国内の和牛流通において年間1%ほどのシェアしかない希少性の高いブランド牛「いわて短角牛」。うまみたっぷりの赤身肉はステーキにすることが多く、繊細なフランス料理ではあまり見かけることがありません。ところが中目黒にオープンした隠れ家「tsumugi」のシェフが「いわて短角牛」をフレンチのコース仕立てにしたのです。その料理とはいかに?!
中目黒にオープンした隠れ家フレンチ
中目黒駅から徒歩2分ほどなのに目立つ看板もなく、2階ということもあり隠れ家感満載の「tsumugi」は、2023年3月1日にオープンしたばかりのフレンチです。入口は間口が少し狭く、うっかりすると通り過ぎてしまうのでご注意を。
重厚な引き戸を開けると階段からの雰囲気が一変、落ち着いた色調でまとめられた空間には白木の扉や暖簾、家紋のようなロゴなど、ところどころで和を感じさせ気持ちが穏やかになります。奥には個室もあり、カジュアルな店が多い中目黒において貴重な存在です。
こちらでシェフを務めるのは津野一平さん。「たいめいけん 日本橋三越店」で料理人としてのキャリアはスタートしましたが「きちんとフランス料理を学びなさい」と先輩からアドバイスをもらいフランス料理の道へ。
ワーキングホリデーを利用して1年間フランスで学び、帰国後は「レカン」「ロオジエ」「ソンブルイユ」とそうそうたる店で研鑽を積んできたので、初のシェフという大役にもかかわらず自信に満ちあふれています。
「いわて短角牛」のおいしさを知ってもらいたい!
こちらで振る舞われるのは岩手県田村牧場の「吊るし熟成短角牛(いわて短角牛)」をメイン食材にしたフレンチのフルコース。「田村牧場の牛は枝肉のまま吊るして熟成させるのですがやわらかくて甘くて、うまみが断然違うんです」と津野シェフ。赤身肉のいわて短角牛と聞くとどうしてもステーキをイメージしがちですが、そこは王道のフランス料理店で修業した津野シェフ、名店での経験を生かし、伝統の料理に新たな感性をまとわせた皿に仕上げています。
アミューズは昆布〆にしたもも肉のタルタル仕立て。「昆布〆は魚によく使う技法ですが肉もおもしろくなるのではないかと思ってやってみたら、うまみが増して生肉なのに食感がシャリッとして、案の定、新感覚な皿が作れました」と津野シェフ。確かにリンゴや葉わさびのシャキシャキ感や菊芋チップスのカリカリ感、キヌアのプチプチ感も相まって食感が楽しい。タルタルは噛めば噛むほどうまみが増大し、まさに“味わうアミューズ”です。
前菜は色といい、食材といい、春ならではの“花尽くし”の皿です。桜鱒をソミュール液(スパイスや砂糖などを混ぜた塩水)に漬けてから2日間冷蔵庫で水分を抜くと、タンパク質はうまみに変わり、身がギュッと締まっています。
表面だけをさっと炙りほんのりと温かみを帯びたその桜鱒は、桜の塩漬けと野菜のブイヨンでドレッシング仕立てにした素晴らしいソースと完璧なハーモニーを奏でます。
ハツを白菜、筍、山芋、フォアグラでミルフィーユにした皿は「豚肉と白菜のミルフィーユ鍋」からインスピレーションを得てフランス料理に昇華させました。
「ロオジエ」で習得したというこのソースはいわて短角牛のコンソメと海老のコンソメを融合させ、最後にシャンパンを入れて味にキレを出しています。ソースから、いわて短角牛から、いつまでもうまみの口福に酔いしれます。
メインの前にグラニテが挟まれるところですが、こちらでは「短角牛のコンソメ」で口直し。じんわりと滋味が染みわたると胃がクリアになる感覚で満たされます。ごまかしが利かない料理だけにシェフの実力のほどがわかるというもの。唇がくっついてしまうほどのコラーゲンとうまみを余韻に、さあ、いよいよメインへ!