本田直之グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店
とうとう最終回を迎える本連載。名実ともにトップを走るシェフたちの店選びの指針から本音までを聞くことのできる機会もひとまずこれでフィナーレ。最後を飾るのは、連載初の女性シェフ「ete」の庄司夏子さん。28才にして予約の取れないレストランを仕切る彼女が、心から楽しめる店はどんなところなのだろう?
仕事の後、夜のパトロールでリラックス
本田:この連載もとうとう最終回。最後にして最初の女性シェフの登場だよ。今、女性シェフの活躍もめざましくて、夏子はその先駆者だよね。一人で回していて忙しいと思うけど、そんな中でも、結構食べ歩いてる印象あるな。
庄司:そうですね。食べ歩きはしてます。でもリピートしているお店はあんまりないです。勉強のためにより多くのお店に伺いたいと思ってます。
本田:なるほど、色々回ってるって感じ? なかでもよく行くっていったらどこ?
庄司:「K+(カゲロウ プリュス)」が一番リピートが多いかな? 遅い時間にふらっと行ったりしています。
本田:へえ、自由な使い方してるんだね。早い時間だとかなり混んでるよね、あの店。
庄司:夜遅い時間だと入れるときもあります。なので、店が終わってから行きます。「チウネ」の古田諭史さんとカゲロウのオーナーの川島弘子さんと仲良しなので、諭史さんと行ったり。この間、みんなで札幌ツアーに行ってきたくらい仲良いんですよ。先日も、札幌行った面々で集まって、一次会がカゲロウ、二次会が「中国飯店」、そのまま築地に流れて、「大和寿司」で食べて。朝6時解散でした。
本田:マジ? タフだねぇ~。カゲロウではお腹いっぱいは食べないんだ、みんな。
庄司:その時は食べなかったですね。でも食べる時はパスタとか食べますよ。アーリオオーリオとか、トマトの辛いパスタとか。コースではなく、アラカルトで利用させていただくことが多いです。
本田:すごいね、それ。じゃあカゲロウ行って中国飯店行って、築地に行く……。
庄司:はい。「中国飯店」もよく行きます。ホール経験の長いお兄さんに、「お兄さんの思う、おすすめの美味しいものなんですか?」って聞いたら、「チャーハンにカニと卵白で作ったあんをかけたのがすごく美味しい」って教えてくれて、メニューに載ってるか知らないんですけど、毎回頼んでます。
本田:その仲間たちと行った札幌では何食べたの?
庄司:ととのえ親方(※松尾大さん)に「東千歳バーベキュー」に連れていってもらいました。小屋みたいな中で鶏をパーツごとに分けたものを、炭火で焼いて食べるんですよ。室内、すっごく暑かったです。
本田:俺もあそこは同じく大に連れてってもらったけど、相当、すごいところだよね。クリエイター受けする(笑)。
庄司:倉庫みたいな建物ですね。昔、スケート場の靴とか貸し出しする場所だったらしいですね。とても安いんですよ。野菜炒め250円。ただし、熱気と油でべたつきます。オイルミストサウナのようです(笑)。さすがととのえ親方です。
本田:鶏もめちゃ安い。最近、すごく人気が出ちゃったみたいだよね。
庄司:私たちが行ったときも、30分は並びました。
本田:そういう店じゃなかったんだけどね。そのあとは?
庄司:「アパッチ」です。シャンパンを持ち込みさせていただきました。
本田:すごすぎる(笑)。アパッチさん、最高だったでしょ。音楽のセンスもいいしね。
庄司:すごく楽しかったです。赤いウインナーにメヒカリもいいし、冷蔵庫から出して来た絶妙な温度のポッキー。
本田:札幌、だいぶディープに攻めたね。では、東京に話を戻そう。
同窓生たちがいるなごみの鮨店
庄司:日常的によく行くのが、「寿矢」っていうお鮨屋さんです。経堂にあって、とてもカジュアルなんです。私、高校の「食物科」に通ってて、そこは卒業すると調理師免許が取れるんです。「寿矢」のスタッフは、皆その高校の卒業生。家が明大前なので近いし、頼めば揚げ物もやってくれて、「タルタルソース食べたい」って言ったら作ってくださったり。
本田:へえ、面白いね。これも自由な使い方だ。
庄司:今のお鮨屋さんって姿勢を正して食べるところが増えていますが、そこはとてもカジュアルで、また違った魅力があって大好きなんです。
本田:自由に好きなもの食うって、昔っぽい感じでいいよね。値段は?
庄司:普通に行ったら1万円しないくらいで、基本、高くないです。つい最近まで、私の同級生も働いてました。だから高校生の頃から行けたんですよ。休みの日に、同級生、ジョニーっていうあだ名ですけど、「ジョニー働いてるから見に行こうよ」って。その時はホールだったんですよ。でもランクがどんどん上がっていって、最終的には握るようになりました。
本田:ジョニーが?
