〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

自然派ワインと調和する、化学調味料を使わない中華料理

いい香りがぷんぷんするカウンター

「香噴噴(シャンペンペン)というのは、中国語で“いい香りがぷんぷんする”という意味なんです」と店主の九鬼修一さん。カウンターからは、油を回しかけた時のこんがりした香りやセイロからのふわーんとした香りが立ち上る。同時にパチパチという油の音やシャンシャンという中華鍋を振るう音も聞こえてくる。香噴噴には中華料理ならではの炎や熱を感じるおいしい雰囲気が充満していた。

奥にはテーブル席もある

「香噴噴」はそれまで担々麺専門店だった同店を2023年8月にリニューアルし、広東料理を中心とした中華料理店に生まれ変わった。営業時間は夜のみでコースやアラカルトとともに自然派ワインや紹興酒を楽しめるようになった。現在のスタイルにしたのは独立する時からの計画だったと九鬼シェフ。「独立前に働いていた、馬喰横山の虎穴(フーシュエ)で自然派ワインに出会ったのがきっかけです。休業中には、代々木上原のマツシマでサービスを経験し、本格的な紹興酒の提供についても学びました」

店主の九鬼修一さんと九鬼彩也佳さん

現在は妻の彩也佳さんとともに試飲会に参加して、店で出すワインを選んでいる。「実は一般的な香港の料理人が作る広東料理には、うま味調味料やチキンパウダーがたくさん使われているんです。私はそうしたものは使わず、伝統的な発酵調味料や昆布、しいたけを挽いて使っています。こうしたやさしい料理には自然派ワインがよく合うんです」と九鬼シェフ。ピュアで香りのあるもの同士の調和は味覚や嗅覚に強く訴えることは間違いない。九鬼シェフの中華料理と自然派ワインは、記憶に残るマリアージュが期待できそうだ。

鮮魚の蒸し物✕ミネラリー白ワイン

香港鮮魚の蒸し物(1人1,500円〜、要事前予約)

香噴噴では冷菜や一品料理、点心、麺類がアラカルトとコースで注文できる。豊洲市場も近いため、海鮮料理の「香港鮮魚の蒸し物」はスペシャリテとなっている。この日の鮮魚は、鹿児島産のアズキハタ。皮のゼラチン質がおいしいハタは、1.2〜1.5キロの大きめのサイズを使用し、5日間かけて熟成した後、蒸して醤油だれをかけて完成。しっかり乾燥して熟成させた白身魚は上品でふっくら。やさしい味の中華醤油のソースがよくなじんでいた。

ドメーヌ・ド・ラ・トゥーレーズのシャルドネ・レ・ボワジン2018(グラス1,400円、ボトル10,500円)

料理にワインをペアリングすると、九鬼シェフは料理をさりげなくアレンジしてくれる。鮮魚の蒸し物には発酵した塩レモンのスライスが添えられている。合わせたワインはフランス・ジュラ地方のシャルドネ。「色は濃いですが、樽が強いわけではなく、熟したりんごのような味に軽いトースト香が混じったミネラル感のある白ワインです。芳醇な香りと豊かな酸が白身魚にも付け合わせにもよく合います」と彩也佳さん。塩レモンが添えられたことで一体感が増しており、九鬼シェフのアレンジも光っていた。

クリスピーチキン✕アロマティック白ワイン

森林どりの脆皮鶏(チョイペイカイ)(1,800円)

飴色に輝く香港式クリスピーチキン「脆皮鶏(チョイペイカイ)」も香噴噴の名物。パリパリとした皮は丸1日水分を抜いて、飴を塗りながら油を回しかけて仕上げられたもの。焼き上げるのにはコンベクションオーブンが使われ、しっとりジューシーに中までおいしく作られている。脆皮鶏には、青唐辛子の漬物やパクチーなどが入ったミントのソースと山椒塩が添えられていて、爽やかな味にアレンジできるのもうれしい。

ドメーヌ・ガングランのアルザス ゲヴュルツトラミネール2021(グラス1,400円、ボトル10,500円)

