とは言え、小林シェフは本格的なイタリア料理を究めた孤高のシェフ。壁の穴がパスタを日本の文化と融合させ大衆化してきたことに「だから日本のイタリアンはダメなんだ」と、もともとはマイナスイメージを持っていたそう。

 

だが、「全てはお客様のため」「お客様の声に耳を傾け料理を常にブラッシュアップしていく」という壁の穴のカルチャーと、小林シェフの料理哲学がマッチし、「根本は同じ思い」と確認できたことが、このユニークなコラボレーションを可能にした。

憧れから信頼へ

柳田氏は初め、小林シェフはどんな食材を使うのか、どう調理するのか、どんな味なのか、と、「料理」にフォーカスしていたそう。だが、一緒に仕事する中で垣間見る、小林シェフの仕事に対する真摯な姿勢、圧倒的な知識、厨房への配慮やお客様への心遣いに触れ、その「人間性」に惚れ込んでいった。

「Antipasto Bar 阿佐ヶ谷店」外観
「Antipasto Bar 阿佐ヶ谷店」外観   写真:お店から

そんな小林シェフと昨年11月頃から「気軽に楽しめるバールをやりたい」と理想の新店舗構想をスタート。物件がやっと見つかり、この7月に阿佐ヶ谷の駅前にオープンしたのが「Antipasto Bar 阿佐ヶ谷店」だ。

小林シェフの十八番がずらり

同じ料理を出さない「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」だが、軽井沢に移転後、中目黒の跡地でカジュアルイタリアン「アンティーカ・トラットリーア・ノスタルジーカ」(現在は閉店)を営業しており、そちらでは小林シェフの定番アンティパストやパスタを気軽に楽しむことができた。

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アンティーカ・トラットリーア・ノスタルジーカのメニュー   出典:actis1001さん

当時ラインアップされていた「仔羊のトリッパ」「仔羊のコラテッラ」「米とムール貝のサラダ」など、「Antipasto Bar」にもおなじみのメニューが並ぶ。

提供価格は600円からとハイコスパ

「カポナータ」
「カポナータ」   写真:お店から

提供している料理の作り方をたずねると、ひとつひとつが驚くほどの手間暇がかかっている。そして食材へのこだわりもすごい。

 

例えば、「カポナータ」。イタリアンではおなじみの家庭料理だが、野菜はそれぞれスライスしてオーブンで水分を飛ばしたり、ローストするなど細やかな下処理がされている。それをマリネ液の入ったバットに並べさらにオーブンで焼き、冷ましたものを提供前に耐熱容器に入れて再度加熱する。高級食材のイタリア産松の実がたっぷりと入っていて贅沢だ。

肉料理も1,200円とリーズナブル

「豚ほほ肉のストゥファート」
「豚ほほ肉のストゥファート」   写真:お店から

イタリアンで肉料理を単品でオーダーすると2,000円以上するところが多い。高いところは4〜5,000円することもある。ところがこちらでは全て1,200円。

 

「豚ほほ肉のストゥファート」に使用しているのは「イベリコ豚」。普通ならメニューにも「イベリコ豚のほほ肉」と書きそうなところを、さらっと「豚ほほ肉」と記載しているところに自信がうかがえる。

 

「ストゥファート」とは「煮込み」の意味だが、食材を入れた鍋にフタをし、オーブンに入れて旨みを閉じ込めるように蒸し煮にする調理法。小林シェフが好んで使う調理法で、多くの料理に「ストゥファート」が用いられている。

「皮付き豚バラ肉のロースト仕立て」
「皮付き豚バラ肉のロースト仕立て」   写真:お店から

「皮付き豚バラ肉のロースト仕立て」は皮付きなので食感がプルっとしており、旨みも逃げない。こちらも焼いてから炒め煮してオーブンでストゥファートしている。根セロリやジャガイモのピュレが添えられる。

