本田直之グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店
日本の料理界をリードする料理人の方々にご登場いただく本連載。今回は「The Tabelog Award 2018」ゴールド受賞店であり、金沢を代表する鮨店「すし処 めくみ」の店主・山口尚亨さんにお話を聞きに金沢まで本田直之さんが足を運んだ。地元の注目の若手の料理人から、食の未来に対する問題意識まで、話題は広く深く進んでいった。
新たな地産地消へ。石川の新星
本田:金沢は寿司をはじめ、今、食のレベルがすごいよね。それを牽引してきたのが山口さんなんだけど、普段どんな店に行ってるかとても気になる。一番よく行く店はどこなの?
山口:よく行くというか、注目しているのは「SHOKUDO YArn」。シェフはエル・ブジでクリエイティブなセンスを身に付けた人。日本に帰ってきて7年くらいですが、お椀にチーズが入っていたり、発酵食品にブルーチーズをかけたり、和と洋を混ぜている。本人は日本料理だって言ってますが。
本田:日本料理っていう位置付けなんだ。
山口:はい。本人の性格か、ダジャレばかり言うタイプで、料理も真面目にふざけてるんです。ダジャレ考えすぎてて最後まで食べるの疲れるんです(笑)。でも面白いんですよね、作る料理が。だから、やっぱり注目されてます。
本田:面白いキャラなのね。
山口:そうなんです。そして料理が本当に美しい。どこかの美術館の館長が見に来るくらいで、インスタ映えしそうなんですけど、ダジャレの仕掛けがあるので写真はNGです。
本田:話題になってるよね。オープンしたのは最近だっけ?
山口:3年目なんですけども、3年でウチはお客さん追い抜かされちゃった感じです。15年かけて地道にやってきたのに(笑)。
本田:シェフはスペイン行く前も和食やってたのかな?
山口:いや、まずイタリアへ行って、その後スペインに行ったようです。スペインに1、 2年いて日本で7年ですかね。最初行った時は面白いだけだったんですよ。2回目はちょっと美味しくなったかなと思って、3回目行ったらまた美味しくなってて。食材って使いこなすのに回数が必要なんです。それぞれ個性があるので、分かるまでに何回も触らないとダメ。特に地域が限られているものほど個性が強いから。彼は素材の生かし方を見つけ出すのがすごく上手いです。
本田:相当珍しいキャリアだね。
山口:キャリアだけじゃなくて、人間も相当珍しいタイプですね。このまま喋らせたらダメなんじゃないかって、一緒に食事してハラハラすることもあります(笑)。
本田:海外長いからね。
山口:そういうフレンドリーなところも正直魅力ですけれど。
本田:お店は遠いんだね。小松空港のほうか。
山口:そうですね。僕のところも辺鄙ですけど、彼の店も結構辺鄙です。僕の作るものって基本的に手をかけないものが多いんです。茹でただけとか蒸すだけとか、塩さえしないものもある。けれど、彼の場合は逆に手をかけて、ミンチなどにして形を変えて美しさを求める、と全く逆。
本田:基本は石川の食材を使ってるの?
山口:そうですね、石川の食材が主です。僕らもここで仕事をする意味を考えながら作っているわけですが、彼はしっかりできてます。
本田:食材も豊富にあるしね。
山口:近所に山のものと海のものがあれば、もうそれで充分できると思うんですよね。魚を地元で20種持ってくるのは難しいけれど、肉と野菜使って魚の比率を変えて15種類なり20種類なり揃えることはできますよ。
本田:確かに魚だけよりは、安定性はあるね。
山口:地産地消も可能かなって。彼はそのことを前面に出してますし、この店が登場したことで石川の料理界全体の底上げになってる気がします。僕が東京から戻ってきて16年、料理店の意識も随分変わったなと思います。
本田:そっか、もう16年前かぁ。
山口:ええ、僕が帰ってきた時は誰も煮る、焼く、蒸す、絞めるっていう仕事は意識してなかったですけど、ここ10年でみんな地元の食材を使って、仕事してます。やっぱり誰か一人、注目される人が出て混ざると、もともといた人たちが本気出すんですね。
