本田直之 グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店

日本を代表するトップシェフたちはどんな基準で店を選び、通っているのか。グルメ界隈で常に話題になっている本連載、今回は東京以外の店から初登場の「寿しの吉乃」の店主・吉田忠史さん。名古屋を代表する鮨店として、「The Tabelog Award 」のゴールドを2年連続受賞し、その実力は全国区で知られている。常に進化し続ける鮨職人、吉田さんが惹かれる店にはどんな共通点があるのだろうか?

日本一入店が難しい!? 幻の台湾ラーメン

本田:この連載、東京以外の店で初めて登場していただく「寿しの吉乃」さん。期待してますよ。

 

吉田:いやあ、これまですごい人たちばっかり出てるから緊張しますね。まず挙げたいのが「千佳」さん。ここは文字通り幻の台湾料理屋さんです。近所の人に教えてもらって、仕事帰りにうちの女将さんと立ち寄ったんです。そしたら酢豚と台湾ラーメンがめちゃくちゃ美味しくて。

出典:ドクターSSさん

本田:どのあたりが幻なの?

 

吉田:おそらく日本一営業日が少ない(笑)。こないだテレビでもそういうテーマで取材してましたよ。10日に1回くらいしか営業しないし、しかも不定期。ヒントは、お昼ごろにシャッターが50cmくらい開いてるんです。それが、夜営業するよっていう合図。

 

本田:ええ、なにそれ!

 

吉田:僕の家の近くなんですけどね。美味しいんでシャッターが開いてるとなると、行っちゃう。

 

本田:すごいねそれ、どうしてんだろ。趣味でやってるの? まさに幻だね。ここでは、とにかく台湾ラーメンを食べるの?

 

吉田:そうですね。台湾ラーメンは辛くはなくて、コクがあって濁ってるっていうか、深みがある感じですね。それと鷹の爪が上にぎっしりのってる酢豚が本当に美味しい。うちの子どもたちも大好きで、休みの日に「お父さん、『千佳』行こう」って言ってくるんですけど、「いやいややってないから」って(笑)。

出典:eat and run さん

本田:ははは。子どもたちにも人気の幻の名店。10日に1回しか営業してないとか、全国的に見ても珍しいお店だね。

 

吉田:たまたま2日連続でやってる時があって、「こんな珍しいことあるの?」って店の女将さんに言ったら、「ええ、もう疲れたから2週間くらい休もうかな」って。それが、美味しいから許せちゃうっていうか。

 

本田:1日、2日しか営業してなかったら食材のロスとかすごいよね。場所はどのあたり?

 

吉田:東山動植物園のほうですね。去年の暮れに地元のテレビ局が目をつけて放映しちゃったから、それで余計疲れちゃったんですかね。今年になってから全然やってない。

 

本田:いやあ、一発目からすごいな。これは食ってみたい。

 

料理人が惹かれる料理人とは

出典:食べ歩き研究員さん

吉田:次は「イル アオヤマ」です。ここのシェフは、料理の知識がすごいんです。本もたくさん読んでるみたいで、前にシェフに、「休みの日になにしてるんですか?」って聞いたら、「本屋さんで専門料理コーナーにずっといる」って答えが返ってきて。料理のことで壁にぶつかった時は聞きに行きます。例えばこないだも、ハマグリの火入れについて悩んでたんですよ。レアだと甘みは出るけど香りと旨味は閉じ込めきれない。かといって火を入れすぎると硬くなっちゃうし……。解決策として、コンフィってどうかなぁって思って、イル アオヤマさんに立ち寄ったんですよ。で、 悩みを相談したら、10秒後に魚介の火入れの本を出してきて。「多分これにハマグリの火入れのこと載ってるよ」って。その対応に、「うわっ、すごいな」って感動しました。

 

本田:頭の中に入ってるんだね。本をたくさん読んで知識を蓄積してる。シェフの料理はどんな感じなの?

 

吉田:イタリアの風を少し感じさせつつも、日本の優れた食材の持ち味を引き出すのが上手なんですよね。本をたくさん読みながら、「日本で日本人しか作れないイタリア料理」っていうのを、模索しながら作っていらっしゃる料理人なんですね。和のテイストを加えながら食べさせてくれるイタリア料理という感じです。

 

本田:評判は?

 

吉田:最近もうぐんぐん評判が上がっていて。

本田:そこは何で見つけたの?

 

吉田:共通のお客さんがいて、行く機会があってから仲良くなったって感じですね。女将さん同士も仲いいし。

 

本田:ここはコース料理なの?

 

吉田:今はそうですね。完全にコース一本でやってます。最近じゃ、東京からもお客さんが増えてるって言いますね。

 

本田:ここで好きな料理は?

