〈和菓子と巡る、京都さんぽ〉

四季折々の顔を見せる名所を訪れたり、その季節ならではの和菓子を食べて職人さんたちの声を聞いてみたり……。ガイドブックでは知り得ない京都に出会う旅にでかけてみませんか。

 

あなたの知らない京都について、京都在住の和菓子ライフデザイナー、小倉夢桜さんに案内していただきましょう。

其の十二 山科の代表銘菓を作る「芳治軒」

忠臣蔵に思いを馳せる、山科さんぽ。

京都駅よりJR線に乗り滋賀方面へ約5分。
山科駅に到着します。
この一帯は、京都市の行政区の一つである山科区にあたります。
西は京都東山、北は比叡山、東は音羽山などの山々に取り囲まれている盆地です。

 

山科といえば、まず思い起こすのが忠臣蔵。
大石内蔵助以下47人の赤穂浪士が討ち入りした12月14日に『山科義士まつり』が毎年盛大に行われます。
山科の地域住民が義士隊などに扮装して毘沙門堂から岩屋寺を経て大石神社へと勇壮に練り歩くお祭りです。

毘沙門堂

 

大石内蔵助が赤穂の城を明け渡した後に隠棲した地である『岩屋寺』。
討ち入りのために江戸へ出発するまでこちらで過ごしていました。
大石内蔵助を祭神として昭和10年に創建された神社『大石神社』。
境内には、忠臣蔵に関わる品々が展示されている資料館があります。
春には『大石桜』と呼ばれ親しまれている御神木のしだれ桜が花を咲かせて、多くの地元住民で賑わいます。

大石神社

甘いもので、ひとやすみ。

忠臣蔵と縁が深い山科の代表銘菓の一つがこちら『大石饅頭』です。
その名の通り、大石内蔵助を偲んで作られた、陣太鼓を模したお菓子です。

大石饅頭

 

京都市営地下鉄『椥辻(なぎつじ)』駅より北へ徒歩5分、昭和2年創業の『芳治軒(よしじけん)』が手がけるお菓子です。

外観

店内

 

京都市内の老舗和菓子店『塩芳軒』の流れをくむお店です。

 

こちらの大石饅頭は、塩芳軒の銘菓『聚楽饅頭』と同じ製法です。
厳選した和糖蜜を、小麦粉と卵を使用した生地に練り込み、こし餡を包み、じっくりと焼き上げたお菓子です。
艶と深い焼き色が特徴の焼き皮。

 

「和糖蜜の上品な甘みと共に、苦味と酸味を味わっていただければ」
と話す三代目のご主人。

 

37歳の時に当時のご主人でもあるお父様が突然他界されて、予告もなく店を継ぐことになった苦労人。
「店のことを何も教わることなく、突然やったんで、何をどうしたらいいのかもようわからんでした。
店の代表銘菓の大石饅頭をはじめ、お菓子の味が親父の作ったものに少しでも近づくように。
それだけ考えてやってきたんです」

 

大石饅頭に使う生地はその日の温度や湿度により変化してしまうほど繊細なもの。
手触りから小麦粉や卵を微調整して最適な生地具合を判断します。
生地を焼く際には、焦げないよう目を離さず焼き上げ、最適の仕上がり加減を見つけるのに苦労したそうです。
その甲斐あって、お父様が苦労していた最適の仕上がり加減を自分なりに見つけ、安定したお菓子を作ることに成功されました。
今では昔と変わらぬ味となり、お店の看板商品として多くの方に買い求められています。

 

店頭には、季節の移り変わりを感じられる数種類の上生菓子も常時販売されています。

「菊」

菊は桜と共に日本を代表する花。
古くから親しまれてきた菊。
様々な意匠のお菓子となり、盛秋から晩秋にかけて私たちを楽しませてくれます。
白やピンクなどの色づかいが多い菊のお菓子ですが、こちらは気品を感じる落ち着いた色合いのお菓子です。

下萌

「下萌(したもえ)」

日一日と春が近づいていることを感じる頃。
降り積もった雪の下では、土の中から新しい命が芽吹きます。
その様子をきんとんで表現したお菓子です。

桜花

「桜花」

寒い冬が終わり、待ちに待った春。
春には、やはり桜は欠かせません。
可憐に咲く、桜を表現した練り切り製のお菓子です。

水遊び

「水遊び」

暑い京都の夏を過ごす為に京都で暮らす人々は、積極的に水を暮らしの中に取り入れてきました。
玄関先に打ち水をするのもその一つ。
そして、お菓子にも流水文様の焼印を入れて少しでも涼しげに感じるようにという工夫がなされます。

 

今後のことについて訊ねてみたところ、

「山科という地域は、住んでいる方の入れ替わりが多い街なんです。
昔から住んでいる方を大切にしながら、新しく山科に住んだ方にも『芳治軒』を知ってもらえるように努力していきたいと思います。
また、自分の店でなくてもいいので、とにかく和菓子屋に足を運んで和菓子をいっぱい食べてもらえればええと。
和菓子を好きな方が、もっと、もっと増えたらええなと思てます」
と語るご主人の澄んだ目がとても印象的でした。

 

山科へ観光される際には、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。