伝説のTV番組「料理の鉄人」のブレーンを務め、現在も食にまつわるプロジェクトをいくつも手がけている川井潤さんによる本連載。今回の“発明”は超人気レストラン「シンシア」のこのメニューです。

【発明レストラン】

~勝手に「料理ノーベル賞」~vol.3「シンシアの『5つの味のトマト』」

ある人が思いついたメニュー。店の誰かがオリジナルに開発して、それがその店だけの特別メニューに仕立て上げられていく。ある時それが真似されて普及し世間の定番メニューになる。そんな料理を最初に考えついた料理人を、リスペクトするし、作った料理店が好きになる。

 

こうした料理人や料理店メニューを紹介できたらと紹介させていただいている。

予約困難なフレンチのスペシャリテ

第3回は北参道駅から徒歩5分、今や大人気で予約困難なフレンチレストラン「シンシア」。

この店のスペシャリテはいくつかある。前身の「バカール」時代から人気の「蟹味噌ベースのソースで食べるバーニャカウダ」。

これもバカール時代の人気料理でしばらく封印されていたが復活したメニュー「イワシとフォアグラのココット」。

そしてもうひとつ、一昨年のオープン時に開発し、当初は定番メニューではなかった「鯛焼き」。今では超人気メニューになっている。基本はパイ包み料理の変形。鯛の形をしたパイ皮の中に、季節によって魚をえて夏はスズキ、冬は真鯛を入れた一品。アメリケーヌソースと絡めて食べると口の中にふくよかな美味しさが広がる。

今回はこのメニューがテーマではないが、石井シェフのフランス料理の素晴らしい技術があるからこそできて、茶目っ気ある熱い性格と客のニーズを捉える才覚が出ているメニューなので紹介させていただいた。

ただのミニトマト、のはずなのに…

今回のテーマメニューは「5つの味のトマト」。シンシアで食事の一番最初に出てくるメニュー。見た目は単なるミニトマト。それが実は奥深い。

口の中に丸々放り込むと複雑な風味が広がり、かつ、味の集約感もある。

最初は、なんだ?と思っていると、後から美味しさが広がってくる。

 

実はこれ、苦味、甘味、辛味、塩味、酸味の5つの味が揃っている一品。さらに言えば旨味もある。砂糖の甘味、塩の塩味、ハーブの苦味、胡椒の辛味。そしてミニトマトは酸味を含みさらには旨味である「グルタミン酸」「アスパラギン酸」をたっぷり含んでいる。シンプルだけど、深くて印象的なひと皿。

 

そして各種の食感も楽しめる。グラニュー糖がシャリシャリ感を出すと同時にトマトの皮の歯ごたえ、さらに噛み込むとプチュっと弾ける中身の柔らかさ、それと同時に5つの味が徐々に口の中に浸透してくるので、口の中も舌も、そして鼻腔も頭ももちろん胃袋も刺激され活動を始め、この後出てくる皿が楽しみになってくる。

 

石井シェフが惜しみなく教えてくれたレシピは以下の通りだ。

 

グラニュー糖と水をカラメルになる少し前くらいまで煮詰めて、バットにオリーブ油をひいて、岩塩と胡椒をふる。

 

 

・ミニトマトをそのまま前述のグラニュー糖のカラメル少し前の状態のものに半分くらいまでつけてバットに並べていく。

 

 

仕上げに若いローズマリーをヘタのところに刺していく。若いところが肝だそう。好みで、バットにタイム等のハーブを入れても良いという話もシェフから聞いた。

 

 

・トマトはそのまま。

 

 

切れ目みたいに見えているのは、グラニュー糖をつけたところまでの境目部分。

 

 

ところが、同じように自分で作ってみると、これがこうは美味しくできない(レシピを聞いたら簡単にできるかなぁと思ってしまった。作れるには作れるが、食べてみたら全くの別物)。まあ、石井シェフはプロだし、僕はど素人だからと、逃げるのは簡単だが、実はそれ程シンプルなものでなく、いや、シンプルだからこそか、奥が深い。

 

砂糖のちょっとした量やタイミングで味は全然変わるそうだし、塩は中世から塩の名産地であるイギリス東部の 「マルドン海峡の結晶の塩」を使うことに行き着いたそう。サクッとした結晶、まろやかで旨味のあるあと味。

 

濃縮した海水を煮詰める製法。世界の料理人を引きつける塩だそうで「英国王室御用達」。

そしてさらに「粗挽きの胡椒」を使用するところまでに到達するには長い道のりがあったと言う。途中過程ではコリアンダーも入れたりの試行錯誤。

 

トマトのちょっとした食感でも味は変わる。「たかがトマト、されどトマト」と石井シェフは言う。

 

今でも実は少しずついじっていて、味の終着点はないのだそう。

 

元々、この料理のヒントは石井シェフが修行していたフランスの3ツ星レストラン「ミシェル・トラマ」で出していたトマト料理。

トマト、砂糖、塩、ローズマリーのヘタ、などを使ったものだったそうで、確かに素材だけを聞けばそちらが起源だとも言えるが、残念ながらその時点では「五味」という概念は入っていなかったそう。

 

側から見ていると、その概念を与えることで料理に命が宿ったのではないかと思う。

 

この後27歳で日本に戻り、その後は、大箱の店でも、前店の「バカール」でもずっとこの料理を出し続けた。いつしか「五味」という概念を与え、メニューがハッキリとした輪郭を持ち、人気定番料理として位置付いた。

「五味」が浸透中!?

「五味」という発想は、実は最近いくつかの店のメニュー広がりを見せ始めている。面白い発展形としては門前仲町にあるダイニングバー「酒肆 一村 (シュシ イッソン)」には5種のレモンサワーというメニューまでできていて、訪ねてみたら超人気で満席、2度目のトライとして当日の午後6時半からの予約を試みるも満席。結局夜11時近くに店の席が空いた為入れてもらった。

ここのレモンサワーは次の5種。

①名代レモンサワー…これはスタンダードなレモンサワー。

②塩味レモンサワー…普通に塩を加えて、特徴的に。

③甘味レモンサワー…甘めのジンを使って。

④辛味レモンサワー…ジンを唐辛子につけて、大分産の柚子胡椒も使って。

⑤苦味レモンサワー…小さな強力薬草酒 ウンダーベルグの苦味を利用。夏バテ防止に良いらしい。

 

この「酒肆 一村 (シュシ イッソン)」のレモンサワーには酸味を謳ったものはないが、レモンが酸味なのでもちろんこれは全てに入っている。

 

決してこの店の「5種のレモンサワー」がシンシアの「5つの味のトマト」と関連しているわけではないと思うが、あるメニューに「五味」という言葉を与えることで、一つの魅力あるメニューとして言語化させたことが素晴らしいと思う。

こうした展開が始まっている「五味」をハッキリ意識した料理に昇華させたシンシア石井シェフに、食べログから是非勝手に「料理ノーベル賞」をあげて欲しいな。