〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から、食通が「これぞ!」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。そのこだわりの材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回訪れたのは、連載「今週のカレーとスパイス」でおなじみ、カレーおじさん\(^o^)/が絶賛する「手打蕎麦はしば」。カレーおじさんが薦めるのだから、カレーメニューを味わえるのだが、よくあるそば屋のカレーそばでも、たまにある、そば屋で味わえる本格カレーライスでもない、新感覚のメニューを紹介する。

教えてくれる人

カレーおじさん\(^o^)/

2006年から毎日カレーを食べ続けているカレーアディクト。世界各地約5,500店舗でさまざまなカレーを食べ歩く。年間平均カレー食数は1,000以上、生涯通算カレー食数は優に20,000を超える。フジテレビ系「スパイストラベラー」、TBS「マツコの知らない世界」などメディア出演の他、小学館「Oggi」などでカレー記事を連載。レトルトカレーの監修も手掛けるなど、さまざまな形でカレー情報を発信している。

橋の近くの「はしば」に2009年オープン

弁天通りと交わる都道124号線・通称ランド通り沿いに立地。店の横に駐車場が2台ある

京王よみうりランド駅から徒歩5分、通称ランド通り沿いに2009年にオープンしたのが「手打蕎麦はしば」だ。

「はしば」はてっきり店主の名字かと思いきや、店主の父が初代として食堂を開くにあたり、店が橋のそばにあったことから屋号を「はしば」としたことに由来し、同じ稲城市内にある「はしば寿司」と「麺屋はしば」は親族が営む系列店である。

それぞれ趣が異なる席を備え、隅々まで清潔感あふれる店内

入店前の想像を覆す広々した店内は、三和土(たたき)を思わせるような床に漆喰の壁、古民家のようなどこか懐かしい雰囲気。テーブル席、ボックス席、掘りごたつ式の小上がり席を備え、幅広い客層に柔軟に対応しそうだ。

店主は、ここ稲城で生まれ育った小俣勝也さん。料理長は息子の雄大さんが務める。店が建つ前は150坪ほどの月極駐車場だったが、道路拡張のため3分の2弱の面積に。駐車場としては使いづらくなり、すぐ裏にショッピングセンターができて人の流れが変わったことから、飲食店を開くことにしたという。

息もぴったりな店主の小俣勝也さん(左)と息子で料理長の雄大さん(右)

勝也さんはイタリアンなど長らく飲食の仕事をしてきたが、一時体調を崩しデスクワークも。雄大さんは調理師専門学校卒業後、新宿の一等地にある高級割烹の店でそば職人として働き、自由が丘のそば店で店長を務めた経験をもつ。

「サラリーマン生活も経験しましたが、やはり最後は飲食をやりたい。店を開くなら、僕より若い息子がそば店を出せば、キャリアを長く積める。息子も腹を決めてくれたので、この店をオープンさせました」と勝也さん。

毎日食べたくなる二八そばを手打ち

雄大さんが毎朝打つそばは、しなやかな食感の二八そば

「手打蕎麦はしば」で提供するのは、そば粉8に対して小麦粉2の割合で混ぜて打つ二八そば。程よい弾力となめらかな食感、喉ごしのよさが特徴だ。

「たまに来て食べる観光地のようなそばではなく、毎日来ても食べられる、そういうそばを目指しています」(雄大さん)

 

カレーおじさん\(^o^)/

蕎麦通の中にはカレーそばを否定する方も少なからずいますが、そもそもそばとスパイスの相性は良いです。そばもスパイスの一種と言えなくもないと考える中、そのような思想でカレーそばを作っているシェフはいないものかと探していた時にこちらのお店に出会いました。とんでもないものを食べていると興奮したことを覚えています。

酸っぱ辛いスープで二八そばを味わう「ラッサム蕎麦」

季節限定メニュー「はも天と夏野菜のラッサム蕎麦」1,450円(具材は季節により変わる)。提供は10月頃までを予定

カレーおじさんが「とんでもないものを食べている」と興奮したのが、ご紹介する「ラッサム蕎麦」。春にはイチゴや新玉ネギに山菜、秋には焼きナスとニシンなど具材は季節で変わるが、この日は「はも天と夏野菜のラッサム蕎麦」だ。

 

カレーおじさん\(^o^)/

ラッサムとは南インド料理で、酸っぱ辛いスープのようなカレーのような料理。それとそばを合わせるというアイディアもさることながら、具材の内容も行く度に変化し、南インド料理と日本料理の融合のみならず、ヨーロッパ料理などの要素が含まれることもあり、もはやイノベーティブフュージョンな一皿だと思います。

タマリンドの爽やかな酸味がベースになったラッサムとそばの相性は抜群

おそらく日本ではここでしか味わえないこのメニュー、どこから発想したのか尋ねると「東京よりも先に大阪でスパイスカレーが流行りだしたころ、大阪でたまたま開催されていたネパール料理の教室に参加したんです。そこで日本のそばがきのようなものとカレーを一緒に食べる『ディド』というネパール料理を知り、そばと合わないわけがないと確信し考案しました」と雄大さん。

