本田直之グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店

 

大好評を博している本連載も残すところあと2回。今回登場するのは、日本のレストラン界屈指の“国際派”、「傳」の長谷川在佑さん。世界に認められたシェフが惹かれる店、料理人についてアツく語っていただきました。

1年間を通じて最も行く回数が多いのは?

本田:「The World’s 50 Best Restaurants 2018」では堂々の17位。すっかり世界を舞台に活躍してる在佑だけど、プライベートだとどんな店に行ってる?

 

 

長谷川:年間で一番よく行く店が「幸永」です。

出典:煮カツ大好きさん

本田:職安通りの?

 

長谷川:そうなんですよ。店が神保町にあった頃(2016年末に現在の店に移転)なんか毎週行ってましたからね。月5~6回。神保町時代は、土曜の帰りは必ずタクシーだったので、新宿で降りて通り沿いに出て……。うちの子達も一緒に連れて行って。

 

本田:何がそこまで気に入ったの?

 

長谷川:ここに関しては、値段と、ふとした時に食べたくなる味っていうんですか。歌舞伎町っていう場所柄、人の層が面白くて、まさにアジア。店員も韓国や中国出身の人が多くて、朝7時までやっててめちゃ元気なんですよ。

 

本田:韓国系はすごいよね。ハワイとかコリアンレストランは24時間やってる場合あるからね。「こんな時間に誰が行くんだよ」っていう感じなんだけどいるんだよね。

 

長谷川:いるんですよ、こっちも。僕らみたいな飲食業と、水商売風の女性客と、ホストのお兄さん風の男性客たちが。違和感の塊の中で焼肉食べたりスープ飲んだり、その熱気がすごい好きで。

 

本田:肉は炭で焼くの?

 

長谷川:バーっと炭で。「極ホルモン」っていう、脂つきホルモンが有名で、それを焼くと、ブワァっと煙が出て。店のスタッフが「火事です!」って言いながら氷持ってきて(笑)。キムチチゲがすごく辛いので、「ちょっとホルモン入れて一緒に煮てくれない?」って頼むんですけど、ホルモンの甘みが出て、ものすごく美味しくなる。必ず頼む料理です。

出典:★*さん

本田:へー、スペシャルメニューだ。

 

長谷川:今、美味しいお店がいっぱいありますよね。そういう中で、自分が行く店は、「ここのこの風景で食べるのいいな」とか、「この人に会いたいな」とか、自分がないものを持っていたり、人間っぽいものを求めていたり、ホッとしたかったり。そんな観点で選ぶことが多いですね。

 

本田:ベストレストランもそうだけど、味の好みはどうしたって分かれるからね。

 

“人”に惹かれる店が好き

長谷川:門仲の「魚三酒場」って、僕が店を始める前に、気になって通った店があるんですよ。午後4時から満席。目の前には黒塗りの高級車が停まってる、その人気の理由が知りたくて、とにかく1週間通うと決めて。1階は常連のツワモノ揃いで、僕は怖くて入れなかった。2階もかなりの常連。3階は、僕らくらいのペーペーが行ってもいいとこ。何がすごいって、1回目行っても僕らのことなんか、お客さんだと思ってない。「すみませんビールと……」って言っても無視。で、「すみません」って何度も言ったら、わかったよって顔でビール投げてよこして。その辺においてあるトッピング食べて、20分もしないで出ました。あそこ来ている客はみんなドMなのかと思いましたね。2日目も同じ時間に行って、同じように立って頼んで。もうこれ僕にはわかんないレベルだって思いました。刺身なんかもプラスチックの刺身皿に盛られてくるんですよ。ところが3回目にいったら、すっとビールが出てきて、「あー、すげー俺頼んでないのにビール出てきたー!」って思った瞬間に心を掴まれて。

 

本田:我慢した甲斐があったね。

出典:bottanさん

長谷川:ところが、5日目くらいから調子乗っちゃって、ワーッと喋ったら、お姉さんに一言、「あなた静かに喋りなさい」って。お客さんはもちろん大切だけど、お客さんにルールを守らせるっていうのも一つあって、じゃないとどんどんわがままになっていって、店として成り立たなくなる。それを学びましたね。

 

本田:大事だよね。客と店は対等じゃなきゃいけない。丁寧でなきゃいけないんだけど、へりくだる必要もないし、無茶振りをそのまま受ける必要もないし。

 

長谷川:いなし方が上手いんですよね。「結局何にも聞いてないじゃん!」てことになるんですけど、その空気の持っていき方が、色気があるんですよね。

 

本田:人との関係を取るのが上手いんだね。昔からのそういうところはやっぱり。

 

長谷川:今の時代、言いたいことが言えないからネットで書くようになってますけど、ちょっと前は言えたじゃないですか。店側からお客さんにも言えたし、お客さんも店に言えたし。そういう関係性になんとか僕は戻したくて。

 

 

本田:前にオススメって言ってた「共栄堂」のカレーも人ありきの店?

