究極の牡蠣を求めてあくなき追を続ける下村浩シェフ

 

太古の昔から、あふれる滋味や滋養が、人間をとりこにしてやまない牡蠣だが、リスクの高さは、数ある食材の中でもトップレベル。それを、看板料理として、開店以来10年、1日も欠かさない「エディション コウジ シモムラ」。その事実から、下村シェフの、素材に向き合う真摯な姿勢が見えてくる。

 

「リスクを緊張感に変えて、高みを目指す」――「エディション コウジ シモムラ」下村浩さん

 

押しも押されもせぬフレンチの名店として、高い評価を受け続ける「エディション コウジ シモムラ」。その独創的な料理は多くの人を魅了してやまない。けれど、それらの皿は、発想そのものは斬新でも、素材の持ち味を自然に引き出すことを信条としているため、どの料理もストレートに心に響く。まず一皿めとして供される「牡蠣のポッシェ柑橘風味の海水のジュレ 岩海苔」は、まさにそうした下村シェフの理念を体現したものである。

 

牡蠣が育った環境に近づけることで、素直に旨みを引き出す

 

「牡蠣が生息している環境を思い浮かべて作った一皿です」と下村さん。海中を気持ちよさそうにたゆたう牡蠣、その上には、牡蠣のまわりに繁茂する海藻をイメージした岩海苔がひとつまみ。口に含むと、レモンとライムの酸味を帯びた海水のジュレと牡蠣の海のミネラルが一つになり、幸せな刺激となって脳へ伝わる。圧倒的な存在感を放つ一皿「牡蠣のポッシェ柑橘風味の海水のジュレ 岩海苔」は、昨年で10周年を迎えた「エディションコウジシモムラ」の前菜として供される、代表作である。

「他のものをお出ししても、お客様が納得してくれないんです。だから、やめられなくて、気づいたら、うちを象徴する一皿になってしまいました」と、下村さんは笑う。

 

牡蠣をピューレにして生クリームでつないだムースの上に、ほんの数秒、海水の濃度の塩水でポッシェ(ゆでる)して冷やした牡蠣(状態によっては生のこともある)をのせる。イタリアの海塩で海水の濃度よりやや低めに調えた塩水にレモンとライムで酸味をつけた“海水のジュレ”をたっぷりかけ、上には香ばしい岩海苔をはらり。「牡蠣は、それ単体で味わいが完成された食材ですから、極力余計なものは加えずに仕上げています。シンプルゆえに、牡蠣そのもののクオリティが大切なことは言うまでもありません」

 

日本中の牡蠣を食べ歩き、満足のいくものを探す

実はこの一皿は、下村さんがエディションを始める前の「フウ」の時代に創り出した料理だ。その当時はフランス産の牡蠣を使っていたが、日本の素材を見つめ直したいと始めた新店では国産の牡蠣にトライした。そして少しでも美味しさの精度を上げたいと、日本中の牡蠣といっても過言でないほど、多くの産地の牡蠣を試したそうだ。これまでに惚れこんだ牡蠣もいくつかあったが、他店でも多く使われるようになると、もう満足できない。“うちでしか食べられない特別の牡蠣”を求めて、あくなき追が続く。そして、今、心酔しているのが、大分県国東半島生れのマガキ(日本の固有種)“くにさきOYSTER”だ。育ての親は、農米機械や建設機械の名門、ヤンマー。実は小型船舶も製造していることから、海との関わりも深く、古くから、牡蠣やあさりの幼生を育て、各地へ販売してきた。3年前から、より効率的で先進的な水産業を目指して、幼生から稚貝へ、さらには成貝を出荷するビジネスを始めたのだという。

「お客様のご縁で、くにさきOYSTERを紹介されて初めて食べたときには、本当に驚きました。ぎゅっと旨みが凝縮して味が濃いのに、余韻はすっきりとキレがいい。そして、普通の牡蠣にはない、サクッとした歯ごたえがなんとも心地いいんです。今まで味わったことのない風味と食感にすっかりとりこになりました」。

 

ヤンマーマリンファームの開発力と情熱に感動

下村さんが何より大切にしているのが、生産者との信頼関係。作り手の顔の見える素材を使いたいという信条のもと、さっそく国東半島のヤンマーマリンファームを訪ねた。大企業ならではの研究費をかけた規模感も、担当者の牡蠣づくりにかける情熱も、予想をはるかに上回るものだったそうだ。

