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春になると食べたくなるのが、ふんわりとしたスポンジに、クリームやフルーツが盛られたショートケーキ。そこで、ショートケーキに目がない、グルメなあの人に緊急アンケート! 思い出の味から、人気パティスリーのモダンなものまで、ショートケーキラバーの愛する逸品たちを、日本全国からご紹介。
ショートケーキの履歴書【Vol.1】
『料理通信』君島佐和子さん編
履歴書ファイルNo.1は、雑誌『料理通信』の編集主幹を務める君島佐和子さん。国内外の食の最前線を知る君島さんならではの視点で選ばれた、4つのショートケーキは、味や見た目が完璧なのはもちろん、細部にまで作り手の思いが込められたものばかり。目や舌、心までも満たされる、とろけるような至福感を味わって。
1.そのゴージャスさに心を奪われた、君島さん的インパクトナンバー!
カー・ヴァンソン「シャンティイ・フレーズ」
「シャンティイ・フレーズ」1500円
「お店でその姿を初めて見た時、目を疑いました。絶対に持ち帰れないだろうと思われる背の高さ。でも、なんてゴージャス!と心奪われました。チョコレートケーキやチーズケーキは濃密な凝縮感が魅力だったりします。でも、ショートケーキは逆。ふんわり軽やかな層の重なりがうれしい。だからこのどデカさはうれしいんですよね」と君島さん。高さは驚きの約15センチ。持ってみるとズシリと重みもある。
店主の石井ヴァンソン敬子さんは、これまでのショートケーキのイメージを変えたい!という思いで、もっとワクワクして、食べた人が幸せになるものをとこの大迫力のショートケーキを考案。「そのためには体にもいいものでなくてはいけないので、材料の質にも妥協しません。今日食べた方が、おいしかったからまた来ちゃったと言って、翌日も来てくれるようなものを作り続けたい」と語る。
「ヴァンソンさんは天才型パティシエで、“もっとおいしく”“もっといいものを”という思いが強すぎて、時折、ケーキが爆発してしまうタイプ。見た目は奔放ですが(笑)、クリームやスポンジ、イチゴ果汁のシロップをこっそり忍ばせているところなど、仕事は極めて緻密です」との君島さんの言葉通り、細部にわたるまで工夫に溢れている。
スポンジは、たくさんのイチゴ(甘王を1ホールにつき1ケース<4パック>を抱き込むため、しっとりさだけではなく弾力も必要になる。通常であれば50分程度でできてしまうところを、ヴァンソンさんは3時間ほどかけて生地を混ぜて焼きあげる。さらに、イチゴとスポンジを一体化させるために、両側面を切り落としたイチゴを、前日の夜7時にはサンドし、一晩かけてじっくりとイチゴのジュースをスポンジに染み渡らせている。その際切り落としたイチゴは、フルーツシュガーでマリネしてから煮てシロップにするのだが、イチゴの状態に合わせて、スポンジのどの段にサンドするかを決めているそうだ。
ホールは4500円。華やかに盛られたイチゴやベリーが春の訪れを教えてくれる。季節によりデザインが変わる。
生クリームにも隠されたお楽しみがある。内側にはイチゴのジュースに負けないよう高脂肪のものを、デコレーションにはブレンドして軽めのものを使用していて、口に入れたときの味の一体感を楽しんでもらえたらと話す。販売期間は、あまおうが出回っている時期のみ。旬のこの時期にぜひ!
石井 ヴァンソン 敬子さん
1996年、渡仏。「ドゥース・エ・パティスリー」、ホテル「George V(ジョルジュ・サンク)」に勤務後、「JEAN-PAUL HEVIN(ジャン=ポール・エヴァン)」に勤務。四つ星ホテル「ロワイヤル・モルソー」でスー・シェフとしても活躍。2005年春に帰国し、2006年12月に、パティスリー「K.ViNCENT」開店。ケーキ類は全て数量限定。絶対に手に入れたいならオープン前から並んで!