 

長谷川:神保町はカレーエリア。その中にあって、一軒だけちょっとおかしいんですよ。スマトラカレーっていう独自のジャンルも意味わかんないし(笑)。「ボンディ」が流行るのはわかる。みんなが好きな味だから。共栄堂は初めて食べた時は「これカレーじゃないよ!」って思いました。でもくせになる。

出典:ぴーたんたんさん

本田:写真で見ると、ハヤシライスっぽいよね。

 

長谷川:ここ、ハヤシライスもめっちゃうまいんですよ。カレーは、牛タン、チキン、ポーク、ビーフとバリエーションがあるんですけど、ベースはほぼほぼ変わらない。大将は僕が行くと「うぉー! よく来てくれたね」って大げさなほどのリアクションで。店でのやり取りが楽しくてまた行っちゃう。

 

 

本田:そういうのはいいよね。どの店も、在佑の色が完全に出てるね。店選びはその人の本質が見えて本当に興味深い。地方の店はどう? 結構行く?

 

南の島の愛すべき味

なつかしゃ家 出典:Hiddenさん

長谷川:まず挙げたいのが奄美大島の「なつかしゃ家」と石垣島の「新垣食堂」。どちらも心洗われます。

 

本田:奄美大島の料理っていうのは知らないなあ。奄美の店はどうやって見つけたの?

 

長谷川:知人の紹介で知ったんです。それで実はこの秋、クルーズトレイン「ななつ星in九州」のイベントで、奄美のホテルで料理を作る仕事があるんですが、その件でもまたお世話になります。もともとは、学校の先生が始めた郷土料理の店なんです。教え子たちが島を出ていってしまうと、材料も手に入らないし料理も作らなくなる。島に戻ってきたときに、郷土料理を食べられる店を残しておきたいっていう思いで。すごくいい話ですよね。郷土料理は大切にしたいですね。

 

本田:なるほど、そういう縁なのね。機会があれば食べてみたいね。石垣の「新垣食堂」はどうやって見つけたの?

 

新垣食堂 出典:旅浪漫さん

長谷川:僕、石垣島が好きで。直さんがハワイに行く感覚とはまたちょっと違うかもしれないんですけど、何もしないで完全にオフになる時間を作りに、毎年行ってるんです。新婚旅行も石垣だったんですよ。レンタカー借りてぐるぐる回っていて、夜になってお腹空きすぎちゃって、たまたま見つけたのが、ここの食堂。石垣牛を育てているんですよ、新垣さんという方が。神戸牛とかの素牛で、本当にいい牛。

 

本田:島の北の端っこの方だね。

 

長谷川:目の前にバーっと原っぱが広がっていて、そこに車を停めるんですけど、そこがもう牛のウンコだらけ。ここ2、3年ちょっと店っぽくなりましたけど、最初はプレハブで。メニューは肉そば、肉汁、カレーしかなくて、僕はそこ行ったら必ずそばと肉汁。なんとも言えない豊かなダシの味で、これを食べにまた行きたくなります。

 

本田:この辺はすごく綺麗なビーチがあるところだよね。石垣はトライアスロンのレースがあって、前は毎年行って必ず「炭火焼肉 やまもと」で打ち上げしてた。

 

長谷川:直さんもきっと好きになるんじゃないかな。石垣行く人もたいてい繁華街で食べちゃうでしょう。だから、ぜひ行ってほしい。

 

本田:こういうところなのにって言ったらアレだけど、食べログの評価がまあまあ高い。3.41とか(2018年8月現在)。これは行ってみたい。

 

長谷川:地方ネタの続きですが、大分の、「プノンペンラーメン」知ってます?「中華さと」の。

出典:チキンちきんさん

本田:何それ? プノンペンラーメン、意味わかんない(笑)。

 

長谷川:もうその名前だけで頼むか頼まないかですよね(笑)。僕、大分の小鹿田に友達がたくさんいて、ここはそこの友達と行く店。もちろん、化調は入ってるんですよ。でも、トマトとセロリや、ハーブ系がベースのラーメンがすごくうまくて。あとは、喫茶「ダイヤル」のナポリタン食べたり、「トリブツシ」っていう居酒屋でつまみを食べたり。小鹿田のあたりはちょっとマニアックですよ。今年40歳になって思うんですけど、45くらいまでの間に、海外に出るのを少しずつ減らして、日本の地方にもっと行きたいと思っているんです。一番やりたいのは、全国を回って「傳」をやること。その土地を勉強して、例えば奄美の食材を使った「傳」をやる。より日本を知ってもらうきっかけになるんじゃないかなと、考えています。海外に出て他のレストランで食べると、皆、自分の国をとても大事にしているんですよ。考えさせられます。