本田:「めくみ」ができた、つまり山口さんがやったことによって、お客さんが来る土壌ができたんだと思う。多分、先に「YArn」だったら、なかなか難しかったと思うんだけど、「めくみ」っていう土壌があって、食べ慣れてるお客さんが来るようになって。じゃあもう一軒「YArn」も行ってみる? みたいな感じで。ベースができてきたっていうのはあるだろうね。
山口:そうですね。個性的な店が集まるとパワーが生じますよね。1軒だけだとわざわざってことになるけど、3軒、4軒あると2泊3日して回ろうかって。地方はそういう時代に入りましたよね。世界的に見ても辺鄙なところにいいレストランがあることが普通になってきている。この先10年、食材がなくなっていく可能性もあるし、食材に関わるCO2の問題もある。輸送距離の短い食材の方が有利になる時代が、遠くの方に見えるようになってきた。
本田:本当にそうだよね。東京である必要がなくなる。それぞれの土地に注目されるレストランが出てくると、街にとっても、生産者にとってもいい結果を生むよね。生産者もいろいろリクエストされるからそれに応えていくし、そうすることによって全体のレベルが上がるから、街としても活気が出る。
山口:野菜の生産者も、漁師の場合も、ベースができてくれば、県なり市なり、そういうところを巻き込んで税金投入しながら、次世代の人の育成もできます。それが食全体の底上げにもなりますし。
本田:いい店がある県とか地域っていうのは、街としても盛り上がっていくんだけど、無いとやっぱり盛り下がる。生産者のレベルも上がらないし飲食店もいまいちで、人も来ないっていう、負のスパイラルに陥る。何軒かいい店が出てくると今度は正のスパイラルでワーって回ってきて、10年が過ぎた。今、石川県がこんなに盛り上がっているのは、実は新幹線が来たからじゃないと思うんだよね。もともと「めくみ」ができて寿司屋のレベルが上がってきたところに、たまたま新幹線が来てドライブがかかって、もっと盛り上がった。
山口:もちろんそれがお客さんのおかげっていうのは大前提で、お客さんに育ててもらったって本当に思います。
本田:日々考えてやらなきゃいけないよね、より一層。やはり、YArnは早く行かなきゃいけないな、秋にでも。
金沢の和食の未来を担う注目株
山口:ぜひ、ご一緒したいです。あと、もう一軒行っていただきたいのが「片折」。ここの店主は1年前は違う店で料理長やってたんですけど、その頃から一緒に仕入れに行くようになって。普通、2~3カ月もするとそういった交流もなくなるんですけど、1年経ってまだ一緒に行ってる(笑)。能登を一日2往復する時も一緒に行きますからね。
本田:マジ? 変態な山口さんの仕入れに1年も付き合うって相当気合入ってるね(笑)。
山口:一日500kmの移動を一緒に耐えてる。秋は、朝とれた松茸を夜出しますって言って、松茸買いに行くだけで5時間かける。
本田:ええ!?(笑)
山口:松茸の産地の集荷長が親戚だそうで、朝とれた松茸を夜にって。シンプルに炭火で焼いて出す。基本、料理はなるべく余計なことをせず、玉ねぎなら茹でて出汁かけただけといった、シンプルな料理。いい素材を使っているので、なるべく手を加えたくないと言ってます。
本田:へえ、面白いね。その松茸食べたい! まだオープンしたばっかりだよね。
山口:ええ、始めたばっかりなので少しばたついてますけど、頑張って欲しいです。
本田:ちょっとこれ、絶対行かなきゃいけない店だな。
山口:ただ、1人2万5千円でやらないと潰れるっていう危険性があります(笑)。金勘定苦手なタイプなんですよね。
本田:だけどいいものを作りたい。
山口:この子は京都の「緒方」さんが好きで、その系統をやりたい感じですね。金沢にはなかった料理。これまで金沢はどっちかっていうと伝統的な京料理のような作り込み系が多かったですから。
本田:この人は前から知ってるの?