通常の牡蠣は、ロープのようなものに帆立の貝を吊るし、受精卵をつけて海の中で大きくするのだが、ヤンマーマリンファームでは、雄と雌を選別して受精させ、その幼生を水槽の中で育て、稚貝になってから、1個ずつバラバラにかごの中に入れて海へ戻して育てる。この手法を、『シングルシード』という。

シングルシードの何が優れているのかといえば、受精の段階で優れた雄と優れた雌を掛け合わせることができるということ。例えば牡蠣の殻は深さのあるほうが身が厚くなり、旨みも増す。深い牡蠣同士を受精させれば、よりその特徴が際立ってくるわけだ。

ヤンマーマリンファームでは、国東半島が瀬戸内海式気候のため、マガキの中でも元来の気候風土が近い「広島種」を育てることを選択。このシングルシードなら、純粋な広島種の養殖が可能になる。

 

 

 

「普通の牡蠣に比べて殻の色が黒いでしょう。そして、開けると、ほら、まわりのひだひだの縁取りが真っ黒。これが純血の広島種の特徴です」。殻を開けると。ぷっくりとふくれた艶やかな牡蠣が姿を現し、見た目にも、普通の牡蠣とは違うことがよくわかる。開けたてを食べさせてもらったが、まるで海の宝石のような極上のミネラル感は忘れがたい。

 

干潟→沖合→干潟と育てることで身が締まる

特徴的な「サクッとした食感」。これも育て方によって培われるのだそうだ。牡蠣は海水に浸っているときには殻をゆるめて海水を取り入れ、養分を吸収して大きくなっていく。ところが干潟で養殖すると、水に浸っている時間と浸っていない時間ができる。海水に覆われていない間は、かないよう牡蠣は殻をかたく閉じる。つまり干潟では、一日に2回殻を開け閉めする。そのことで貝柱が鍛えられ、歯ごたえのある肉質が育つのだ。深い海で育てたほうが生育は早いが、ヤンマーではあえて、干潟と沖合を混ぜる形で育ている。

「聞けば、2月に受精させ、5月までマリンファームで育てた稚貝を中間育成を経てかごに入れて干潟に置き、さらに9月にはかごを移し変えて沖合で育て、11月に再度干潟に戻して、身をしっかりと締まらせてから出荷するそうです。実は、今日の牡蠣は、このサイクルをさらにもう1年かけて、ほぼ倍の大きさに育ててもらったものです。大きさだけでなく、味わいもより複雑味を増しています。まさに、“うちでしか食べられない牡蠣”と、胸を張れます」

 

リスクを限りなく軽減し、高い安全性を実現

 

 

そしてもう一つ、特筆すべき点は安全性だ。「美味しさと隣合わせにある牡蠣のリスク。一流レストランでも牡蠣を扱わない店は多いのですが、私は敢えて、牡蠣を扱い続ける緊張感を大切にしています。リスクを最小限に抑えるためには、現場を自らの目で確かめることが何より大切。その点、ヤンマーマリンファームの管理を見て、完璧だと確信しました」と下村さん。

安全性の確保には、検査の精度と頻度の両方が必要というのが、ヤンマーマリンファームの開発者の弁。まず、牡蠣を養殖している海域が大腸菌やノロウィルスの基準値をはっきりと下回っているかどうかを、2週間に一度検査する。途中少しでも数値が高ければ、そのかごは水揚げしない。無事に育ったあとも、出荷前に無作為にサンプルを抽出して個体検査をする。検査の結果が出るまでは、マリンファームにめおき、OKの結果が出たら最終段階として20時間以上、ノロウィルスよりも目の細かい精密ろ過膜と紫外線殺菌膜を通した海水をかけ流して洗浄する。これで限りなく、安心安全な牡蠣が出荷できる。

 

「うちの牡蠣なら安心と、楽しみにきてくださるお客様を裏切ることは絶対にできません。常にリスクが伴う食材だけに、いっときたりとも気が抜けません。そんな中で、限りなくリスクをゼロに近づけることに成功しているくにさきOYSTERは、味わい、食感、安全性、どれをとっても、今、日本の最高峰といえる牡蠣だと思います」と下村さんが胸を張るくにさきOYSTER。ご賞味あれ。

 

 

◆ 4月には大分県国東産の食材を使ったフェアを開催予定。
撮影:松園多聞