 

本田:それはいいね。今、面白い人による面白いもの作りとか、売れるからね。俺も、年のうち3カ月くらいは地方を回ってるかな。東京の方が少ないくらいの感じ。地方はまだまだいいものがあるよ、面白い。

 

長谷川:東京ももう少し、自然に戻っていくべきなのかなと。うちの店も今はおまかせコースですけれど、もっとその人その人に合わせた、人間っぽい料理を出したいと思っています。

 

本田:確かに“パーソナル”はキーワードかもしれないね。ところで、「なるきよ」って行ったことある?

 

長谷川:知らないです。

本田:今度行こうよ。渋谷2丁目にある、俺が世界一愛している立ち飲み屋。福岡の吉田成清っていう坊主でガタイがいい男が店主なんだけど、そいつがすごい。客もみんなちょっと怪しい感じでスーツ着てる人なんていない(笑)。福岡から食材が送られて来て、それを人によって「おまかせ」で出すわけ。もちろんある程度知ってるお客さんじゃないと、そこまでカスタマイズはできないけれど、そのときの状況に合わせて、「じゃあ、直ちゃんこれ食って」とか言って、なんていうんだろうな、昔の家に呼ばれたみたいな。

 

長谷川:直さんが言ってること、僕が思っているのとドンピシャです。お客さんの言うこと聞いてあげているわけでもないのに、すっとはまって、お客さんも嬉しい。その感じがいいんですよね。今回選んでる店にも、全部その片鱗がありますね。

 

本田:在佑は「なるきよ」絶対好きだと思う。一見とっつきにくいんだけど、知るとすごく懐が深い。

 

長谷川:すごくかっこいい。正直、昔のお店って誰でも入れるところではなかったじゃないですか。ある程度きちんとした店で食事をしていて、教養もあってみたいな。だからか、今、コミュニケーションの取り方が下手な人が多くて、そこをなんとか、うまくこちらに引っ張ってあげたいという思いもあって。

 

本田:この間飲んでいるとき、「どっかで見たことあるなこの人」って思ったら、ソフィア・コッポラだったよ。U2のボノが来たこともあったらしい。世界中に愛されてるんだよね。在佑とも共通点あるよ。英語は全然喋れないし(笑)。

 

長谷川:日本語だけですからね。「どうやってコミュニーケーション取るの?」ってよく聞かれるんですけれど、僕もわかんないですよ。「なんか、この人すごく喜んでるな」とか、「この人、この料理はあんまり好きじゃないな」とかね。大笑いしてたらこの人より大笑いしてやろうって。

 

本田:負けないぞ、みたいな。やっぱり気持ちが出てくるんだよね表に。

 

 

王道の店も、人に惹かれる

出典:thanqs.さん

長谷川:次、ちょっと王道をいいですか。「すきやばし 次郎」さんは、毎シーズン必ず食べに行くんですよ。二郎さんが一桁の年の頃から、寿司と向き合っていた深淵な時間をいただきに行くという感じでしょうか。でも二郎さん、子供のまんま大人になっちゃったようなところもあって。面白かったのは、ある寿司屋が初めて食べにきて、座るなり「シャリ、小さめで」って言ったんですって。「『初めてで大きさもわかんねえくせに』って思って、こんなシャリで出してやった」って、小指の先を、嬉しそうに見せるんですよ。

 

本田:やんちゃだね。素敵だよ。

 

長谷川:確かに握りはでかい。でもカミさんと食べに行くと、カミさんのは途中で小さくしてるんですよ、見てると。食べる口の大きさとかちゃんと見ている。握りやお茶を出すタイミングとか、全部手の動きが合図なんですよ。だから必ず一番に座って、二郎さんの手元と動きを見せていただくんです。

 

本田:素晴らしいね。

 

長谷川:やっぱり自分に足りないものを補えたりとか、勉強できる店には行きたいですね。味は好みですから、それより、その人の感性や感覚を学びたいですね。お店を始めた当時は、「美味い」って聞いた店へ行って、「いや、俺の方が美味いな」みたいな気持ちもあったんですけれど、今考えれば馬鹿でしたね。

 

本田:ほかには姿勢を学びたい店っていうと?