山口:2~3年前くらいからですね。最初、革ジャンにジーパン、革靴で浜まで蟹を見に来たんですよ。浜に汚すことのできない格好して来る奴は、僕は相手にしなかったんです。けど、僕が一生懸命1匹ずつ蟹を選んでいくのを見て、スイッチ入ったみたいで、翌日からつなぎの長靴を履いて、丸坊主で「おはようございます」って。
本田:へぇ、すごいね。急に変わったんだ。
山口:その時「つる幸」で11年って聞いて。11年って結構大変なんですよ、すごい厳しいところなので。根性はありますね。
本田:そのあと、もう一軒行ったんだ。
山口:兼六園のそばに、きれいな庭園がある「玉泉邸」っていうお料理屋さんに。大きな店だったので、そこでふんだんに食材を使わせてもらったようです。蟹もいっぱい買えるし、シーズンは船も押さえてあるし。そこで生産者と関係を作ったんです。
本田:それはすごいね、頭がいい。
山口:頭もいい子です。店始まる前に今の店買っちゃってるんですよ。古民家を改装してやってる。なのに、原価計算ができない。だから僕とつるむと迷惑かけちゃうなあと恐縮してるんです(笑)。
本田:しかも8席しかないから。
山口:8席で2回転なのに自信ないって言って一日4人しか取らなかったりするんですよ。
本田:え、マジ? 応援したいね。でもまあ、「つる幸」で若くて2番手まで行って、34歳で「玉泉邸」で料理長になるってのはすごいよね。
山口:そうなんですよ。本人に会うとますます応援したくなるタイプですね。ほんとクソがつくくらい真面目なので。今まだ35歳だから、あと10年したらどんなになるか。
本田:金沢を代表するシェフになりそうだよね。
山口:最近、金沢の和食もなんとなく落ち着いちゃったので。落ち着いたってことは、他から見たらちょっと凹んできた感じがある。
本田:寿司屋がガーって上がっていってるのにね。
山口:でもこの子が来ると、また変わると思います。
料理人が通うとんかつと蕎麦
本田:金沢、目が離せないな。他にはどんなところがある?
山口:金沢中のお寿司屋さんが行ってる「庵とん」。とんかつです。
本田:へえ、金沢中の寿司屋が行くわけ? ヘビーじゃないってこと?
山口:そうですね。でもボリュームが結構あるんですよ。それでも年配のお客さんも結構いますね。
本田:油がいいってことなんだろうなぁ。
山口:油が軽いっていうか。その日によって豚も違うんですけど。
本田:いろんな豚使ってるみたいね。ネットで見ると県内産も県外産も。
山口:何種類か豚使ってますね。黒豚とか。ご本人は職人気質の方でほとんど喋らないので、詳細はわからないんです。奥さんがその分5倍くらい喋ってますけど。行ったら、大体ヒレカツサンドを頼みます。それだけでいいかなっていうくらい美味しい。
本田:いつもどの豚頼むの? 石川県産?
山口:桜ヒレってやつです。鹿児島県産の黒豚です。ここ、安いんですよ。女将さんの気分でいっぱい小鉢が出てくることもあって。料理人も多いけれど、家族3世代で来てたりもする。新幹線に乗る前にちょっと食べるのにもいいと思いますよ。あと、「手取川 竹やぶ」さんもいいですよ。柏の竹やぶの一番弟子だそうです。
本田:これは手取川の近く?
山口:近いです。そしてあの辺の水がいい。あったかいかけそばなんかすごく美味しいですね。相手に美味しいものを食べさせたいと思ったら、グーッと美味しい蕎麦を打つ人です。そして、ここも人の魅力があるっていうか……。
本田:なんでお客さんは皆、ここまで行くんだろうね。
山口:今はなき六本木ヒルズ店を立ち上げた時の店長で、あの時に皆食べに来てたからじゃないですかね。こっちに出して、もう15年になるのかなぁ。
本田:ご主人は結構上の人?
山口:51か2くらい。独特な方ですね。偉そうな態度は一切取らないんですけど、堂々としてるっていうんですかね。元総理大臣が来ても畏まらないし、僕らが行っても「あ、こんにちは!」みたいな感じです。そういう面でも、勉強になるんですよね。料理はとても繊細で行き届いていて。
10年、20年後の食の未来のために
本田:なるほど、それも皆の刺激になってるんだろうね。石川県以外ではどう?
山口:東京はもちろん、結構行きますよ。去年母親が亡くなったんですけど、それまで休みもらってずっと病院行ってたので、去年からその分を一気に回ってる感じです。
本田:一つ、好みのお店を挙げるとしたら?