 

吉田:僕はやっぱり、魚を扱ってるんで魚料理ですね。何かヒントになればって思うんですけど。さっきもお話ししましたけど、魚の火入れが本当に上手なんです。炭火を使ったりもして。

 

本田:なるほどね。たしかに、違うジャンルの調理法は勉強になりそうだよね。ラーメン、イタリアンときて、次は?

出典:ラキテンさん

 

吉田:「ヒロ ナゴヤ」です。言葉では伝えられない究極の焼肉!! 言葉にするならば「超高級肉が圧巻の量で出てくる」というコンセプトに一切ブレのない焼肉屋さんです。

 

本田:なるほど、焼肉っていうよりも肉料理の店って言うほうがよさそうだね。どういう人がやってるの?

 

吉田:カリフォルニアの大学で世界地理を学んだ経歴の持ち主で、本人曰く「世界地理を語らせたら右に出る者がいない」とか。彼は喋りも面白くて、お客さんの前で自分で焼いて喋れる店主ですね。

 

本田:トークもできるし知識もあるっていう珍しいタイプの料理人なんだね。いくつくらいなの?

 

吉田:35歳くらいですね。

 

本田:この2年くらいでグッと流行ってきたってことは、前とスタイルが変わったとか?

 

吉田:以前は熟成肉がメインでしたが、今は知多牛の赤身肉を中心としたシャトーブリアンや鴨肉も美味しいですね。

 

本田:本当に思いを持ってやってる人は応援したくなっちゃうよね。料理人同士の思いが繋がるっていうか。気持ちが入ってない人の店は、料理人は行ったらわかっちゃうよね。

 

吉田:そうですね。料理にも出ますし。

 

本田:ある意味レストランて毎日、そんなに変化のない仕事じゃない?  表向きは華やかだけど、裏では仕込みも大変だしさ、ずっと立ちっぱなしで同じ作業を繰り返さなきゃいけないわけだけど、それを“作業”と思ってやってる人たちって伸びないと思うんだよね。

 

吉田:そうですね。毎日同じことの繰り返しなんですけど、予約を見て、翌日いらっしゃるお客さんの顔がわかりますよね。例えば今日はナオさんいらっしゃるなとか。そのお客さんを思い描きながら仕入れができるっていうんですかね、そうするとマグロひとつ、コハダひとつを選ぶにしても、思いが強くなってくる。思いが仕込みをしていても出てきて、仕上がりに違いが出てくる。

 

本田:そういう思いが通じて、料理人たちはその店に行くのかな。繋がるよね、向かって行く方向とか、見ているものが。話をしててもたぶん、思いのある料理人と話してる方が面白いんだよね。

 

吉田:そうです、そうです。さっきのハマグリの話じゃないですけど。そういうのを語り合えるっていうのが楽しいですね。異なるジャンルの醍醐味でもあります。

 

本田:同業の話を聞くだけじゃ、しょうがないもんね(笑)。若い人ならともかく、ある程度やってる人なら他のジャンルの店へ行った方がいいかもね。

 

吉田:まぁでも、鮨好きなんで東京行けば食べに行きますけどね。東京へは毎月行くんで、こないだは昼に銀座の「鮨 太一」っていう鮨屋さんに行きました。夜は和食を食べて。翌日は「ペレグリーノ」の高橋隼人くんが「『(日本橋蛎殻町)すぎた』さんに行ったことが無いんです」って言うから、一緒に行ってきました。

 

本田:隼人にもこの連載に出てもらったんだよね。鮨も行くんだね。和食は?

 

吉田:「にい留」さんですね。結構、東京の人、推してますね。

出典:サプレマシーさん

本田:「にい留」さん最近すごい評判いいよね。

 

吉田口の中に入れるとホントに溶けちゃう衣っていうんですか。これ天ぷらなの?って言うと、「いや、これ新ジャンルだって言われるんですよ」って。粉をマイナス60℃に冷やして、そうすることによってこう、粉の粒子が細かくなるらしくて。

 

本田:「揚げると溶けるんですよ」って、よくそんな分析するよね。天ぷら系の人って科学者っぽいっていうよね? 

 

吉田:彼、新しいビルに移転したじゃないですか。今はどこでも都市ガスですけれど、あのビルだけプロパンなんですよ。プロパンのほうが火力が強く揚げられる。移転する時にビルのオーナーさんに頼んで、そこのビル全部プロパンにしたんですよ。

 

本田:それはすごいね。

 

吉田:そのビルだけ「にい留」仕様って話なんですよ。多分ビルのオーナーがにい留さんの天ぷらが好きなんですよね。

 

本田:ビルまで変えさせるほどだし(笑)。彼は自信がみなぎってるね。今後がますます楽しみだね。

 

駅のない街の名店たち

本田:じゃあ地元の岐阜で通ってる店ある?