勝也さんも「どこのおそば屋さんでも食べられるメニューではなく、うちでしか食べられない毛色の変わったメニューを提供したいという思いがあり、そこは息子も同じでした」と話す。

濃い紫色の粒々がスーマック。見た目も味も赤ジソのふりかけ「ゆかり」に似ている

そばの上には旬を迎えた高級魚、ハモの天ぷらが山のようにどっさり。その下にはトマト、ズッキーニ、パプリカ、ナスなどの夏野菜煮込み、いわばラタトゥイユ(南仏の郷土料理)がたっぷり。日本のハーブ、シソとともにアクセントになっているのは、トルコや中近東でよく使われるスーマックと呼ばれるスパイスだ。

この日のライタは手作りの桃ジャム入り。春はヨーグルトにふき味噌を合わせることも

半分ほど食べ進み、口の中がちょっと辛くなってきたな、というところで活躍するのは、小鉢に入ったヨーグルトソース。

「イメージしたのは『ビリヤニ』にかけて味変する『ライタ』です。辛さが中和されてマイルドな味わいになります」と雄大さん。ちなみにビリヤニとはインドや周辺国で食べられているスパイスと肉の炊き込みご飯、ライタはビリヤニ定番の付け合わせのヨーグルトサラダのことだ。

ハモの天ぷら、ラッサム、ライタ、スーマック、ラタトゥイユ、日本そばと、一皿の中に日本、インド、トルコ、フランスが混在しているのだが、不思議とすべての味が調和して、一度味わうとまた食べたくなる、中毒性のあるおいしさである。

奥深い辛さが後を引き副菜もうまい「スパイシーカレーつけ蕎麦」

「牛すじと豆のスパイシーカレーつけ蕎麦」1,400円(具材は季節により変わる)
 

カレーおじさん\(^o^)/

他にスパイスカレーそばをはじめ多彩なメニューがあり、その全てがとてつもなくおいしいのでそれぞれ食べ比べてほしいです。

カレーおじさんのこちらのコメントから2品目にご紹介するのは、「牛すじと豆のスカイシーカレーつけ蕎麦」。具材を変えて通年提供しており、男性客に特に人気が高いという。

冷たいそばに温かいつゆ、鴨せいろのイメージで考案したという

つけ汁はクミン、コリアンダー、パプリカパウダー、ターメリックなどのスパイスを調合し、鰹と昆布でとったそばのだしを合わせて味を調整して仕上げたもの。基本的には辛いつけ汁だが、豆からは甘さが、牛すじからはうま味が溶け出し、そばがスパイスカレー味のつけ汁に負けておらず実にうまい。

「つゆをかけて味わうより、そばをつゆにつけて食べる方が、そばの味もしっかり感じられるのでつけそばにしました。そばは気持ち多めの1.2倍量。もっと食べられるお客様は小ライスを付けて、残ったつゆをかけて召し上がる方もいらっしゃいますし、そば湯で自分好みにつゆの味を調整するなどご自由に」(雄大さん)

たっぷりのつけ汁に負けないくらいたっぷりの牛すじがうれしい

1人前にしてはそばもつけ汁も具材も気前よく多めなのは「僕が結構食べるので、少ないのは嫌なんですよね」と笑う雄大さん。

そばに添えられた副菜もまたうまい。この日は、ニンニクと枝豆をスパイスで炒めた枝豆マサラ、きんぴらのように甘辛く仕上げた大根の皮とニンジン、刻み海苔。「お酒が好きな方は、ビールのおつまみにして楽しむ方もいらっしゃいます」(雄大さん)

他では味わえない「楽しい体験」をこれからも

紫色ののれんに白く抜かれているのは家紋の「下(さが)り藤」

「ラッサム蕎麦」や「スパイシーカレーつけ蕎麦」などの冒険的ともいえるメニューを作り出す前から、スパイスは身近にあり、さまざまな味を描いてきた雄大さん。

「自分で考えたメニューは上の立場にならないとなかなか実現できませんが、今はいろいろとチャレンジできて、ダイレクトにお客様に喜んでいただけるのでやりがいがあります」

ちなみに読売ジャイアンツ球場や東京ヴェルディのグラウンドに近い場所柄、野球選手やサッカー選手の利用も多く、近隣にある生田スタジオの撮影前後に関係者が訪れることもあるという。

店の入口すぐに設けられたスペースで毎朝そばを打つ雄大さん。器選びも好きで旅先でもよく見て回るという

現在は昼のみの営業、ハモなどの高級食材を取り入れる分原価率は高いが、都心から離れている分価格設定は低め。「それでもおいしく食べてもらう努力は惜しみません」と勝也さんと雄大さん。

「ラッサム蕎麦」と「スパイシーカレーつけ蕎麦」、ここでしか味わえない唯一無二のメニューは初めての感動と驚き、楽しい体験をもたらしてくれる。スパイスを利かせた本格カレーと日本そばのマリアージュ、ぜひ味わってみてほしい。

※価格はすべて税込

取材・文:池田実香(フリート)

撮影:斎藤ジン