庄司:そうそう、感慨深かったです。
本田:「ジョニーの握りだ、美味しいね」って……。
庄司:客層もとても良くて。素晴らしい方がたくさんいらっしゃってます。
本田:そうなんだ。立地もいいしね。
庄司:うちのお客様にも、「寿矢」に通ってるっていう人が何人かいらっしゃいます。土地柄、お客さんの層がすごく良くて。なのにカジュアルで、本当に安心。
本田:貴重だね、それは。ところで、何ていう高校なの?
庄司:「駒場学園」っていう、池ノ上にある学校で……。実は、「フロリレージュ」の川手さんは、その高校の先輩で、その繋がりで今の自分があるんです。とても感謝しています。
本田:え、そうなんだ? 知らなかった。なんで繋がってるのかなって思ってた。
庄司:私が最初に働いたのは「ル・ジュー・ドゥ・ラシエット」です。「ア・ニュ」の下野シェフが、今のお店を始める前に「オー グー ドゥ ジュール」グループでシェフをしていたときのことで、そこを紹介してくださったのが、当時「カンテサンス」でスーシェフをされていた川手さんなんですよ。
本田:なるほどね。それで、その後、フロリレージュに行ったんだ。人生が大きく動いたんだね。
庄司:そうですね。たしかに……。
本田:面白いもんだね。縁というか。他にもどこかある?
なじみのエリアの愛する個性派の店たち
庄司:eteの近所にある、ラーメン?屋さんの「季織亭」というお店が面白いですよ。予約をしたら、ラーメンのコース仕立てが食べられるんです。
本田:へぇ~。どんな感じのコースになるの?
庄司:麺が自家製で、担々麺っぽいのとか醤油味とか塩味だったり、小皿でラーメンが確か3、4種類と前菜が出てくるんですよ。もともとお弁当屋さんだった方が始めた店で。
本田:へえ、面白いね。
庄司:ラーメン評論家の大崎(裕史)さんに連れて行っていただいたんですけど。住宅街の一軒家でご夫婦でやっていらして。本田さんには小さいラーメンを何種類か召し上がっていただきたいです。おすすめです!
本田:今、ネットで調べたけど、すごく徹底しているみたいだね。小麦粉も秋田と山梨の自然栽培系で、醤油も島根県産。卵かけご飯もある。確かにラーメンを一度に何種類か食べたいっていうニーズはあるよね。
庄司:麺が手打ちで、粉をすごく追求してらして、素晴らしかったです。
本田:普通のラーメンもあるの?
庄司:ありますよ。チャーシューも自家製で、すごく美味しかったです。
本田:基本は小麦そばと、塩や醤油と、変わり小麦そばなんだ。へぇ、これはなんか、ラーメン屋のレベルじゃないかもね。
庄司:自分たちはラーメン屋じゃないっておっしゃってました。小麦屋だって。
本田:いかに小麦をうまく食べさせるか、そういったことを突き詰めた店なのかな。このエリア本当に面白いよね。
庄司:このエリアと言えば、「クリスチアノ」さんの2店舗目で、「マル・デ・クリスチアノ」っていうお店にはよく行きます。本店は予約取れないんでけど、2店舗目が、徒歩1分くらいのところにあって、ディナータイムは満席のことが多いですが、22時以降は入れる日もあったりします。
本田:クリスチアノいいよね。あのグループは全部いいね。
庄司:オーナーの佐藤幸二さんがやってる「おそうざいと煎餅もんじゃ さとう」も人気ですね。あそこのお惣菜屋の唐揚げが好きです。
本田:いろんなもんじゃあるよね。発酵羊挽肉のもんじゃとかね。
庄司:私が行った時にはボルシチ食べました。
本田:なんだろう、もんじゃじゃないよね、世界観も。完全に楽しんでる、遊んでるというか……。入り口に惣菜屋があってね。惣菜屋もいいよね。
庄司:惣菜屋さんの唐揚げはすごい。ほかの惣菜もお母さん方が作ってるようなほっとする味で好きです。
本田:オーナーの佐藤くん、今はもんじゃの方にしかいないみたい。センスいいんだよね、彼は。
庄司:すごいセンスいいです。味の組み合わせとか、素晴らしいと思います。
本田:驚いたのが、変なもんじゃいっぱいあるじゃん。全然味見しないんだって。
庄司:え? 驚きですね!