山口:「ペレグリーノ」さんですかね。全部一人仕事じゃないですか。
本田:共通するものがあるよね。
山口:ちょっと刺激受けますよね。一人でどこまで全部できるのかって。一時感化されて、全部一人でやっちゃおうかなって思ったんですけど、やっぱりできない。
本田:それは無理でしょう(笑)。
山口:あれは、考えて作り込んでやってるし、あのスタイルで見せながらやっているからできることですよね。
本田:そうだね。寿司だったらもうちょっと絞らないと。
山口:そうなんです。お客さんに迷惑かかるようだったら意味がない。自己満足になっちゃうので。かといって人を増やせば色もボケてきます。まだ出せるものがあるんですけど時間が足りないっていうか。
本田:もっとやりたいの? だいぶやってると思うよ。
山口:はい、もっとやりたいです。いろんなことを試しながら。今年はキノコ類とか山菜とかもちょっと取り入れたいなと。10年後の準備をしていこうと思ってるんです。
本田:やっぱり10年後を見据えてやってないとね。
山口:特に今、魚の数が激減しているので、色々考えていかないと。YArnみたいなところは30年後でもできると思いますけれど、寿司は地方の魅力をどうやって出すかが重要だと思います。
本田:もしかしたら、今まで使わなかった魚を使うことで何か変わってくるかもしれない。
山口:ある程度は使い切ったつもりですけど。使えないと思って引き出しにしまいこんでいる魚を使う方法を、今模索してるんですよね。今日はイカスミとか仕込んでみました。イカスミを巻き物に。そういうパーツの部分も、寿司屋らしいやり方で使ってみようかなと思いまして。10年後にそういう形が、コースとしてでき上がってないとちょっと難しくなるかなって思いますね。
本田:資源がね、先のことを考えていかないと厳しいよね。
山口:資源やサスティナビリティについては、今、世界のレストランはみんな考えてますよね。日本だけがこの潤沢な食材の中で遅れている。東京も、食材を集めることに苦心している印象です。地方は、意外と枯れちゃってるところばっかりです。七尾湾にはトリ貝があるんですけど、湾の中の半分はトリ貝が捕れなくなっているんです。
本田:えー! そうなの?
山口:はい。海藻も育たない。温暖化などの影響です。今、県の漁協と養殖を研究しています。10年後の自分らの食材をどう守るか、生き残る準備です。
本田:すし匠ハワイの中澤さんがすごいなと思うのは、ハワイとアメリカの魚を使ってやるっていう考え方ね。このまま行くとネタがなくなって、世界中の寿司屋が全部ダメになっちゃうからって言って、一つでもいいから何か残したいって、今いろんなチャレンジをしている。今まで使わなかった魚を寿司にする、みたいなことが起きてくるのかな。
山口:僕も、東京から帰った時、金沢のとある市場にはコハダが一尾も売ってなかった。東京に行けばトリ貝もあるのに。その時に初めて、素材そのものを生かすことを考えました。食材は、輸送距離が短いほど味は残っています。長くなれば、味が抜ける分、調味料の量が増えていきます。だから、短ければ短いほど料理はシンプルになってくるというか、ならざるを得ない。素材そのものの味を知ってるので、それを壊したくなければ塩だけにしよう、醤油も1滴にしようというように。一般的には味が無くなった分を技術で補わなきゃいけないんだけれど、味があっても技術は進化させたい。食材ばっかり見てると悩むんですが、シンプルになっていくと、余計に。だから都会に技術とトレンドを勉強しに行くんです。
本田:今年の夏、スペインのバスクでもトップの「エチェバリ」のスーシェフやってる前田哲郎が日本でポップアップやるんだけど。
山口:あの子、金沢出身ですよね。
本田:そう、金沢の古民家で、夏の1週間だけ。エチェバリがなんで人気かっていうと、シンプルなんだよね。日本に考え方が近い。食材もシンプルだしでき上がりもシンプルだし。それを自分の出身地の金沢の山の中でやってみるのも面白いかなって。
山口:そういう人が戻ってくれば、金沢の刺激になる。
本田:山口さんがこっちでやり始めて流れが変わったようにね。そして、山口さんが見いだした素材を生かす技法を、みんなに教えてあげてるのがまた素晴らしいよね。
山口:感覚だけじゃなくて、「これはこういう原理に基づいてこの味が出てる」という言い方で説明するようにしてます。シンプルであることって、結局もののエネルギーをいかに生かすかだと思うんです。陸からと海からのエネルギーが味として残るというか。
本田:いい話だね。山口さんの話を聞くと、地球資源も含め、地方で店をやる意味や価値、だからこそ、やらなければいけないことなどがよくわかる。豊富な資源の上にあぐらをかいている東京も実情を理解して、真剣に考えないと、世界から取り残される。いい話をありがとう。
★「すし処 めくみ」の山口さんが通う店はこちら
編集協力:能登印刷
文:小松宏子