〈和菓子と巡る、京都さんぽ〉
四季折々の顔を見せる名所を訪れたり、その季節ならではの和菓子を食べて職人さんたちの声を聞いてみたり……。ガイドブックでは知り得ない京都に出会う旅にでかけてみませんか。
あなたの知らない京都について、京都在住の和菓子ライフデザイナー、小倉夢桜さんに案内していただきましょう。
其の二十 お客さんに寄り添う和菓子を作り続ける「霜月」
京都市内を南北に流れる京都を代表する鴨川。
鴨川の水面に映る雲や風景を見ながら北上していくと、出町柳あたりで鴨川が賀茂川と高野川の二つに分岐します。賀茂川西岸の堤防上には、加茂街道が雲ケ畑まで続きます。毎年、5月15日には新緑の映える加茂街道を上賀茂神社まで向かう葵祭の行列が練り歩きます。また、8月16日に行われる五山の送り火の一つである「舟形(船山)」を賀茂川に架かる上賀茂橋周辺から望むことができます。
賀茂川の周囲には高い建物がないため、空を見渡すことができて、とても開放的な気分になることができます。その賀茂川に架かる御薗橋。橋の東側には、世界遺産に登録されている賀茂別雷神社(上賀茂神社)があります。そして、橋の西詰より加茂街道を北へ歩いて約8分、二筋目を西へすぐ。閑静な住宅地の中で営業をされている御菓子司「霜月(そうげつ)」が見えてきます。
甘いもので、ひとやすみ。
ご主人と奥様が11月生まれ、また開業が11月であることから旧暦の「霜月(しもつき)」からとった店名です。お店の歴史は比較的新しく、平成3年の開業。現在は、創業者である64歳のご主人を中心に切り盛りされています。ご主人が和菓子職人となるきっかけは、学生の頃にさかのぼります。
「実家が家業で雑穀屋を営んでいたので、和菓子の材料である小豆や砂糖が身近だったんです。手に職をつけることを考えた時に、ふっと和菓子職人になることが真っ先に思い浮かんだんです」と語るご主人。
高校を卒業して、すぐに京都の老舗和菓子店に入り、ご主人の和菓子との人生が始まりました。
「修行が始まった時には、すでに自分の店を持つことを目標にしてました。それを知っていた店の会長は、独立して道具を買い揃えるのは大変やから、今から少しずつ揃えるようと事あるごとに言ってくれていました。厳しい人でしたが、厳しさの中に愛情を感じました。
会長の言葉『どんなに大変でも味は決して落とすな。自分たちが食べるものに困っても、材料代を惜しんだりせず、いい素材を使って味を優先しろ』がとても心に残っています。その教えは今でも大切に守っています」
京都の老舗和菓子店で5年の修行をした後、富山の和菓子店へ。
「あの時は、時間をみつけては、全国へ食べに出かけて自分が作るべきお菓子を探していたんです。富山で食べた和菓子に衝撃を受けて気がつけば、修行させてくださいとお願いしてました」
誰も知り合いがいない中での修行は、想像以上に厳しく孤独だったそうです。しかしながら、「あの時の厳しい経験があったからこそ、その後の苦難を乗り越えられた」とのこと。
富山での修行を終えて京都に戻り、再び和菓子店で働きます。和菓子職人を志しはじめてから16年目、ご主人が36歳の時に奥様と一緒に念願の開業を果たします。
「場所は京都のどこでも良かったんです。偶然、炉が切られているお茶室が付いている物件と出会って今のここに決めたんです。この地域は、これから住宅が増えていき、地元の住民に可愛がってもらえるお店になったらええと思っていました」
開業はしたものの、店の経営は想像以上に大変だったそうです。
「あまりにも暇だったんで、いつも賀茂川の堤防で川を眺めながらどうしたらいいのか考えてました。開業した頃から、お茶のお稽古用のお菓子を週二回、数年にわたって持って行ってたんです。よう先生から色合いが悪いとか、甘過ぎるとか、酷いときには、こんなもんお菓子やあらへんとか言われて泣きながら帰りました。自分が作ったお菓子を認めてもらうために、とにかく必死で考えて作りました。
数年後、その先生が、何百人ものお茶会でお菓子を使ってくれはって。終わった後、『よう今まで頑張ったな、どこに出しても恥ずかしないお菓子が作れるようになったな』と言ってもらったんです。あの言葉が自信となりました」
季節を彩る上生菓子は一年を通して常時販売されています。
「岩清水」は、すりおろした青柚子を入れた葛羹製のお菓子です。葛はもちろん吉野葛を使用しています。青柚子の香りが口の中いっぱいに広がり爽快感を得られるお菓子です。
爽やかな朝には、やはりこの花。朝顔をモチーフにした外郎製のお菓子です。
一年の内で最も京都中心部が盛り上がる7月。祇園祭をモチーフにした練り切り製のお菓子です。青空の下、勇壮に鉾が進む様子を表現しています。
そしてお店の転機となったのが15年ほど前に販売を始めた木の芽琥珀(きのめこはく)。ご主人の奥様の実家で採れる木の芽からヒントを得て作り始めた2月頃から5月頃までの期間限定の商品です。
ほのかに香る山椒の香りと琥珀ならではの独特な食感が好評となり、遠方から買い求める方もいらっしゃるほど。今では、7種類の様々な琥珀が期間限定で販売されています。
柚子蓼(ゆずたで)琥珀は、5月下旬から9月中旬まで販売されており、鮎釣りが趣味のご主人が鮎の塩焼きに欠かせない蓼酢(たです)からヒントを得ました。琥珀の上にのった蓼の葉は、見た目にも涼し気。
青柚子の香りを存分に楽しめる琥珀です。
花紫蘇(はなしそ)琥珀は、6月上旬から11月下旬まで販売されています。花紫蘇をあしらった見た目にも鮮やかな琥珀は、香りと上品な甘みを味わえるお菓子です。
ご主人の独特の感性で作られた琥珀は、その他に花桜(はなさくら)琥珀、秋やまじ琥珀、福来心(ふくごころ)琥珀、初春(はつはる)琥珀が期間限定で販売されます。
ご主人にとって和菓子とは、「心のふるさとであり、ほっとするものであってほしいと思ってます。効率を考えて量産のために機械化が進んでいますが、手作りにこだわってお客様に寄り添える和菓子作りをしていきたいと思います」。
取材中も何組かのお客様が来られましたが、その折にも丁寧に応対されるご主人と奥様の姿。和菓子とは、おいしく食べてもらうために心を込めて作るだけではなく、お客様と心を通わせることも大切であることを感じます。
「ここまでやってくることができたのも、いろんな人に支えてもらいながらなんです。人の温もりを感じられるお菓子を作ります。他の素晴らしい京菓子屋さんとは違い、私らは雑草やと思ってます。雑草らしく、なんにでも果敢に挑戦していっておいしいものを作る努力をしていきたいと思います」と奥様と目を合わせながら語るご主人。
忘れかけていた大切なものを感じさせてくれる和菓子店です。