2. ショートケーキの“異変”に気づいたきっかけとなった、エポックメイクな名作
シンフラ「SSC」
「SSC」485円
「私がショートケーキの変化を感じ始めたのは2007年、約10年前でした。パティシエから『 “クリームと同時に消える生地”を目指して焼いている』という声を聞くようになったのです。『料理通信』2011年2月号のスイーツ特集時には、『これはもう“飲むケーキ”!?』のタイトルで記事にしています。2013年、トップレストラン、NARISAWA出身のパティシエが独立したと聞いて店を訪れ、このケーキを見た時、あまりの可愛さにメロメロに。そして、あまりの喉越しの良さに絶句。コレ、パティシエの中野慎太郎さんが、まさに『飲むショートケーキ』をコンセプトに作ったものなんです。ショートケーキが駆け抜けるように進化して『ここまで来たか!』を実感した瞬間でした」と君島さん。丸のままのイチゴがごろっと入っていて、一口食べると口の中がイチゴの果汁でいっぱいに。薄くてふんわりとしたスポンジが果汁を吸うと、それはまるでショートケーキを飲んでいるような感覚になるから不思議だ。
中野さんが食べて嬉しいのは、イチゴがいっぱい!と感じるショートケーキ。主役はあくまでもイチゴ(北海道の無農薬の、さがほのか)で、それに合わせてクリームやスポンジとのバランスをとっているとのこと。
味のアクセントになっているのが、上に絞ったクリームの下にしのばせたラズベリーのジャムと、スポンジにしみこませているイチゴとラズベリーのシロップ。煮詰まった果汁のコクとフレッシュなイチゴを合わせることで、よりイチゴの味が引き立ち、甘みと酸味のバランスも完璧になる。「練乳をつけて食べるイチゴのイメージ」(中野さん)なので、クリームは脂肪分50%と高めだが、さらっとした味わいなのも特徴だ。
細長くカットされているケーキの中から、ゴロンとしたイチゴが出てくると幸せ感倍増。イチゴへの愛を感じる一品だ。
通常、イチゴはできるだけ丸のままの状態でデコレーション。口に入れたときに、勢い良く果汁が広がる。また、作り置きはしていないが、ショートケーキのホールは4、5、6号(〜4800円)までなら当日でも購入可能。制作に1時間ほどかかるので、事前に電話を。
中野慎太郎さん
辻調グループ フランス校卒業後、Francois Pralusにて研修。帰国後、「タイユバン・ロブション」(現Joel Robuchon)にてパティシエとして勤務。その後、「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」(現NARISAWA)にてシェフパティシエとして経験を積む。2013年11月、パティスリー「Shinfula」をオープン。店名は、両親から授かった名前の一部と、祖父が生前好んで良く聞いていた落語の言葉 「フラ」(なんともいえない天性の魅力の意味)を合わせた造語。店内の「不思議の国のアリス」をイメージした内装も可愛い。
まだまだある。君島さんのとっておき
3.君島さんのベスト1!
パティスリーリョーコ「ジャポネ」
「ジャポネ」直径14cm 3200円 、直径16cm 4400円 直径18cm 5600円
「私にとっての、ベスト1ショートケーキです。カステラのような、卵の黄身のコクがしっかり感じられる生地がすばらしくおいしい!」と君島さん。口どけなめらかなスポンジと生クリーム、そこにサンドしたフレッシュイチゴと木苺のジャム。シンプルな素材の、最高のハーモニーが味わえる。
「『料理通信』2017年2月号のスイーツ特集で、『ショートケーキ・テイスティング』を企画した際、どうしてもラインナップに入れたくてお店を訪れると、完全予約制になった旨の貼り紙が…。あの時のショックは忘れられません。食べたいと思った時に買いに行けないのは、とても残念ですが、パティシエの竹内良子さんはきっとご自身の仕事の質を落とさないために完全予約制にされたのだろうと思うのです。そういう選択も大事だよなぁと、いろいろ考えさせられた思い出があります」。大切な日のために用意したい、作り手の思いが込められたスペシャルなショートケーキだ。
4.食べる前から一目ぼれした、憧れケーキ
ロトス洋菓子店「たまごのショートケーキ」
「たまごのショートケーキ」450円
「『料理通信』では、関西の取材は関西のライターさんにお願いしています。届いてきた写真や原稿を見ては、“この店に行きたい”“このお菓子を食べてみたい”とワクワクして、いち早く読者気分を味わっています。その中でも、写真をひと目見た時から「コレ食べたい!」と激しく欲望をかき立てられたのがこのケーキでした」と、君島さんが、ビジュアルと原稿だけで一目ボレしたのがこちら。
「見ただけで私の好みだとわかってしまったんですよね(笑)。卵のおいしさを前面に押し出した生地。その生地を味わわせるため、フルーツを使わずに、生地とクリーム(生クリームとカスタードクリーム)だけというシンプルな構成――などなど、すべてが私の理想でした。そして1年後、やっと京都のお店を訪れるチャンスがあり、食べることができたのですが、やはり思い描いた通りの、大感動の味でした」。シンプルな中にも深みのある、はんなりとした気分にしてくれるショートケーキ。京都旅のティータイムにもおすすめだ。
PROFILE
君島佐和子(きみじま・さわこ)
栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒。株式会社パルコ、フリーライターを経て、1995年『料理王国』編集部へ。2002年より編集長を務める。2006年6月、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て、2017年7月から編集主幹に。辻静雄食文化賞専門技術者賞の選考委員。日経新聞の日曜朝刊「NIKKEI The STYLE」に寄稿。デザイン専門誌『AXIS』、マガジンハウス『アンド プレミアム』でコラムを連載。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。
撮影:安彦幸枝
取材・文:神山典子