 

 

吉田:「そばきり 萬屋町 助六」と「メツゲライ・トキワ」ですね。僕はそばが好きだったもんですから、食べてたら自分で蕎麦が打ちたくなっちゃって、そば道場に通うようになって。

 

本田:ほんとに!?

 

吉田:ええ。そこは22回行くと修了証書が貰えるんですよ。でも僕は22回じゃ納得できずに、50~60回通ってて。蕎麦に興味を持ったきっかけは大阪・北新地の「カハラ」さんに行った時に食べたカラスミ蕎麦。すごい衝撃的で、「わ、自分で打ちたい」って思ったんです。カラスミは自分で作れるじゃないですか。それで、岐阜の関で営業していた時はお鮨の後の締めにカラスミ蕎麦を出してました。

 

本田:すごいね(笑)。それぐらいの蕎麦マニアが愛するのが助六なんだ。

 

吉田:田舎蕎麦が美味しいんですよ。しかも陶芸家・加藤委さんの青磁の初期の作品で出してくれるんですよ。ものすごく味わいがありますよね。天ぷらも上手で、春の山菜や秋のきのこの天ぷらに田舎蕎麦かざる蕎麦、みたいなパターンで。

出典:ポリプテルスさん

本田:どうやって行くの? 駅は?

 

吉田:電車通ってないんですよ、廃線になっちゃって。高速バスで名古屋から関まで行くか、車で行くしかないです。車で1時間くらいです。

 

本田:店主は小林旭さんっていう人なの?

 

吉田:たまに東京までケータリングに行ってらっしゃいますね。

 

本田:かなり有名なとこなんだよね、お蕎麦屋としては。

 

吉田:もう老舗ですね。最近は、テレビにちょいちょい出るんで、大変なことになってます。オープン前に行列してるんです。

 

本田:そんな離れてるところの、1時間かけて車で行かなきゃいけないところが、そんなに入ってるってことはすごいね。もう一つの、メツゲライ・トキワというのは?

 

吉田:ドイツ語で、メツゲライとは、自家製のハムやソーセージを扱う精肉店のことを言うらしいんです。ここはすごいですよ。お店に一歩入るとショーケースに極上の自家製物のハム、ソーセージがぎっしり詰まってて。一番好きだったのはヴァイスヴルストっていう、白いソーセージで、ミュンヘンのものと比べても全く引けを取らないぐらいの美味しさ。

出典:スパマキシマムさん

本田:ここで作ってるの?

 

吉田:はい。結構仲良くなって、工房にも入れてもらって、サラミを作ったりソーセージを作ったり、色々見学させてもらいました。

 

本田:電車の通ってない町で、突然こんな本格的なのが(笑)。

 

吉田:なので、名古屋からドライブを兼ねていらっしゃるお客さんが多いですね。この脇に天然酵母のパン屋さんがあるんで、ここのお肉屋さんへ行くと必ずハムを切ってバゲットの上にのっけて出してくれるんですよ。「旨いねこのハム」、「旨いねこのバゲット」って買ってから、帰りに蕎麦を食べて帰るっていう、トライアングルになってまして。

 

本田:ここまで本格的なのがあるとすごいね。ドイツで修業したの?

 

吉田:店内にはドイツの賞状がいっぱい飾ってあるんで、修業に行ったんでしょうね。

 

本田:じゃあ、岐阜の関市では「吉乃」と、「トキワ」と「助六」でセットだったんだ。

 

吉田:「ペイザン」っていうパン屋さんもですね。

出典:ofuronekoさん

本田:いい街だもんねこの街は。

 

吉田:あと、ここから車で40分山奥に行くと、パルマハム職人・多田さんの「BON DABON」。ペレグリーノで一番最初に出てくる生ハムです。「スガラボ」でも出してますね。

出典:ポリプテルスさん

本田:ここの近く?

 

吉田:このさらに山奥。

 

本田:なんでそんなに集まってくるの? 不思議な街なんだけど(笑)。それを全部ツアーで回っても面白いかもね。今日は最初の幻の台湾ラーメンから最後の生ハムの店まで、個性的な店の話が多かったね。自分自身が料理に対して熱い思いを持ってるから、強い個性と料理への情熱を持ってる料理人の店に惹かれるんだろうな。それにしても、いつかその幻のラーメン、食べてみたい。

・寿しの吉乃

 

★「寿しの吉乃」の吉田忠史さんが通う店はこちら

・千佳

・イル アオヤマ

・ヒロ ナゴヤ

・にい留

・そばきり 萬屋町 助六

・メツゲライ・トキワ

・Boulanger ペイザン

・BON DABON

撮影:筒井 誠己
撮影協力:エディマート
文:小松宏子