教えてくれる人

猫田しげる

20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」(手帖好き?)などで記事執筆。めったに更新しない猫田しげるの食ブログ 「クセの強い店が好きだ!」。

有名和食店の料理長を歴任し、待望の独立オープン!

「あの名料理人が独立して新店をオープンするらしい」という噂は、少し前から私も耳にしていました。そして、満を持して2023年7月9日に開店。名店の多い福島の、駅から10分ほど歩いた静かな通り沿いです。

澤田さんはもともとスポーツジムのインストラクターだったという異色の経歴です!

その料理人とは澤田敏允さん。大阪の名割烹「島之内 一陽」で料理長として勤めたのち、滋賀県「日本料理 しのはら」でも料理長として活躍。同店が東京銀座に移転する際に一緒に上京し、新生「銀座 しのはら」で引き続き料理長として腕を振るいました。

店内はカウンター7席、完全予約で1日17時30分・20時30分の同時スタート制

その後は大阪へ戻り「味吉兆 ぶんぶ庵」で料理の指導役を任されるまでに。いざ独立と考えた矢先にコロナ禍に見舞われ、一旦、自身が尊敬する平田善輝さんの営む「食堂たのし」で1年間料理長を務めることに。日本酒オタクとも言える平田さんの珠玉のセレクトと、本格和食とのペアリングは食通の間で話題になりました。

古い民家を改装した店内は茶室のような空間。「のような」というより、茶室専門の田尻工務店さんに設計・施工をお願いしたというから、まんま茶室です。

壁や天井の造りなども数寄屋建築で、カウンターはヒノキの一枚板。なんでも澤田さんは味吉兆で開かれる茶事教室においても経験を積み、茶道の心得があります。

「茶道とは究極のおもてなし。この店を営むにあたっても、押し付けではなく、誠実でスマートなおもてなしを表現したくて」とのこと。

 

猫田さん

格子戸を開けると、澤田さんと奥様の由美さん、片腕として信頼する日高誠之さんの3人が笑顔で迎えてくださいます。柔らかな物腰のおもてなしに、緊張が一気にほぐれました!

意外な経験を活かし、独自の料理に落とし込む

料理は月替わりで、コース24,200円(税・サービス料込)の一本。八寸、お造り2種、炊き物、季節のご飯、鍋、小菓子など11品の構成です。

撮影時は9月でしたので「中秋の名月」がテーマ。なんと美しい八寸でしょう、新米の稲穂で実りの秋を表現しています。真ん中は……手羽先⁉

カボスの器に入った筋子の醤油漬と鱧の卵の塩辛、シャインマスカット豆腐ソース、コハダの酢〆、明石の煮蛸、だだちゃ豆紹興酒漬、そして手羽餃子

実は澤田さん、学生時代からずっと焼鳥店でアルバイトをしており、飲食業界に入っても「焼鳥店を開くつもりでした」とのこと。

当時は今のようなラグジュアリー店やコースで提供する店などもなく、大衆的だった“焼鳥”というジャンルを和食として昇華させたかったと言います。そのため本格的な日本料理の技術を学ぼうと和食の世界へ。

そのうち「懐石料理」に魅力を見いだし、名だたる日本料理店の料理長を歴任したというわけです。

八寸に鎮座するのは丹波地鶏の手羽餃子で、スッポンの出汁で鶏を一度炊くことでにおいを和らげ食感も柔らかくし、骨を抜いた内部に河内鴨のミンチを詰めて揚げている手間が掛かった品。

 

猫田さん

鶏とスッポンは相性が良いのだとか。手羽先がスッポンの旨みを吸って、内部まで味が染み込んでいます。家で「鶏をスッポン出汁で炊こう!」って絶対ならないですよね。料理人ってスゴいな〜!

汁の一滴まで食べ尽くしたい、鱧の黄身酢和え

砂糖やみりんは多用せず、食材から引き出した甘みを大切にしているそう

お造りの1種は鱧。だいたい和食では鱧落としの梅肉添えってのが王道なんですが、黄金色に輝く黄身酢に浮かんで現れました!

鱧の出汁をベースに、淡路産タマネギで甘みを付けた砂糖不使用の黄身酢餡。由良の鱧は肉厚で味が乗っていて、クリーミーな餡を絡めるとフレンチのような重厚感のある味わいに。「鱧=淡白」という概念が覆されます。

 

猫田さん

この黄身酢がお皿に残るのがもったいなくて、鱧でこそげ取って最後の一滴まで味わい尽くしました! お酒を入れて飲む方もいらっしゃるそうですよ。

日本酒は1合800円から。日本酒大好きな奥様のセレクトです

これがお酒に合わないわけはありません。熊本「花の香酒造」の「産土」を合わせました。山田錦、2022年醸造の生酛造りです。フレッシュでフルーティーな香りが、白身の魚介にピッタリ寄り添います。