香港の名店の流れを汲む中国料理店が待望の復活「家全七福酒家 東京新橋店」
2019年12月、武漢で最初の感染者が報告されてから実に3年余り。新型コロナウイルスによるパンデミックにもようやく落ち着きが見え始めた昨今、その影響で閉めざるを得なかった店々が、再び復活の兆しを見せ始めている。
2022年2月、惜しまれつつ店を閉じた「家全七福酒家 SEVENTH SON RESTAURANT 丸ビル店」もその一つだ。「家全七福酒家」といえば、あの香港のレジェンド的名店「福臨門魚翅海鮮酒家」(以下「福臨門」)の流れを汲む美食家垂涎の一軒。支配人を務める野坂裕彦さんは、復活のいきさつをこう説明する。
「コロナが少し落ち着いてきた5月頃から再オープンに向けて動き始めていたのですが、代表の徐維均(チュイ・ワイクォン)が、新橋・第一ホテル東京の社長と以前から懇意にしていた関係もあり、かつて中華料理店だったスペースにほぼ居抜きで入れるよう話がトントン拍子にまとまりました」。そのおかげで、閉店して1年を待たずに店を開けることができたそうで、グランドオープンは、2022年12月1日。料理長の黄氏はこの道一筋45年。そのうちの40年間を「福臨門」「家全七福酒家」の厨房に立ち続けてきたベテランだ。
ところで、この「家全七福酒家」の名は、代表の徐維均氏が「福臨門」の創業者である徐福全(チュイ・フォックチュン)氏の七男であったことに由来する。父である福全の七番目の子供であり「福臨門」の継承者という意味を持つそうだ。ちなみに、香港・湾仔にある「福臨門」は、兄である五男の徐沛均(チュイ・プォイクォン)氏が受け継いでいる。
さて「福臨門」といえば、まず、忘れてはならない一品が名物の“七福脆皮鶏”こと「金鶏の姿揚げ」だろう。近頃、広東系中華料理店でも頻繁に見かけるようになったクリスピーチキンだが、本を正せば“広州十大名鶏”にも挙げられている広東の伝統料理。それが、日本でも広く知られるようになったのは、ひとえに「福臨門」の功績によるところが大きい。「伝統的な調理法により素材の味を最大限に引き出し、高める」をモットーとする「福臨門」なればこその逸品だろう。そのポリシーは「家全七福酒家」でも引き継がれ、素材を吟味。脆皮鶏にしても「福臨門」時代と同じ龍崗鶏(ロンコンカイ)を使用している。
「広州原産で、皮が厚く身のしまった細身の鶏ながら肉の風味がいい。背中からお尻にかけては脂がしっかりのっていて、脆皮鶏にはピッタリです」と黄料理長。現在は、茨城の養鶏場で特別に飼育してもらっているそうで「1989年の東京店オープンに際し、徐社長は日本で鶏を探し始めたのですが、満足のいく鶏が見つからず、香港からつがいの龍崗鶏を運び、茨城の養鶏場で飼育してもらうことにしたんです」と野坂支配人(現在は、鳥インフルエンザの影響で、一時的に龍崗鶏の代用として、身質の似ている香鶏を使用)。
“脆皮”の名の通りサクサクと軽やかな皮と肉汁ほとばしるジューシーさがこの料理の持ち味だが、その理想のテイストに仕上げるには、仕込みの丁寧さと揚げ方がポイントとなる。まず、丸鶏は塩をよくすりこみ下味をつけた後、熱湯をかけて皮を張らせ、そのあと、水飴と酢を混ぜた皮水を塗って半日〜1日干す、という手間のかけよう。そして、揚げ方も独特。いわゆる唐揚げのように油の中に投入するのではなく、熱した油を100回近く回しかけながら揚げていくというもの。それも、ただかければいいというものではない。黄料理長によれば「60℃程度の低温から揚げ始め、最終的には180℃の高温になるまで徐々に温度を上げながら揚げていく」そうで、その温度の微調整が出来上がりに大きく作用するわけだ。
また、上品な味わいの“上湯”(ショントン)も「福臨門」を語る際、外せない味だろう。「家全七福酒家」でもその味を継承。老鶏と豚赤身肉、金華ハムを蒸すこと6時間。ここでじっくり旨味のエキスを抽出した後、黄料理長は、更に1時間、トロトロの弱火で煮込んでいる。というのも、より香りを引き出したいがゆえ。それが黄料理長のこだわりでもある。
写真は、その上湯に椎茸と編笠茸、衣笠茸と広東白菜を入れた蒸しスープ。キノコ類は乾貨と呼ばれる乾物類を使用。干すことで旨味が更に深くなっている。上湯は、スープとして使うほか、ふかひれなどの高級乾貨の料理や炒め物などいろいろな料理に使われる、いわば、店の味の要と言ってもいいだろう。
中国五大麺の一つに数えられる「伊府麺」にもこの上湯を使用。伊府麺とは、卵黄だけで練って作る高級麺のことで、一度油で揚げたものを料理に用いる。「福臨門」では、油で揚げることで気泡ができた麺に、スープの旨味が染み込むよう軽く煮込んでいる。スープの良し悪しが、味に大きく作用するのは言わずもがなだろう。「家全七福酒家」の定番は、具に黄ニラとマッシュルーム、椎茸を入れた「干焼伊麺(伊府麺の煮込み麺)」だが、海鮮入りなど具の内容はカスタマイズできるそうだ。
上湯が和食の一番だし的な高級スープなら、味噌汁のような日常のスープが「例湯」(ライトン)。水から具材を入れて直火でコトコト煮込んで作る、香港人にとってはおふくろの味とも言える日々のスープだ。
黄料理長が運んできたそれは、豚肉やスペアリブに青大根や人参などの野菜、そしてわい山(乾操山芋)、ハトムギといった生薬を合わせ、3時間以上じっくり煮込んだものだ。素材の味を引き出すべく調味料は一切加えていないそうで、じんわりと胃袋に優しい味わいが特徴だ。好みで塩を少し入れてもいいだろう。
ところで、今年63歳になる黄料理長は点心師出身。それだけにランチの飲茶にも力が入っている。オーソドックスな海老蒸し餃子やチャーシューまん、ニラ入り揚げ餃子をはじめ、今月のおすすめ点心も含めれば常時20種余りが勢揃い。中でも黄料理長のイチ押しは「蟹肉入りふかひれ餃子」だとか。
皮の厚さと具とのバランスも上々。味わいも上品だ。もちろん、いずれの点心も皮から手作り。作り置きや冷凍は一切せず、その日売る分だけを作って翌日までは持ち越さない。それが、黄料理長の流儀でもある。
「点心は、見た目の美しさや皮の厚みなど繊細さが問われる料理」と黄料理長。細部にわたるきめ細かな配慮は、点心に限らず料理全体に生かされている。
※価格はすべて税込、サービス料10%別