【噂の新店】「とり卓忠(たくちゃん)」

予約の取れない高級店からサラリーマンのオアシス的大衆店まで、バラエティ豊かな焼き鳥店が軒を連ねる神楽坂界隈。美食エリアであると共に、また、焼き鳥の街の側面も持つ。「なんでも120~140軒ぐらい、焼き鳥屋があるそうですよ」。炭火に向き合いつつ、明るい声でそう語るのは高橋卓也さん。今年の7月、神楽坂にオープンした「とり卓忠」のご主人だ。

そんな激戦区にあえて出店。しかも、神楽坂の駅から歩いて十数分・ビルの地下、と決して恵まれたシチュエーションとはいえないこの場所を選んだ理由を聞けば「通りすがりではなく、わざわざ来てもらえるような店にしたかったからです」とのこと。

お店があるのは地下1階で、秘密基地のようなワクワク感がある

真剣な眼差しで一串一串の焼き加減を見極めつつ、こまめに串を返す高橋さん。その容貌は見るからに焼き鳥職人そのものだが、職人歴はまだ5年ほど。渋谷の名店に修業に入る前は、なんと「僕、実は看護師だったんです」と一言。聞けば、千葉の病院で約13年看護師を務めていたそうで、それがいきなり焼き鳥職人!?と、誰しも思うところだが、元々焼き鳥は大好物。看護師時代も、好きな焼き鳥店には足繁く通っていたそうで、当の本人にとっては、そう突飛なことではなかったようだ。思えば、焼き鳥職人もそばと並んで他の職業からの移転組が多い。

店主の高橋卓也さん

「一度しかない人生なら、やっぱり好きなことをやりたいと思ったんです」と、一念発起。たまたま、よく食べに行っていた焼き鳥店でスタッフを募集していたことも後押しとなり、思い切って転職。「思えば、子供の頃から料理を作るのが好きだったので、飲食業にも興味はあったんです」という高橋さん。丸4年間、みっちりと焼き鳥修業。今年7月、晴れて同店をオープンする運びとなった。

店内はカウンター7席、奥にはテーブルが1卓ある

鰻の寝床のような店内は、カウンターが7席。奥にテーブル1卓でMAX11名。18時30分一斉スタートのおまかせコースのみ。回転はさせないので、一斉スタートとはいえ、お尻を気にせずゆっくりできるのは飲兵衛にはうれしいところでは? しかも、コース12,000円には飲み物代もインクルーズされている上、フリードリンク。日本酒からワイン、焼酎、ウイスキーまでお好きにどうぞ、という太っ腹だ。実際、皆さん飲む飲む。

飲み放題のお酒はなんと、12,000円のコース料金内に含まれているというから驚き!

「(そんなに飲んで)大丈夫?というぐらい飲まれる方が多いですね」と高橋さんは笑うが、側で見ているこちらの方は、いえいえ、そんなに飲まれて採算取れてます?と心配になってくるほど。だが、高橋さんは気にもせず「お酒の金額を気にしながら飲むのってストレスでしょう。僕も酒飲みなんで」とあっけらかんとしている。

「とり卓忠」で扱う鶏は、信州黄金シャモ・栃木しゃも・ホロホロ鳥の3種類

さて、焼き鳥フリークを自認する高橋さんの好みのタイプは地鶏系。「しっかりと噛み応えのある肉質の鶏が好き」だそうで、店で扱っているのは、長野の信州黄金シャモと栃木しゃも、そして和歌山のホロホロ鳥の3種類。いずれも、いろいろと食べ比べて選んだ鶏だ。

高橋さん曰く「信州黄金シャモは、軍鶏と名古屋コーチンの掛け合わせ。軍鶏特有の歯応えと名古屋コーチンのコクを兼ね備えた地鶏で、ジューシーかつ澄んだうまみがありますね」とのこと。一方、栃木しゃもは、軍鶏のオスと、プレノワール種オス×ロードアイランドレッド種メスの間から生まれたメスの掛け合わせ。脂肪が少なく味に深みがあり、それでいて肉は柔らかいのが特徴とか。いずれも飼育日数4カ月余りとブロイラーの約3倍、地鶏の1.5倍と時間をかけ、ストレスなく育てられている。また、ホロホロ鳥も高橋さんが惚れ込んだ鶏の一つで「キジ科の鳥で身質がきめ細か。しっかりとした肉のうまみを感じられるところも魅力ですね。淡白なようで余韻は深いと思います」と高橋さん。コースでは、これらの3種がさまざまな串や一品料理となって登場、舌を楽しませてくれる。

