話題沸騰! 「CHIUnE」のポップアップ

「Nácar」で提供される一皿。「Nácar」とはスペイン語で真珠母貝の意味。これから輝きを増す原石という意味と、隠された美という意味をダブルで持たせた

わずか8席のカウンターで供されるのは、フランス料理をベースに中華や懐石のアプローチを取り入れ、食材の持ち味を最大限に引き出された料理の数々……東京でもっとも予約が取りにくい店の一つである「CHIUnE(チウネ)」で、この春より店の休日にのみ営業するというポップアップレストラン「Nácar」がオープンする。そのジャンルはなんとメキシカン・フュージョン。「CHIUnE(チウネ)」でメキシコ料理とは、なぜ? 「CHIUnE」古田諭史シェフと、「Nácar」シェフとなるブランドン・アリアガ・ラミレス(以下ブランドン)さんに話を聞いた。

期待を背負うのは若きメキシコ人シェフ

来年の独立・開業を視野に入れつつポップアップでメキシカン・フュージョン「Nácar」をオープンさせるブランドンさん

「ブランドンと出会ったのは5年前。当時彼はメキシコから研修に来ていたんですが、その人間性の良さがとても魅力的でした。まず一生懸命、真摯に働くし、日本の食材やカルチャーを知りたいという知的好奇心も旺盛。さらに料理をつくってもらったら、なかなか面白くて。日本で開業を考えているというので、それならまずは来てもらい、うちで一緒に働きながら独立をサポートしたいなと考えました。つまり今回のポップアップはその独立へ向けての慣らし運転とも言えるでしょうか。(メニューの構成や料理について)試食はさせてもらうかもしれませんが、アドバイスはしないつもりです。今回のポップアップはあくまでブランドンの世界ですから、ぼくの色がつかないようにしないとね。まずは日本のお客様にブランドンの料理を食べていただき、反応を見ながら調整をかけていくステップだと考えています」(古田シェフ)

真剣な表情で調理するブランドンさん

「古田シェフのために、一番最初につくったのは金目鯛と和牛ハラミのタコスだったと記憶しています。モレ(ソース)が面白いねと言っていただき、うれしかったですね。食材の味わいを引き出しながら、余分なものを加えない古田シェフの引き算の料理を間近に見ることができ、いまはとても幸せです。彼はぼくが知る限り、もっとも鋭敏な味覚を持っている人だと思います」(ブランドンさん=以下同)

岐阜出身、39歳の古田シェフと、メキシコ北部のバハ・カリフォルニア州出身、27歳のブランドンさん。二人は生まれ育った環境も世代も異なるが、不思議な信頼関係で結ばれているようだ。

メキシコの食材と日本の食材を絶妙な感性で結びつける

「ぼくが日本で店を持ちたい理由は大きく二つあって、一つは日本人のデリケートな味覚。そしてもう一つは多様で上質な日本の食材です。メキシコ料理というと肉をイメージされる方が多いかもしれませんが、ぼくが生まれ育ったバハ・カリフォルニアは東西を海に囲まれた半島でシーフードが有名。こどものころからマグロやブリ、キンキ、伊勢海老など多くの魚介を食べてきたので、日本のすばらしい食材に触れることができるのがとてもうれしいんです。鮮度への意識や、神経締めなど、日本の魚の扱いは世界一ですから」

日本のシーフードを極上のメキシカンに

3月26日からスタートする「Nácar」で提供する予定だという料理をこの日は3皿つくってくれたが、たしかにそのどれにもシーフードが使われている。

半生の食感が心地よい前菜「アオリイカ」

まず半身だけ火を入れたアオリイカのセビーチェにはアクセントにかんずりを利かせたクラマトソース。通常のクラマトはトマトに干したハマグリで旨味をプラスしているが、ブランドン流クラマトはトマトウォーターに生姜やコリアンダー、チリやレモンを加えたフレッシュで軽い仕上がり。

ソースの酸味と半生のアオリイカの食感が官能的に口中を刺激し、もっともっとと欲しくさせる。

「ホタテ サルサ・マチャ」。サルサ・マチャとはチリをたっぷり使ったスパイシーなソースを指す

さらに昆布じめにしたホタテとラルド(豚の背脂)をのせたソぺ(揚げたタコス)。

ラルドには軽く火を通す
スパイス、乾物をメキシコから取り寄せた。ユニークな個性のあるチリを料理によって使い分けている

ホタテの肝を濾して使ったサルサ・マチャはブランドンさんいわく「XO醤からインスピレーションを得た」のだとか。本場メキシコでは「この100倍辛い」そうだが、チリを控えめに使うことでホタテの繊細な甘味を引き立てている。

「サクラマス」のタコスには、ピーナッツを使った濃厚なモレを添えて

またタコスも一般的なトウモロコシ粉のトルティージャではなく、小麦粉のフラワートルティージャを使うのはメキシコ北部のスタイル。この日は青森産のサクラマスをミキュイにし、チリとピーナッツの濃厚なモレを添えた。

クリスピーに焼かれた鱒の皮とねっとりした身、クリーミーなモレをトルティージャが包み込み、一口噛めばさまざまな香り、風味、食感が炸裂する。いままで見知っていたタコス観を新たにさせられる一皿だった。

盛り付けは「CHIUnE」同様、極限までシンプル

コースはこれらメキシカン・フュージョンとでも言うべき10皿にドリンクをペアリングして、1人5万5,000円(税込・サービス料別)。「CHIUnE」の休日のみ営業であるため、開催日が限定されているというものの、予約は一瞬で埋まったそうだ。前職であったモダンメキシコ料理の名店「Pujol(プジョル)」では副料理長を務めていたというものの、日本ではまだ無名な料理人としてはこれ以上ないほど幸先の良いスタートだ。フーディーたちの熱い注目を一身に集めている「Nácar」である。

■店舗情報
Nácar
住所:東京都港区西麻布4-9-11
予約:OMAKASEにて

撮影:松園多聞
文:秋山都