店主の人柄がにじむ、体にしみる4品

派手さはなくとも、ていねいな手仕事から生まれる料理はしみじみ体にしみわたり、店主の人柄を表しているよう。森脇さんをうならせた「ねぎま汁」や「白和え」など、選りすぐりの4品をご紹介。

お凌ぎ「『ぬま田海苔』の手巻き」

この日はハマグリとソラマメの手巻き。季節ごとに食材は変わる

金澤さんが「あまりのおいしさに感動し、この海苔を主役にするために考えました」と話すのが、有明海苔の手巻き。使われているのは合羽橋に本店がある「ぬま田海苔」の「鹿島第二初〇上1(かしまだいに はつまる じょういち)」。佐賀県塩田川の川筋にある鹿島第二魚場で収穫された初摘みの海苔で、軟かい口溶け、パリッと軽快な歯切れが楽しめる一等級の海苔だ。

「海苔は1枚の半分と大きいので、はじめに端の方を千切って味わって、その後に巻いて召し上がっていただいても」と金澤さん。

 

森脇さん

うかがった時は、ワカサギの唐揚げの手巻きでしたが、揚げたてのワカサギのサクサクした食感がご飯と相まっておいしく、意表を突かれる一品でした。海苔の風味もとてもよいです。

焼き物「カサゴの味噌幽庵焼き」

甘めの味噌幽庵焼きにほろ苦いフキノトウでアクセント。焼き物好きな金澤さんが集めた食器も味がある

酒、みりん、醤油を合わせた漬けダレに魚を浸して焼く幽庵焼に、西京味噌を合わせた焼き物がこちら。カサゴに添えられているのはフキノトウの外側の素揚げ。「幽庵地を少し甘めに仕立てているので、バランスを考え旬のフキノトウを合わせました」(金澤さん) 。

季節や仕入れで幽庵が粕漬けに、フキノトウがタケノコになどと変わることはあるが、焼き自体はシンプルに、そこに何か一つアクセントを加えるのが金澤流だ。

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カサゴの身質を考え、焼きは炭火で。魚によりグリルで仕上げることもあるという

「焼き物に限らず、切る、煮る、蒸すなど、すべてをお客様の前で行いますが、それまでに食材をいかにいい状態にもっていけるか。それが何より大事です」(金澤さん)

箸休め「文旦の白和え」

すっきりしたデザインの染付に盛りつけた白和え

「コースの流れでとても重要な役割を担い、何を提供するかもっとも考えるところかもしれません」と、金澤さんが話すのは箸休め。「バランス的にじゃまにならず、ちゃんと次につながる、期待をもたせるような一品」を心がけているそう。

あえ衣は、絹ごし豆腐を裏ごしし、なめらかになるまですり鉢であたり、少量の酢と塩、砂糖でシンプルに味付けしたものだ。

 

森脇さん

一瞬、生クリームかと思うほど白和えの衣がなめらかで、そのほのかな甘みが文旦の酸味と合っていました。口直しの一品としては上々です。

メイン「ねぎま汁」

マグロと野菜の異なる食感、立ち上る出汁の香りもたまらない

レギュラーメニューではないのだが、食材がそろい、献立のバランスに合うときに供されるのが、この「ねぎま汁」だ。甘みがある千住ネギにセリをあわせ、その上にサッと湯引いたマグロの大トロをあしらい、昆布と鰹でとった黄金色のだしをかけて仕上げる。

「気を遣っているのは火入れ。マグロが柔らかくとろけるような食感なので、野菜はシャキッと仕上げています」(金澤さん)

 

森脇さん

あっさりしただしに、マグロのトロの脂とうまみがにじみ出てコクが増すとともに、ネギの風味がそれらをすっきりとまとめていました。

提供したいのは「楽しい時間」。そこに僕の料理があるだけです

「僕自身もお客様と会話しながら、楽しくお料理させてもらっています」と笑顔の金澤さん

料理人としてもっともうれしいことを尋ねると「一緒に来られた方同士で会話が弾み、楽しい時間を過ごしていただく、それが一番うれしい」と金澤さん。

コロナ禍を経験し、外食という非日常がいかに大切な時間であったかを再認識した人も多いはず。「僕の料理は、お客様の楽しい時間に付随するものとして、そこにあるだけです」と話す言葉の奥には、料理人としての確固たる自信が隠れている。

仕込み、調理、ドリンクの提供など、すべて金澤さん1人で担うため予約は1日2組、5名まで。粋なのは暖簾の色分け。白い暖簾は既に予約あり、紺の暖簾は予約不要のアラカルトを楽しめるというサインだ。ディナーだけでなくランチの相談にも対応し、21時からのバータイムは当日予約も可能。シンプルに最高の一皿を楽しませてくれる「食堂うゆき」。観音裏まで足を延ばして、ぜひシンプルな料理と空間、楽しい時間を味わってほしい。

※価格は税込

撮影:齋藤ジン

取材・文:池田実香(フリート)