【発明レストラン】

〜勝手に「料理ノーベル賞」vol.2〜「原宿 東郷記念館の『東郷肉じゃが』」

ある人が思いついたり、店がオリジナルに開発して、それがその店だけの特別メニューになったもの、それが真似されて普及し世間の当たり前メニューになったもの、そんな料理を最初に考えついた料理人を、リスペクトするし、作った料理店を好きになってしまう。

 

こうした料理人や料理店メニューを紹介できたらと思っていくつかご紹介したい。

元祖肉じゃがはどんな味?

第2回は原宿駅から徒歩5分の基本は結婚式場の「原宿 東郷記念館」。

日露戦争で活躍した東郷平八郎連合艦隊司令長官は、イギリス・ポーツマスに留学した際に食べた「ビーフシチュー」を気に入り、日本に帰国してから海軍料理長に艦上食として作らせたと言われる。その際、食材を「ジャガイモ、玉ねぎ、人参、生牛肉など」と伝えるものの当時の日本にワインが簡単に手に入るほどある訳もなく、バターもない。そこらにある調味料では本来のシチューが作れず、醤油、砂糖、胡麻油などを駆使して、シチューとは似て非なる「肉じゃが」が誕生したという説が最も語られている肉じゃが起源説である。

 

実はこの頃は「肉じゃが」とは呼ばれず「甘煮(あまに、または、うまに)」と呼ばれるものであって、「肉じゃが」と名付けられることになるのは、その後だいぶ経って、最近の昭和49年に料理本に出てきたと言う説もモノの本にはあるが、それを遡ること数十年前、僕が子供の頃に普通に食べていたしその頃から肉じゃがと言われていたと思うのでその説はどうなんだろう?とも思う。確かに戦後の昭和についた名前ではありそうだが。

 

明治時代のこの東郷平八郎司令長官の命令からひょんな形でできた「肉じゃが」。
その「肉じゃが」をテーマに話を進めていく。

 

つい先日の2018年2月某日、4回目となる「チャリティ食事会」に「原宿 東郷記念館」からお知らせを受け、「元祖肉じゃが」を食す機会をもらった。この日の会を入れて2015年からこれまで3回ほど来させていただいているが、この連載2回目のテーマとして面白いと思ったので、結婚式場の「原宿 東郷記念館」を運営する(株)東日の日下淳史社長と小川智明さんにじっくりお話を伺った。

 

1回目の2015年で作られた「東郷肉じゃが」のレシピは『海軍五等主厨厨業教科書』(海軍教育本部編、帝国海軍社出版部、大正7年発行)※1。舞鶴の海上自衛隊にて保管)に載っているものを参考に、東郷平八郎の出身地である鹿児島に因んだ調味料を使用してかなり忠実に作ったもの。この頃はこんな味であったであろうと若干イマジネーションも入れて再現。正直相当甘い味でご飯なしには食べられなかった記憶がある。

※写真資料提供 (株)東日

今年は松花堂弁当の1つのおかずの一つに「肉じゃが」が入る構成。味も調整されて食べやすくなっていた。もちろん当時と同じく牛肉、蒟蒻、馬鈴薯(じゃがいも)、玉ねぎ、胡麻油、砂糖、醤油、さらには人参が追加され入っている。

東郷肉じゃが

 

お弁当全体のバランスも良く、肉じゃががしっかりと主役を張っている。
この時のイベントではお弁当の価格は、東郷(トオゴ)に合わせて1食1050円。「勝利の神」として広く知られる東郷神社らしく、松花堂弁当の売り上げは、日本障がい者スポーツ協会に寄付がされている。

 

昭和のある時期からその後「肉じゃが」は家庭の味として急激に普及していく。10年ほど前の調査でも子供が大きくなった家庭での肉じゃが出現率は相当上位に入っている。

 

ある時期から家庭料理としての「肉じゃが」は女性が美味しく手作りできると男が惚れる代表料理として位置付いたが、最近はそれほど、ありがたがられてもいないような気がする。メインの料理でもなくむしろサイドメニューでもあるし。

 

最近はだいぶ交錯してきているが、元々肉じゃがの素材は関東以北が豚肉、関西方面が牛肉といった違う肉文化であったことも不思議だ。何故か東郷司令長官が牛肉で始めたにもかかわらず、出身地の鹿児島、その周辺の沖縄、宮崎は飛び地のように豚肉文化で普及する。

 

