稀代の名シェフが、65歳にして“カツカレー専門店”をオープン
「旬香亭」の斉藤元志郎シェフといえば、フレンチの達人でありながら、いち早く和と洋を融合させた新感覚の洋食を打ち出した先駆者だ。平成5年、静岡でひっそりと始めた「旬香亭」は、数年後に東京赤坂へと移転。隠れ家のようなマンション内の店から日本家屋の一軒家に移ると共に、揚げ物がメインの洋食店「フリッツ」も始動。才気溢れた彼の料理は、往年のグルマン達の舌をうならせてきた。
私の長いライター人生の中で出会ってきた数多くの料理人の中でも、彼はベスト3の1人に入る天才料理人だと(個人的に)思っている。1980年代初頭、四谷三丁目に誕生した「オーベルジュ・ド・ブリクール」や、熱海大月ホテル「ラ・ルーヌ」で披露していた料理は、30年余りを経た今でも強く脳裡にきざみこまれている。
そんなフレンチの鬼才が、65歳にして手掛けたのがなんと“カツカレー専門店”。
この6月19日、虎ノ門は通称焼き鳥通りに、満を持して!?オープンした「ジーエス」がそれだ。
飲食店がひしめく、通称・焼き鳥通りにオープン
「この年になったら、自分の好きなものしか作りたくない」
「大好物は、カレーにトンカツ、ラーメン」。日頃からそう語っていた斉藤シェフだけに、「もう、この年になったら、自分の好きなものしか作りたくない」。どうもそんな胸中らしい。なるほど「カツとカレー」、これなら、一石二鳥というわけだ。
料理を作るだけではなく食べ歩きにも余念がない斉藤シェフ。欧風カレーからインドカレーまで全国津々浦々、様々なカレーを食べ歩いたとか。その中で、腑に落ちたのが“スリランカカレー”だったようだ。それゆえ、極めて日本的な料理なはずのカツカレーも、ソースはスリランカ風。「スリランカのカレーは、インドカレーよりも油分が少なくヘルシー。それに日本と同じ米が主食だから、米によく合う」そうだ。日本の鰹節にも似たモルディブフィッシュやココナツミルクを使うことも特徴の一つだ。
ここでは、そのスリランカカレーの中でもブラックカレーに特化、更に斉藤流のアレンジを若干加えている。エスニックでありながら、どことなく日本的なニュアンスを感じるのはそのせいかもしれない。
斉藤元志郎シェフ
ここでしか食べられない、斉藤シェフ謹製・カツカレー
「カツカレー」1,300円(写真は「ギョクオチ(卵黄)」トッピングでプラス50円)
さて、このカツカレー、ご覧の如く楕円の深皿にカツとカレーが御飯の両脇にセパレートに配置されている。食べる際は、御飯の防波堤を突き崩しつつ、カツとカレーを最初は交互に、やがては一体化させつつ食べ進んでいくわけだ。黒々としたカレーソースはサラサラのスープ状。口にすれば、芳ばしくスパイシーな香りが鼻腔を抜けていく。爽快な辛味が口中を吹き抜けたかと思えば、次に身体のうちからジワジワとスパイシーさがこみあげ、いつしか額に汗している自分に気づくはずだ。
この独特なスパイシーさと色の黒さは、ローストしたスパイスを使っていればこそで、聞けば、作り方も手が込んでいる。まず、クミン、玉ねぎ、ニンニク、生姜を炒め、生とローストしたスパイスを炒め、更に日本人の口に合うようにC&B、S&Bのカレー粉もいれて炒める。ここに、鶏と豚のブイヨンを投入。別に作っておいたカレーベース(これがまた手間がかかる)を合わせてやっと完成する逸品だ。
対してとんかつ。こちらは、意外にもメキシコ産。斉藤シェフ曰く「メキシコの豚は、さっぱりしていて旨い。カレーと食べるからね、日本の銘柄豚ではなく、あえてあまりクセのない豚を選んだ」とのこと。豚は5日間ほどねかせて熟成させ、ほどよく水分を抜いてから使っている。一枚140gとボリュームもなかなか。これを、155℃の揚げ油で揚げること3分。あとは余熱で火を通す。これがコツ。
3分揚げた後、余熱で火を通すのが柔らかく仕上げるコツ
淡い狐色の衣も美しく揚がったとんかつは、断面がうっすらとピンク色がかった絶妙な揚げ上がり。揚げ油は、香りとコクの出るラードと軽さの出るサラダ油を半々でブレンド。 アツアツにかぶりつけば、ラードの甘い風味が食欲をそそる。衣はサックリと軽やかな歯応えながら肉質はしっかり。とんかつとしてのポテンシャルも高い。
事実、「とんかつだけ食べたい!」との要望も高かったらしく、カツカレー専門店でスタートしたはずが、およそ一週間にして、メニューに“ロースカツセット”の名が載ったほど。ご飯と野菜スープ「チャプスイ」付きで1,000円とお値段もリーズナブルだ。
そのほか、ヨーグルトとターメリックでマリネしたチキンを加えた「チキンカレー」1,100円、カレーペーストを塗ったパンでカツを挟んだ「カツカレーサンドウィッチ」950円(17時以降限定)も人気の逸品だ。
「チキンカレー」1,100円
「カツカレーサンドウィッチ」950円
※価格は税込
写真/大谷次郎