飲んだ後には名物「〆パスタ」

「〆パスタ」
「〆パスタ」   写真:お店から

ぜひ最後にオーダーして欲しいのがボッタルガ(カラスミ)がたっぷりとかかった「〆パスタ」。食事のラストでも食べられるよう、50gと少なめなのも嬉しい。使用するパスタは「マルテッリ」の2mm。小林シェフが自身の店でも使用している銘柄だ。

「マルテッリ」の2mm 写真:食べログマガジン編集部

柳田氏は「存在は知ってはいたが、まさか自分が使えるようになるとは思わなかった」と感慨深い様子。小麦の味が濃く、麺表面のギザギザが激しいのでモタっとした食感のためソースとすごく絡むのが特徴で、オイルベースのカラスミパスタと好相性だ。

表面がザラザラしているのでソースとからみやすい 写真:食べログマガジン編集部

小林シェフのイズムが集結したお得ランチがすごい!

ディナーメニューのエッセンスを感じられておすすめなのがランチの「アンティパストランチ」。ディナーメニューで提供のアンティパストが8種類にパンが付いて1,580円。この日はカポナータ・オリーブのストゥファート・白いんげん豆のサラダ・パルマ産生ハム・ウンブリア風パンツァネッラ・米とムール貝のサラダ・エスカルゴとウイキョウのストゥファート・コラテッラの8品。

「アンティパストランチ」 写真:食べログマガジン編集部

コラテッラとは仔羊の内臓と玉ねぎの炒め煮。使用している内臓は肺・食道・心臓・舌・横隔膜・腎臓の6種類で北海道から取り寄せている。

 

想像してみてほしい。ふらっとランチに入った駅前のカジュアルな店で、仔羊の内臓が何食わぬ顔で盛り合わせの1品に潜んでいる……そんな店が今まであっただろうか?

「〆パスタ」をプラス500円で追加 写真:食べログマガジン編集部

さらに、プラス500円で夜の人気メニュー「〆パスタ」も追加可能。夜は800円で提供しているのでかなりお得だ。パスタを足しても2,080円という、内容に対して驚異的な価格。このランチで白ワインのボトルを1本は空けられる。酒飲みにはたまらない夢のあるセットだ。

モッチモチ。浅草開化楼監修の麺を使用

2種類のアンティパスト 写真:食べログマガジン編集部

前菜に2種類のアンティパストが付く「パスタランチ」1,180円がランチメニューの一番人気。「北海道産虎杖浜TARAKOオリジナル“キタッラ”」はたらこスパゲッティ発祥の店である壁の穴のレシピをそのまま採用。刻み海苔がたっぷりのるジャパニーズスタイルが地元の人から支持されている。

「真実のカルボナーラ“キタッラ”」 写真:食べログマガジン編集部

小林シェフのスペシャリティ「真実のカルボナーラ“キタッラ”」もラインアップ。テレビ番組で紹介され、壁の穴のグランドメニューにもなっている定番パスタだ。生クリームを使わずに作る本場仕様で、チーズが効いてしっかりとコクがある。麺はどちらも浅草開化楼監修の生パスタを使用。モチモチの食感が素晴らしい。

年内には都心部での展開も

今後「Antipasto Bar」の形態で2号店を都心に出店する計画もあるという。そのためには「阿佐ヶ谷店を成功させることが第一」と語る柳田氏だが、近くにこんな店があったら、間違いなく通いそうだ。昼からワインが飲みたくなるので平日ランチは拷問だが……。

食材ひとつひとつにもこだわりが詰まっている 写真:食べログマガジン編集部

「とにかくどの料理も手間暇かけていて、仕込みにすごく時間がかかる。メニューはこれからどんどんお客様の声を反映させながら変えていきたい」と柳田氏。オペレーションも大変そうだが、ぜひ、今の「超絶手間暇のかかる料理をさらっと提供する」スタイルを貫いてほしい。

 

※価格は税込

 

※メニュー、価格は取材時(2019年7月)のものです。最新の情報は店舗にお問い合わせください。

 

文:食べログマガジン編集部