日本の食材や気候風土に根ざしたイタリアンを

肉、肉、肉と未だ衰えを見せない肉ブーム。肉推しレストランが数ある中で、魚を目指して出かけたい、今時、稀少なイタリアンを発見した! 中目黒は目黒川沿いに、去年の2月、人知れずオープンしていたここ「オンダ トウキョウ」が、それだ。

 

こぢんまりとしてアットホームな店内。地下には隠れ個室もある

 

店名の“オンダ”とはイタリア語で“波”の意味。
「スタッフ一人一人の小さな波が集まって、大きな波になるように……。そんな思いから名付けました」

控えめな口調でこう語るのは、静岡出身の中村圭佑シェフ、34歳だ。生まれも静岡なら、 修業先も三島「ヴィラ・ディ・マンジャ・ペッシェ」(現「リストランテ プリマヴェーラ」) と静岡。ここで9年間、みっちりと基礎を身につけた後に渡伊。トスカーナ、シチリア、エミリア・ロマーニャで計2年半研鑽を積んだ経歴の持ち主だ。

 

そんな中村シェフが、この店で目指すもの——それは“イタリアン・ジャポニカ”。イタリアで学んだ技術を生かしつつ、日本の食材や気候風土に根ざした料理を提供しようというわけだ。そこで、目を向けたのが、故郷であり修業先でもあった静岡の食材たちだ。

 

箱根西麓三島野菜や三島「杉正農園」など契約農家直送の有機野菜に「長谷川農産」のマッシュルーム、そして天城軍鶏などなど店で扱う食材は、静岡産が中心。中でも特筆すべきはシーフード。小田原は早川港から毎日届く、獲れたての新鮮な魚介たちだ。

 

「魚は肉と違って旬を伝えやすいところが魅力ですね。また、捕れる場所や捕る人、季節によって味わいが変わり一つ一つの個体差もある。そこが魚介類の難しさであり、面白いところでもありますね。」

とは中村シェフ。それらの持ち味を損なうことなく、最大限に引き出すにはどうすればいいかを常に頭に入れつつ、魚介と対峙しているそうだ。

魚介それぞれの旨みを堪能できるメニューがずらり

この一言を舌で納得するなら、“海の恵み鮮魚5種のサラダ仕立て オンダスタイル”は外せない。その日、店に届いた旬の魚介を盛り合わせた、いわばカルパッチョだ。曰く「白身か青魚、イカ、タコ、甲殻類などの変わり種、貝類とバラエティを持たせるようにしている」そうで、取材した日の内容は、ブリ、アオリイカ、ヒラメに天城産のアマゴ、そして帆立貝の5種類。

“海の恵み鮮魚5種のサラダ仕立て オンダスタイル”
手前から時計回りに、ブリのたたき、アオリイカ、ヒラメ、アマゴのタルタル、帆立貝。

 

それも、ただ魚介をスライスしてドレッシングやオリーブ油等をかけただけの安易なものではない。脂ののったブリは、肉のような食感と旨味を味わってもらおうとの思いから、周りをさっと焼いて叩きにし、厚切りにカット。一方、アオリイカは、素材本来の甘みを感じて欲しいからと、あえて塩とレモンのみのシンプルな味付けにし、プリプリとした歯応えが鮮度の良さを物語るヒラメは、その小気味良さに合わせてイタリア版魚醤のコラトゥーラで和え、カラスミをまぶすなどなど。それぞれに施された中村シェフならではのアレンジが楽しみだ。サーモンに似た身質のアマゴは、軽く燻製にかけた後タルタルにするひと手間も食いしん坊のツボをつく一品。帆立貝のみ北海道産だが、これも大きめの角切りにし、食感と甘みのバランスをとっている。

“北海道産生雲丹と浜名湖産生海苔のスパゲティーニ”2,300円。コースの場合、プラス1,000円でパスタをこちらに変えられる

 

続くパスタも魚介メニューが充実。中でも、これを食べたさに足を運ぶ人も多いという人気メニューが、ご覧の“北海道産雲丹と浜名湖産生青海苔のスパゲッティーニ”。なんと40gもの生雲丹がてんこ盛りのビジュアルも興をそそる一品だ。生雲丹の豊潤なコクと磯の香り豊かなクリームソースが渾然となり、シコシコと歯切れ良い細めのパスタに程よく絡まる。クリーミィでいて、どこか軽快さもある秀作だ。そのほか、中村シェフ肝入りの釜揚げしらすをふんだんに用いた“遠州灘釜揚げしらすのレモンクリームスパゲッティーニ”も、見逃せない逸品。ふわふわのしらすに心奪われることうけあいだ。

 

そして、メインは“小田原漁港より鮮魚のズッパ・ディ・ペッシェ”。
平たくいえば、イタリア版ブイヤベースである。具は、ホウボウ、ヤリイカ、アサリにハマグリ。これらを、軽くソテーしたら別鍋に温めておいたソースと合わせ、グツグツと少し煮込んだら完成。魚介が新鮮ゆえ、煮込み過ぎは禁物。せっかくの魚の旨味が抜けてしまうからだ。が、合わせるソースは、複雑かつ手間がかかっている。

カニ出汁を加えて旨味を増したソースをかけながら軽く煮込む

 

中村シェフによれば、
「ヒラメやホウボウなど3〜4種類の骨で出汁をとりそこに蟹の出汁と蟹の甲羅からとった脂を加え、更にトマトソース、アサリとハマグリの出汁も入れて仕上げています」。
魚は、仕入れる状況によって変わるそうで、金目鯛なども美味しいそうだ。

“小田原漁港より鮮魚のズッパ・ディ・ペッシェ” ホウボウなど岩礁の魚が良く合う。

 

桜の季節には、目黒川の満開の桜を目の当たりにできる窓際の席は特等席。ランチタイムはもとより、ディナーの夜桜もロマンチック。お花見スポットの一軒にリストアップしておきたい隠れ家だ。

目黒川沿いにひっそりと佇む。お花見には絶好のロケーション

※記事内の価格は税抜

 

取材・文/森脇慶子

撮影/飯貝拓司