本田:作る時に、頭の中で構成して、「あ、これいいな」って言って、メニューに落とすんだって。だから食べてレシピを書いたりはしない。
庄司:すごいですね。
本田:焼くのは自分で焼くわけだけど、もんじゃだからできるのかもしれない。でも、まあ面白いよね。
庄司:最近は人気で、なかなか予約が取れないです。席数も限られてますし。
本田:昼は結構空いてるみたいよ、週末以外は。夜は完全に埋まってるけど。
庄司:そして、家族客の受け入れ態勢がすごく整っていると思いました。
本田:オムツを替えるスペースとか、シャワーじゃないけど、洗えるスペースとかも完備してて。
庄司:小さい子大歓迎で、素晴らしいです。
魅力のある人がいる店に通う
本田:そうそう、あとゴールデン街も行くんだって?
庄司:ええ。よく行くのは「The OPEN BOOK」。直木賞作家の田中小実昌さんのお孫さんがやってるお店で……。
本田:開(カイ)ね。
庄司:そう、開くん。中に本がたくさんあっていいんですよね。で、オリジナルで作ってるレモンサワーが美味しい。
本田:うん、美味いね。彼自身も味があるしね。
庄司:若いんですよね。多分1歳年下の27歳かな? 実は2階があって、畳になってて、それがまた味があって。
本田:「The OPEN BOOK」も、仕事が終わってから行くの?
庄司:終わってからですね。10時以降かな? ゴールデン街にしては珍しく、そんな遅くまではやってないんですよ。2時までだったかな。
本田:渋いところ押さえてるね。あとはどこ行く?
庄司:「海味」さんは、結構よく行きますよ。2~3カ月に1回行ってますね。かしこまった雰囲気のお鮨屋さんも好きですけど、ピュアに楽しめるというところがいいんです。実は、先代の長野充靖さんの時は行ったことないんですけど、当代の中村龍次郎さんの楽しませようとするお鮨がすごく良くて、行きますね。2、3カ月先であれば予約が取れることもありますし。
本田:今、予約の取れる鮨屋、貴重だよね。3カ月、半年先になると待ちくたびれちゃうもんね。
庄司:中村さんは握る時にポージングしたり、パフォーマンスが面白いんです。
本田:長野さんとは違った魅力。
庄司:でもお鮨屋さんでそういうパフォーマンスをするのって、色々ご意見をいただくこともあるみたいです。
本田:「やめろ」って?
庄司:でも、「おやっさん(先代)の、お客さんを楽しませるっていう姿勢が大事なんで」って言って、「やめない」って言ってました。
本田:今はね、そういうのもアリだよ。みんなと同じにするとね、埋もれていっちゃうもんね。こうやって聞いていると、なっちゃんが行く店っていうのは自由な空気が流れているところだね。
庄司:そうですね。今回は仕事終わりの、一番リラックスしたいときに行く店名を挙げたので。かしこまったところよりも、自由にできて楽しいお店に行く場合が多いですね。
本田:純粋に、リラックスできて、楽しめる店だよね。
庄司:そうですね。あと行く人も重要。気を遣わない人と行きます。勉強を兼ねて行く場合は、できる限りしっかりとした装いで行きますけど。今、挙げたお店で私を見かけたら、普段のイメージと違うかも。アホみたいに騒いでる私がいるかもしれません。
本田:まあそういうのも大事だよね。これだけ知られちゃうと、自分のところのお客さんもいるかもしれない店ではしゃげないよね。休みの日はどんなところに行くの?
庄司:食べ歩きですね。この前は天ぷらの「くすのき」さんに行かせていただいて、とても素晴らしくて勉強になりました。くすのきさんは江戸時代からの天ぷらを文献で調べていらっしゃったり、突き詰めていらっしゃって、本当に尊敬しています。
本田:真面目な「庄司夏子」を演じて。地方も結構行ってるんだね。
庄司:そうですね、チャンスがあれば伺うように心がけています。やはり食べ歩きしないと料理のアイデアが浮かばないんですよね、ずっと自分の店にいると。
本田:まあね、そうだよね。
庄司:だから地方のお店にも行くようにしていますね。海外も行きますし。この前マカオへ行ってきました。
本田:海外の店を見るのはいいことだよ。シャンパンが一番好きなんだよね? シャンパン飲みに行くバーとかないの?
庄司:先日、「Cofuku(コフク)」に行きました。もともと、「スブリム」があったところで、スブリムがリニューアルして、ワインバーになったそうで、新橋なんですけれど、すごくいい雰囲気でした。
本田:それいいね。
庄司:料理はアラカルトで頼めるんです。フライドポテトとか、ミートボール、サラダ、魚介系の料理とかがありました。
本田:ワインバー使いとしてはよさそうだね。
庄司:シェフは女性で、それも嬉しいな、と。
本田:「食事だけのお客様はお断りしています」って書いてある。新しいね、いいね。今度行ってみるよ。
庄司:本田さんが行ってないところを挙げられたのは、とても嬉しいですね!
本田:いやぁ結構あったよ、行ってない店でいい店がね。自由な空気を大切にする夏子の好きな店や、楽しみ方がわかって面白かった。今日もありがとう。
庄司:こちらこそありがとうございました!
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