脆皮鶏におすすめなのは、フランス・アルザス地方のゲヴュルツトラミネール。「ライチの甘い香りと酸・ミネラルがあって、しっかりと味の染み込んだ脆皮鶏がすっきりといただけます」と彩也佳さん。皮のパリパリとした部分は食感が小気味よいだけでなく、ふんわりと五香粉の香りが漂い、しっとりとしたチキンの味とのコントラストもいい。爽やかなミントのソースにはライチやバラの芳香とキュッとした酸、蜜のような味が心地よく調和していた。

ラム焼売✕エレガント赤ワイン

ラム焼売(2個600円)

メインディッシュを食べた後、もう少しお腹に余裕があれば、点心がおすすめ。「ラム焼売」は、ラムをクミンと黒胡椒でスパイシーに仕上げた一品。粗めに挽いた噛みごたえのあるラム肉には、パクチーの茎を細かく刻んだものが入っており、セイロの蓋をあけたときも口に入れたときも、いい香りが鼻をくすぐる。ワインが好きな人には特に好評というのがうなずける。

フレデリック・コサールのヴェルシオン・スッド2021(グラス1,300円、ボトル8,000円)

ラム焼売には、フランス・ローヌ地方のカリニャン主体の赤ワインをペアリング。「赤いベリーやスパイス、ハーブの香りがあって、独特のラムの香りを引き立ててくれます。オイリーなラムをエレガントな風味できれいに包んでくれるところもおすすめです」と彩也佳さん。ラム焼売と深みのあるきれいな赤ワインはぴったりの組み合わせだった。

九鬼シェフの「私が恋した自然派ワイン」

セバスチャン・リフォーのサンセール・ブラン サウレタス2014(グラス1,400円、ボトル9,500円)

九鬼シェフは、自然派ワインとの出会いとなった一本を紹介してくれた。

「2014年頃に初めて飲んだ自然派ワインがセバスチャン・リフォーのサンセールでした。それまでは通常のワインしか飲んだことがなく(同じ品種の)ソーヴィニヨン・ブランはハーブ香が強くパンチのあるワインというイメージでした。

ところがセバスチャン・リフォーのサンセールは、ハーブ香はおだやかで蜂蜜や柑橘類の風味があって、きらきらした味わいがしました。僕が作る化学調味料を使わない中華料理と合わせてもなじんでいくだろうというのが想像できたんです。そこから自然派ワインのテイスティングを始め、いまに繋がっています。セバスチャン・リフォーは、僕にとって中華料理とのマリアージュを始めるきっかけになった一本です。お店でも扱っていますので、ぜひ合わせてみてください」

やさしい味の自然派ワインをラインアップ

香噴噴では、九鬼シェフの作る香りの豊かな中華料理に合う自然派ワインが用意されている。「うま味調味料やチキンパウダーを使った味の濃い一般的な中華料理であれば、カリフォルニアや新世界のワインでいいかもしれません。でも、素材の味を生かして調味料を使い分けている料理には、繊細な自然派ワインでなければ合いません」と九鬼シェフ。同じ自然派ワインでも、ボリューム感やタンニンの加減で合わないワインがあるため、日夜、料理とのペアリングを検討してワインが選ばれている。現在は、グラス8〜9種類(900〜1,400円)、ボトル50種類(4,800〜20,000円)が用意され、フランスやイタリア、ジョージアなどが中心。ペアリングはサービスを担当する彩也佳さんに相談してみよう。

ふたりで訪れるのにぴったりの中華料理

カウンターで中華鍋を振るう九鬼修一さん。その周りにはいつもいい香りが充満している
外観

九鬼シェフの作る中華料理は、しつこい味が喉の奥に残るようなことは一切なく、豊かな香りや素材の旨みが繊細に引き出されたきれいな味わいだった。しっかりと吟味してペアリングされた自然派ワインとのマリアージュはまさに至福。場所は、木場からも東陽町からも同じくらいの距離にある。中華だからと大皿料理ではなく、ふたりで訪れるのにちょうどいい量。九鬼シェフが導く、香りとピュアな味が織りなすマリアージュをぜひ体験してみてほしい。

※すべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:木村雅章