〈今夜の自腹飯〉
予算内でおいしいものが食べたい!
食材の高騰などで、外食の価格は年々あがっている。一人30,000円以上の寿司やフレンチもどんどん増えているが、毎月行くのは厳しい。デートや仲間の集まりで「おいしいものを食べたいとき」に使える、ハイコスパなお店とは?
教えてくれる人
小寺慶子
肉を糧に生きる肉食系ライターとして、さまざまなレストラン誌やカルチャー誌などに執筆。強靭な胃袋と持ち前の食いしん坊根性を武器に国内外の食べ歩きに励む。趣味はひとり焼肉と肉旅(ミートリップ)、酒場で食べ物回文を考えること。「イカも好き、鱚もかい?」
阿佐谷の街角に食通がこぞって通う本物のスペイン料理店が!
――本物のスペイン料理を体験するなら、ここへ行くべき。
食通の間でそう語り続けられる阿佐谷「anocado restaurante+」の前身となる店が高円寺北口にオープンした2010年は、南アフリカで開催されたFIFAワールドカップでスペインが歴史的勝利をおさめた年でもあった。それまで多くの日本人にとってあまりなじみのなかったスペイン料理店が増えはじめたのもこの頃で、カジュアルなバルからモダンなガストロノミーまでさまざまな店がそれぞれのアプローチでその魅力を伝え、ファン層を拡大してきた。
「anocado restaurante+」もまた、東京のダイニングシーンにスペイン料理の新たな潮流を生み出した一軒だが“穴場”と呼ばれる理由は、その立地も少なからず関係しているように思える。今も昔も変わらず、独特の“中央線カルチャー”が息づく高円寺、阿佐谷界隈は音楽好きや古着愛好家が多く集うエリアとして全国的に知られている。飲食店も大衆的な酒場からラフに楽しめるビストロやトラットリア、エスニックまであらゆるジャンルがそろい、この場所に暮らす人や訪れる人の好奇心と胃袋を大いに満たしている。そうしたムードとの親和性も相まって“穴場のスペイン料理店”は人気を集め、2012年に現在の場所に移転した後は、さらにコアなファンの心を掴む店となった。
2012年に「よりよい環境とサービス」を求めて阿佐谷に移転し、その際に「その角曲がる」から「anocado restaurante+」に店名を一新。外観はカラフルなエメラルドグリーン、オープンキッチンの奥にガラス窓をはめこんだ珍しい造りが、開放的で楽しげな雰囲気を生み出している。「最寄り駅のない場所でわざわざ足を運んでもらえる店をつくりたかった」と話すのはオーナーシェフの結城優さん。カウンターには自社で輸入しているハモンイベリコがどんと鎮座。ショーケースに並べられたタパスも食いしん坊の心を引きつける。
パエリアの本場・スペインの大会で何度も優勝した、店主の熱き思いとは?
学生の頃からパンクバンドのメンバーとして活動しながら、レストランでのアルバイトにも精を出していた結城シェフは、高円寺の多様性や町の大らかで自由な空気感に長く魅了されてきた。バンド解散後は和食店やスペインレストランでの修業を経て、愛着のある高円寺に自身の店をオープン。2012年に現在の場所に移転する際「わざわざでも足を運んでもらえる場所に」という思いを持ちながら、同エリアから離れすぎない立地を選んだのは結城シェフにとって、自分の理想とする古典的なスペイン料理を深掘りするのにもっとも適しているのはここしかない、という直感が働いたからかもしれない。
そして、結城シェフを語る上で欠かせないのが、スペイン料理の代表格とも言えるパエリアに注ぐ情熱だ。「日本で国際パエリアコンクールの予選大会が始まったのは2014年。わりと自信はあったのですが、2014年もその翌年も残念ながら予選敗退でした。パエリアって、語源はpara ella(彼女のために)という意味から来ていて、スペインでは男の料理と言われているんです。伝統を大切にしながら、レストランでも家庭でも作る人がそれぞれのこだわりを持っている。生活の中心にあって、人と人との交流を担う大切な食文化。パエリアのそういう部分に強く心引かれたのだと思います」
来る日も来る日も試作を重ね、2016年にはその思いが実を結び、日本予選で3位を獲得。念願叶ってスペイン・バレンシアで行われる世界大会への出場を果たした。そして、2017年のコンクールの日本予選で見事優勝、さらにはスペインだけで20チームが参加した現地開催のコンクールの国際部門でも優勝をおさめ、名実ともに“チャンピオン”となった。