〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から「これぞ!」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。そのこだわりの材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回訪れたのは、ライター・川口有紀のおすすめ、横浜市・あざみ野の「蕎麦 いのも」。しかしご紹介するのはそばではなく、手打ちの「ひやむぎ」だ。

手打ちの「ひやむぎ」

教えてくれる人

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川口有紀
インタビューから街取材まで雑多に活動中の編集ライター。近年は日本をあちこちしていることが多い生来の食いしん坊。地方に取材に行くたびにご当地グルメ、特に麺を楽しむ日々。趣味で作っている「打ち合わせに適した喫茶店」の同人誌が最近SNSで少しバズってしまう。

地元産の素材を使いたい、その思いからそば店に

あざみ野駅より徒歩7分の立地。竹林の横の坂を抜けると、風情のある佇まいの店にたどりつく。こちらが2023年7月に開店した「蕎麦 いのも」だ。

格子が印象的な、和モダンな雰囲気の外観
店内は作業風景が目の前で見られるカウンター席と、奥にテーブル席が
 

川口

きっかけは「“ひやむぎ”がおいしい」という口コミを聞いたから! え、そばでもうどんでもなく、手打ちのひやむぎ? そもそもひやむぎって乾麺ではなく「手打ち」の生麺があるの……? 半信半疑で訪れた店で待っていたのは、先入観を覆す「麺」でした。

店主の井面(いのも)亮太さん

キャリアのスタートは居酒屋から。いつかは自分の店を持ちたい、そう考えだしたときに思いうかんだのが「そば」だった。というのも井面さんの出身地は栃木県の現・那珂川町で、そばの産地として有名な場所。いつかは地元の素材を使ったそば屋をやろう……その思いを胸に、神楽坂の名店「蕎楽亭」で14年修業。昨年独立し、あざみ野に店舗を構えた。

そば屋を志した決め手は「お酒も出せるから」。店には随時、井面さんおすすめの日本酒が揃う。特にこの栃木県の菊の里酒造が一推しだとか
 

川口

何よりもびっくりしたのは、この強烈なコシとのどごし! 多くの人が想像している乾麺のひやむぎとは全く別もので、初めての食感。夢中で麺をすすりました。

手打ちひやむぎの技術自体は、蕎楽亭で学んだものだとか。「自分も、初めて食べたときに衝撃を受けました」という井面さん。自分の店を出すにあたり、ひやむぎをメニューに加えたのは必然だった。

こちら、茹でる前のひやむぎ。自家製粉の小麦粉のため、茶色がかった見た目が特徴
茹で時間は約1分。あっという間に茹で上がり……
冷水で締めると、透明感のある美しい麺が現れる

この味わいのポイントは、小麦だ。こちらの店では、そば粉も小麦粉もなんと自家製粉!

「自分の店で使うそば粉を栃木県で探していたところ、その農家さんが小麦も作っていたんですね。試してみたらこれがとても良かった。『農林61号』という戦後に栽培が広まった古い品種なんですが、小麦自体の味が強いといいますか、昔懐かしい小麦の風味が魅力なんです」

そば粉を自家製粉することは決めていたので、なりゆきでひやむぎやうどんに使う小麦粉も自家製粉することに。

店内の一角にある麺打ちと製粉スペース。小麦の製粉は1日付きっきりでも10kg程度が限界だという

ただ、「ちょっと後悔しています(笑)」と苦笑する井面さん。そばに比べ、小麦の方が粉にする手間が格段に大変なのだとか! 大手の製粉会社とは機械も違うためなかなか品質が安定せず、時間もかかる。水分量が安定している大量生産の小麦粉と違い、季節により粉の水分量も変化するため、生地を打つ際に繊細なコントロールも必要となる。そこはまだ、井面さん自身も日々試行錯誤だという。また、生産農家自体が少なく、天候によっては一定量を仕入れられないリスクも。

そんな大変さもありながら、自家製粉の小麦粉にこだわるのは、やはりその味わいが格別だから。

「ひやむぎは特に『手打ちのひやむぎなんて初めて食べた』『びっくりした』というお客様が多いんです。そういう声を聞くと、大変だけれどもやっていてよかったな……と思いますね」