面白い事象も起き始めている。東郷平八郎が初めて司令長官として赴任したのは舞鶴鎮守府であったため、舞鶴市が「肉じゃが発祥の地」を1995年に宣言。その3年後の1998年には東郷平八郎が参謀として赴任していた広島県呉市も肉じゃが発祥の地を宣言。ただし、ここが面白いのはそうとも言い切れないと思ったのか「肉じゃが発祥の地?」と?まで付いていること。

 

こうして後世まで様々な形で影響を及ぼすことになる「肉じゃが」というメニュー。その受け入れ度合いや、波及力を考えると発明メニューとして褒め称えないわけにはいかない。

 

もちろん「原宿 東郷記念館」のように元のレシピになるべく忠実であるように作るところもあれば変化させてオリジナルに昇華させて行くところもある。

名定食に見る、肉じゃが進化論

ここで都内に「肉じゃが」で評判の店があるので、いくつかご紹介させていただく。

まずは浅草雷門近く、駅で言えば「田原町駅」そばにある若干高級な居酒屋「酒房 柿汁」。

タレントの坂上忍が絶賛した「肉じゃが」は来店客のほぼ100%が注文するほどに人気。小さなじゃがいもはあらかじめ茹でてあるものの、ブロック牛肉は注文を受けてから個別に調理し、火は通っているものの中まで煮込まれないように赤い部分が残っている。そのため絶妙な柔らかさを保ち、味も嫌味ない甘辛さで美味しい。

 

夜のみの営業だが、店主は午前中仕込みをして昼間は外出、夕方に店に戻ってくるので電話予約を入れたい時は昼までか夕方16時半過ぎが良い様子。その他、海老真薯もオーダーマストアイテム。

もう一つは東京駅黒塀横丁にある「為御菜 (おさいのため)」の「我が家の肉じゃが」。この日はランチタイムに遅れて15時近くからの昼食。

ランチタイムだとセットで1,500円で食べられるが、この日はランチタイム外訪問だったので「我が家の肉じゃが(1,050円)」と「ごはんと味噌汁(740円)」で、1,790円となった。

「我が家の肉じゃが」の肉は豚肉。大きなジャガイモが丸々1個分どーんと来る。
その他「揚げ、ネギ、ワカメの入った量たっぷりの味噌汁」と「炊きたてごはん」。

このコシヒカリのごはんがなんとも甘みがあり、少し硬めの絶妙な炊き具合。肉じゃがを美味しく食べるにはごはんの美味しさも大変重要な要素だということを教えてくれる。

さらに西早稲田「ひまわり」の肉じゃが。人気メニューで『「ひまわり」=「肉じゃが」』のイメージ。

肉じゃが単品では用意がなく、サイドメニューなのか主役なのか分からない役割の定食。今回は「肉じゃが&メンチカツの定食」をいただくことに(820円)。

ボリュームがあり、ドーンとした大きなジャガイモが2つ丸々入っている。これだけでお腹いっぱいになりそう。その分ご飯を少なめにしたが、この店もご飯の炊き方が上手。炊き具合がたまらない。

肉じゃがの味付けは、甘過ぎず、ちょうど良い。

豚肉はとても柔らかく煮込まれ美味。

ちょっと他で食べる豚肉と食感のレベルが違う。

ジャガイモへの出汁の沁みこみ方も絶妙。

これ以上煮込むと崩れそうなくらい柔らかく煮込んでいる。

玉ねぎの甘み、人参のほのかなえぐみ、インゲンのシャキシャキとした食感、全てが肉じゃがのために活かされている。

そして最後に先ほど取り上げた「原宿 東郷記念館」の「東郷肉じゃが」がその館内にある「Togo cafe」に4月中旬からいよいよ定番メニューとして提供されることになる予定。

 

一度、肉じゃが伝説の生まれるきっかけになった東郷司令長官にちなんで作られた「東郷肉じゃが」も食べてみてほしい。

この「肉じゃが」という発明品はここ数十年でいつの間にか日本中の家庭内に、居酒屋に、定食屋に広がることになった。

 

こんなみんなに受け入れられたメニューを作るきっかけになった東郷平八郎司令長官、そしてその肉じゃがを歴史にちなんで再現した「原宿 東郷記念館」に対して食べログから、是非勝手に「料理ノーベル賞」をあげてほしいな。

 

 

※参考資料
海軍食グルメ物語(光人社、高森直史著)
海軍肉じゃが物語(光人社、高森直史著)
海軍厨業管理教科書(海軍経理学校発行 ※舞鶴にある海上自衛隊第四術科学校保管)
『海軍五等主厨厨業教科書』(海軍教育本部編、帝国海軍社出版部、大正7年発行)