〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

シェフやソムリエも通うイタリア料理店

カウンター席はシェフズテーブルかつ、ハイチェアにならずゆったり座れるよう手前が階段で床が上げられている
テーブル席も8席ある

自由が丘駅と九品仏駅から近い八幡通りは、おいしいレストランが増えていると話題のエリア。中でも「igora(イゴラ)」は、同業者であるレストランのシェフやソムリエの客も多い、評判のイタリア料理店だ。食材はほとんどが生産者から直送されていることもあり、素材の持ち味を活かした味わいが楽しめる。例えばお肉やパスタもイタリア料理だからとトマトや香味野菜で煮込むことをせず、引き算の料理を追求。香りや旨味が引き出された滋味深い味に仕上げられている。

イゴラで料理に合わせて出されているのは、自然派ワイン。シェフの坂井務さんは修業時代、深夜まで勤務した後に飲んだ、疲れた体に染みるようなおいしさに魅了されて以来、自然派ワインのとりこに。セラーにストックされた500〜600種類の自然派ワインはほとんどが坂井シェフが集めたもの。

左からソムリエの上延可怜さん、シェフの坂井務さん

坂井シェフは2年ほどイタリアを中心にヨーロッパで修業した経験があり、レストランで働いただけでなく、イタリアのマンマに地元の手打ちパスタを教わったり、フランスのジュラ地方のワイナリーでブドウの収穫を手伝ったりもした。帰国後は、三軒茶屋の人気イタリアン「ブリッカ」などで経験を積み、2019年に独立した。ソムリエとして週に数日、店を手伝う上延可怜さんはワインショップにも勤務。グラスワインのペアリングの要望にも応えてくれる。

穴子と里芋のテリーヌ✕シャブリ

「穴子と里芋のテリーヌ」

イゴラではディナーコース(9,350円)が日替わりで出されている。コースは生魚、スープ、前菜2皿、パスタ2皿、メイン料理の7皿。前菜で常連に人気なのが「穴子と里芋のテリーヌ」。里芋のペーストを穴子でサンドした焼きテリーヌという温かい一皿で、パンのように見える部分がカリカリに焼かれた穴子。ねっとりした里芋のペーストに香ばしい穴子の旨みがふくらむ味わい。添えられているヨーグルトのマヨネーズソースのまろやかな酸味が焼きテリーヌを引き立てていた。

アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムールのブルゴーニュ・シトリー2018(グラス1,200円、ボトル6,900円)

穴子と里芋のテリーヌに合わせて選ばれたのは、ブルゴーニュ・シトリーの白ワイン。「ブルゴーニュ・シトリーは生産地域でいうとシャブリ。かつてはシャープな酸が特徴でしたが、温暖化の影響によって果実のボリューム感がプラスされつつ、土壌由来のすっきりしたミネラル感があるワインです」と上延さん。シャブリはクリーム煮などまろやかな料理と相性が良いため、まったりした旨みのある焼きテリーヌをすっきり軽やかにしてくれた。

ホタルイカと菜の花のパスタ✕ほろ苦白ワイン

ホタルイカと菜の花のトロフィエ

パスタの1皿目はトロフィエというイタリア・リグーリア州の手打ち伝統パスタ。早春が旬のホタルイカと菜の花を使った、春の訪れを感じる料理。最後に八丈島のレモンの皮が削られている。一見、シンプルな料理だが、イカの肝の濃厚な旨みが口いっぱいに広がり、菜の花やレモンの皮のさわやかなほろ苦さがアクセントに。余韻がにじみ出たようなおいしい印象が残った。

ドメーヌ・ロマノー・デストゥゼのエルヴェ・スオー2020(グラス1,300円、ボトル7,400円)

ホタルイカと菜の花のトロフィエには、ローヌの白ワインをペアリング。「料理が繊細な味なので、ドライで旨みがありながら、アフターにほろ苦さのある白ワインにしました。料理とワインで早春の雰囲気を存分に感じていただけると思います」と上延さん。季節を感じることのできる組み合わせとなっていた。

蝦夷鹿のラグーパスタ✕日本の赤ワイン

蝦夷鹿のラグーとごぼうのパッパルデッレ

2皿目のパスタは「蝦夷鹿のラグーとごぼうのパッパルデッレ」。こちらもイタリア伝統の幅広の手打ちパスタ。「鹿肉の味がきれいなので、それをダイレクトに味わってほしくてシンプルにごぼうと合わせています。パッパルデッレはかなり薄めにつくっているのでワンタンのような食べ心地です」と坂井シェフ。運ばれてくると、薄くスライスされたごぼうの香りが上品に漂い、食べてみるとラグーのパスタとしては重さのないやさしい印象に驚いた。

ドメーヌ・オヤマダの洗馬2020(グラス1,100円、ボトル6,500円)

パッパルデッレにおすすめなのは、カベルネ・フランを主体にした日本の赤ワイン。「土っぽさやコーヒーのニュアンスがありつつ、日本ワインなので苦味がひかえめで透明度もあるワインです。ラグーのパスタは重くなりがちですが、軽さと滋味深さを持っているので、同じような個性の日本ワインで合わせました」と上延さん。赤ワインと組み合わせても軽やかさがあって、印象だけが深く残るようなマリアージュだった。

坂井シェフの「私が恋した自然派ワイン」

イヴォン・メトラのフルーリー2013(マグナム20,000円、ボトル16,000円)

坂井シェフは初めて自然派ワインを飲んで、とりこになったきっかけのワインをあげてくれた。

「深夜まで働いたあとに、一緒に働いていた同僚が飲ませてくれたワインです。正直、お酒を飲む気分じゃなかったんですが、あまりにも体にスッと入ってきたことに衝撃を受けました。

それ以来、自然派ワイン好きになり、店の皆で1本持ち寄って勉強会をしていた時期もあったくらい。亜硫酸を抑えた、果実味のおいしさを存分に感じさせてくれる赤ワインです」

フランスや日本ワインを多くラインアップ

ボトルワインは6,500〜11,000円、グラスワインは10種類あって1,000〜1,600円

イゴラには大きなウォークインタイプのワインセラーがあり、500〜600種類もの自然派ワインが詰まっている。坂井シェフの料理に合うワインとして、やさしい味わいの一本が多く、フランスやイタリアのものが中心。また、坂井シェフは自身の料理との親和性を日本ワインにも見いだしている。毎年、数軒のワイナリーを訪ねていて、ドメーヌ・オヤマダ、テール ド シエル、南向醸造、ドメーヌ タカヒコ、kondoヴィンヤードなどの入手困難なワインや新進気鋭の生産者のワインがストックされている。飲みたいワインが必ず見つかるはずだ。

懐の深い、やさしい味と出会いたいときに

メニューはコースのみだが、デザートはアラカルトで注文することができる

食べ終わると、味わいに奥行きを感じるような懐の深さのある料理とそれに寄り添う自然派ワインがゆったりした時間をもたらしていたことに気づく。都心から一歩出て、落ち着いた時間を過ごしたいときに訪れてみよう。

外観

※価格はすべて税込、席料600円

取材・文:岡本のぞみ(verb) 
撮影:山田大輔