栃木しゃものムネ

コースのスタートは、まず、信州黄金シャモの揚げ出しのお椀から。一番だしを用いたそれは、じんわりと胃に優しく、これから始まる怒涛の流れの幕開けにふさわしい。味噌風味の枝豆をつまみつつ待つことしばし。1本目は栃木しゃものムネ肉。香ばしい皮に対してムネ肉はしっとり。強火で焼き上げているからだろうか、パサつきはなく、淡白な身のうまみに柚子胡椒がいいアクセントだ。

信州黄金シャモ、栃木しゃも、ホロホロ鳥の3種の砂肝

続く砂肝がユニーク。それぞれ上から信州黄金シャモ、栃木しゃも、ホロホロ鳥と3種類の砂肝を串打ち。似ているようで微妙に異なる歯応え、脂感が面白い。季節の茶碗蒸しで一息つき、野菜串や豆腐の酢漬けなどで舌をリセットしたところで、今度は高橋さんイチ推しのホロホロ鳥の白レバー。

ホロホロ鳥の白レバー

軽くタレに潜らせてはいるものの、甘さを控えたタレは、レバー本来のコクとうまみをグッと引き立てる一方、食後感は思いの外あっさりとしている。もちろん、くさみなど皆無だ。

信州黄金シャモ、栃木しゃものモモ

お次は、パリパリの皮も香ばしいモモ肉の出番。2切れ刺しているうちの、上は信州黄金シャモ、下は栃木しゃもと異なる品種のモモ肉を食べ比べられるのもここならでは。じっくりと味わいたい。

燻製の盛り合わせ

さて、続いての一皿は「燻製の盛り合わせ」。皿には、手羽先の燻製、卵黄のみりん漬けにホロホロ鳥のササミ、そして薪で焼いたムネ肉が盛り付けられている。

卵黄のみりん漬けは白米が恋しくなる味わい

ササミにはチーズを削りかけ、ムネ肉は、白味噌とオランダのチェダーチーズを中に巻き込んであり、この白味噌とチーズが思いがけずの好相性。お互い発酵食品だからだろうか、白味噌とチーズのマイルドなコクとムネ肉のうまみとの一体感もばっちり! そこに薪の薫香が纏わって風味豊かな佳品となっている。日本酒もいいが、樽香を纏ったワインも合いそうだ。

つくねとうずらの燻製卵

真菰などの野菜串を挟んで、いよいよお待ちかねのつくね。ここではうずらとセットになって登場。コースの中では数少ないタレ味の一つだ。高橋さんによれば「うちのつくねはモモ肉のみです」とのことだが、そのモモ肉は信州黄金シャモ、栃木しゃも、ホロホロ鳥の3種混合。玉ねぎと卵を混ぜ、しっとり軟らかく仕上げている。肉汁をできるだけ閉じ込めたいと棒状にまとめ、生から焼き上げているのもつくねラバーにはうれしい。

ホロホロ鳥のねぎま

コースの終盤に持ってきたのは、焼き鳥店定番の一串“ねぎま”。この串のモモ肉はホロホロ鳥。こんがりと焼き上がった皮はサクサクと歯触りも軽快。野生味がありながらクセのないホロホロ鳥のモモ肉は、噛み締めるほどに肉汁が滲み出て実にジューシー。あっさりしているようで、うまみの余韻は深い。

さえずり

コースの串は野菜などを合わせて約10本。その後は土鍋ご飯で締めもよし。もう少し食べたい向きには追加串(1本500円~)もOK。ソリやセセリ、胸腺、首皮、ハラミにさえずりなど希少部位が用意されている。が、数が少ないゆえ、売り切れ御免。早い者勝ちだ。

百合根と芹の炊き込みご飯

〆の土鍋ご飯は月替わりで、取材時は「百合根と芹の炊き込みご飯」。ホクホクの百合根がご飯のうまみに甘みを添え、そこにセリのシャキシャキ感やほろ苦さが加わって緩急のついたおいしさになっている。隠し味に加えた自家製梅干しの酸味が味変的アクセント。また、カットした手羽元を入れてあるのも、うまみのポイントの一つだろう。お米は、故郷秋田の友人が育てているあきたこまち。うまみはありつつも、米感を主張しすぎない味わいは、炊き込みご飯にうってつけだ。

ご飯のお供となる漬物類ももちろん手作り

「素材となる鶏の質はもちろんですが、焼き鳥は、串打ちから味が決まります。肉をどう刺すかで焼き上がりが変わってくる。そして炭の組み方、火の熾し方などなど細部にわたって気を使う仕事。しかも、鶏も生き物。一羽一羽脂のノリや身質も微妙に変わってくるわけで、毎日ゲームをやっているみたいですよ」と語る高橋さん。渾身の一本を味わいに出かけたい。

※価格はすべて税込

撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部