出典:サプレマシーさん

長谷川:「成生」さんですね。実は僕、天ぷらがあまり得意じゃないんです。でも、もうなくなっちゃった店ですけど、神保町の「いもや」。あそこは格好よかったですねえ。鍋やりながらお客さんを采配する、年配の人たちのキビキビした動きが。初めて「成生」に連れて行ってもらって、地元の食材を使いながら、新しい天ぷらの形を作って行こうっていう気迫に感動しました。天ぷらに打ち込んでいる姿が本当にかっこよくて。初めてコースで天ぷらを食べながら、「あ、ここ好きだな」って思いました。味はもちろん、あの空間も。

 

本田:成生は料理人で好きな人多いよね。気持ちが伝わるものがあるんだろうね。

 

長谷川:実は、でかい魚とか、成生さんと半分こして「サスエ前田魚店」さんから送ってもらってるんですよ。「成生」はその後、夕方に揚がった魚も出せるから、「きたねえな!」っていつも思いながら(笑)。アジとかイワシなんか、夕方の方がうまいんっすよ。それはかないませんね。

 

本田:なるほどねぇ。

 

長谷川:あともう1軒、「アニス 」も挙げたいです。アニスの清水将さんは孤高の料理人ですよね。あの人の焼き方は、僕にはとても真似できない。あの人はすごい職人です。今、完全に一人でやってらっしゃるので、肉焼いている間はサービスができないんですよ。僕らみたいに仲いい人達はいいんですけど、よく知らない人はとっつきづらいかもしれなくて。でも、あそこはもっとたくさんの方に知ってもらいたいなあ。2~3年前に、清水さんと一緒にメキシコやニューヨークに行って、肉を焼いてもらったときには、向こうのシェフたちがずーっと見てた。5時間6時間かけて焼くんですからね。

出典:ちゃんりな726さん

本田:彼のそういう料理スタイルは、6席くらいのカウンターのスタイルが向いているのかもね。

 

長谷川:実は清水さんに「うちに入って」って言ってるんですよ。「傳」のチームに。で、焼き物をあの人がやれば……。

 

本田:すごいことになる。

 

長谷川:うちの料理を食べるなかで、清水さんの肉を食べる日があってもいいと思う。

 

本田:今後のシェフのキャリアパスを考えると、店を持つリスクが大きすぎるからね、今の日本は。いろんな可能性や生き方を、みんなで考えられるようになったらいいな。店を持つだけがゴールじゃない。

 

長谷川:日本だと、店を持って独立っていうのがゴールみたいに思われているんだけど、お店始めることよりも続けることのほうがずっと大変で。今は海外に行くという目標があって、勉強代だと思ってますけど、一昨年、昨年とうちの店、赤字ですからね。税理士さんに本当怒られちゃって。

 

本田:まあ、投資だね。それも大切なことだと思うよ。他にはどんなところに行くの?

 

出典:ばび蔵さん

長谷川:ちょっと意外なところで「珈琲 散歩」。吉祥寺の少し奥にあって、もう十年以上通ってます。僕コーヒー好きなんですよ。カミさんの実家が武蔵小金井だったんで、吉祥寺は友達も結構いて、ハーモニカ横丁とか、あの辺りのバーに行ったり。吉祥寺って一昔前までは、大人の店が多かったのに、ここ十数年で若者がいっぱいになって、どのお店も同じようになってしまって。そんな中にポンとできた「珈琲 散歩」がすごい新鮮で。初めてカミさんと入ったら、横のところで眼鏡かけた細い男性が、コーヒーをローストしてるんです。で、奥さんが、コーヒーを淹れていて。カップは人を見ながら選ぶんですよ。あんまりテンションが上がってないときに、青空のような色のカップで出されたときには、心を見透かされたと思いましたね。季節のブレンドが自分にぴったり合うので、今でもローストした豆を買ってます。喫茶店がなくなってきた今、神保町の「さぼうる」みたいな、タバコ吸えて原稿書いて、編集者が打ち合わせしてといった、そこにしかない空間も貴重ですね。

 

本田:コーヒー飲みに行ってタバコの香りは嫌っていう人も多いだろうけど、文化としてはね。

 

長谷川:神保町っていうのは、思い入れがすごくあるんです。神楽坂で、料理の世界に入って、神保町でお店を始めて、で今は神宮前。

 

本田:おお、みんな「神」がつく。さすがだね(笑)。在佑の店選びは、一貫して「人」だね。その人らしさが、いかに出ているか。デジタルな世の中にあって、いかに、アナログな人間くさい付き合いを大切にしているか、そして、それを思いださせてくれる貴重な店。今日もいい話をありがとう。

★「傳」の長谷川さんが通う店はこちら。

取材・文:小松宏子

撮影:小野広幸