〈秘密の自腹寿司〉
高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。
教えてくれる人
武智 新平
1970年生まれ。食雑誌をメインにフリーの編集&ライターとして活動中。食事では寿司、そば、カレー、洋食全般など、お酒は特に日本酒が好きで、仕事でもそれらを担当することが多い。一見でも心地よく、かつリーズナブルに楽しめる店を中心に紹介していきたい。
三茶の飲食エリアの最深部に佇む本格江戸前寿司店
三軒茶屋に「三角地帯」と呼ばれるエリアがある。国道246号線と世田谷通りが分岐した先に居酒屋や焼肉店、スナックなどなど小さな個人飲食店が数多くひしめいているのだ。オシャレなイメージのある三軒茶屋にこんな空間が⁉︎と思いつつも、右へ左へと路地を抜けていく。飲食店が複数入るビルの1階に小さな看板を見つけたら、そこが今回の目的店「鮨 かんてら」だ。
丁寧な細工が施された引き戸を開けると、綺麗に整えられた広めのカウンターが8席(奥に4名の個室あり)。カウンターの向かい側には、まな板、包丁、薬味入れといった仕事道具が置かれている。着席すれば、これから繰り広げられるダイナミックかつ繊細な仕事ぶりと、さらに「ほぅ」とため息の漏れる寿司に期待が高まり、自然に背筋がすっと伸びる。
店名の「かんてら」は、スペインサッカーで使われる育成組織「カンテラ(cantera)」から来ている。ここで腕を磨き、いつか独立、自身の城を持つ職人に育っていってほしい。そして、グルメ店がひしめく三茶の飲食店をさらに明るく照らせる店になっていきたい。「かんてら」にはそんな思いが込められている。
武智さん
雑踏、喧騒という言葉がぴったりの三角地帯にあって、引き戸の内側(店内)は欄間が設けられた端正なつくりで凛とした雰囲気。そのギャップの大きさたるや。しかし、だからこそとっておきの隠れ家感が強く、デートはもちろん、カジュアルな接待にもぴったりですよ。
現在、板場に立つのは小松拓巳さん。これまでは別の料理を作っていたが、4年前にこの店に来て初めて寿司に携わることに。以来研鑽を重ね、握りを任されるまでに。脂がのり、味わいが濃いネタには酸味と香りのある赤酢をメインで使ったシャリを、繊細な味わいのネタには酸味と香りがおだやかな米酢を使ったシャリをと使い分ける。
「江戸前寿司の店ではありますが、江戸前にこだわり過ぎないことも大切だと思っています。何よりお客様においしく食べていただきたい。そのためには少しの驚きも必要だと思うんです」(小松さん)
おいしいお寿司を味わってほしい。それも肩肘張ることなく楽しく。そこで昼は握り10貫に巻物で6,600円、夜は握り12貫に一品料理が8品、さらにデザートまで付いて16,500円。小松さん自ら豊洲に足を運び、目利きして揃える魚介は旬、味わいはもちろん、産地にもこだわり、例えば取材日のものであれば「平目は秋田、キンメは銚子、マグロの赤身は塩釜のものです」と胸を張る。それら自慢のネタの味を引き立たせるために、2種のシャリを使用する。
夜は握りと一品料理が交互に出てくるのだが、お酒を楽しんでいるようであれば一品料理を続けて、お腹がすいているようであれば握りを早めになど、一人一人の楽しみ方に沿った気遣いも。旨さに加え、心意気にも大満足。ならばこの価格、決して高くはない。
武智さん
ネタにこだわった端正な寿司を味わう。それも繁華街にありつつも喧騒から離れた店でなら、ランチでもこれくらいの値段は当たり前かなと。夜は一品料理も数多く、それらに合わせる日本酒も揃っています。夜に週一はさすがに難しいけれど、月一で通いたい納得価格です。
このボリュームで6,600円! 大満足の握りランチ
写真左奥から右に、平目、キンメ、赤イカ、シマエビ、春子鯛。手前は左から小肌、平貝、赤身、煮蛤、穴子。旬や仕入れで内容は変わるが、ここに巻物・玉子焼きまで付くのが昼のセット。きらめくネタを切る、握る、塗るなど、小松さんの美しい所作から生まれるこれらの握りは1貫ずつ提供される。
この1貫ずつというのが、高級寿司感を醸し、テンションアップ! 夜と同じネタ、シャリを使うが、この一皿(+巻物)でしっかりお腹を満たしてほしいと、シャリをやや大きめに握るのだとか。なんともうれしい心遣いだ。
武智さん
心地よい〆加減の小肌や春子、香り豊かなマグロ、寝かせて旨みを引き出した白身、ふわりと焼かれた卵まで。どれを食べても江戸前の技が楽しめるランチは“秀逸”のひと言。ちょっと贅沢をしたいランチもぴったり。半個室もあり、子供連れで行けるのもポイント高いです。