定番から本格広東料理まで。“銀座で中華”のリュクス気分を存分に味わえる「江戸中華 よし町」
ここ数年、注目を浴びている“町中華”。パリで“ネオビストロ“が話題を呼んだように、最近では、東京でも、若い料理人たちによる“ネオ町中華”なるジャンルも生まれているようだ。
この“町中華”の源流!? とも言われているのが、かつて芳町と呼ばれた東京六花街の一つ、人形町で創業した「大勝軒総本店」だ。明治後期、屋台で始め、店を構えたのは大正2(1913)年のことだとか。その後、喫茶店へと業態変更した際、同店で27年間働き、20年近くチーフとして腕を振るっていた楢山泰男さんがその味を引き継ぎ、同じ人形町に「大勝軒」を開業。一旦リタイアしたものの、縁あって、2010年に銀座で始めたのが「日本橋よし町」だった由。だが、この「日本橋よし町」も、惜しまれつつ2015年に閉店。跡地を山野辺仁シェフが引き継ぎ「銀座 やまの辺 江戸中華」(現在は銀座6丁目に移転)がオープンしたことは周知の事実だろう。
「昔の仕事を見てみたかったので『日本橋よし町』さんが閉店される3カ月ほど前から厨房に入って勉強させていただきました。昭和なスタイルを好むお客様も多くて。毎週、横浜から見えるご夫婦もいらっしゃいましたね」こう語る山野辺シェフは「天厨菜館」グループで総料理長まで務めた経歴を持ちつつも、町中華としての「日本橋よし町」の在り方や精神に惹かれる部分も多々あったとか。
その「日本橋よし町」が、2022年12月12日「江戸中華 よし町」として令和スタイルに装いを変え、新たなスタートを切った。場所は以前と同じ銀座8丁目。だが、今回は地下ではなく路面店。
山野辺シェフによれば「銀座で通りに面した物件はなかなか出てこない。この立地条件もよし町再開のきっかけの一つとなった」とのこと。というのも、銀座に多い空中店舗は、フリーの客ではなく自分の店めがけて来てくれる客を優先。否、そういう客だけをターゲットにしていく傾向がある。しかし、路面店なら、外から中の様子がうかがえる分、ハードルが低い。「気軽にふらっと入れて、麺飯だけでもOKな店って、意外にないんですよ、銀座に。で、そんな使い勝手の良い店があってもいいかな、と思って」とのこと。
それゆえ、要予約でコース(19,800円)の用意はあるものの、基本的にメニューはアラカルトのみ。「よし町秘伝の蟹玉」や「よし町の豚肉しゅうまい」に「天津麺」など「よし町」ゆかりの名品をはじめ、海老チリ、回鍋肉、青椒肉絲に麻婆豆腐、八宝菜、酢豚等々町中華の定番がずらりと並ぶ。
だが、それだけではない。中には「特製クリスピーチキンの砂漠仕立て」や「鮮魚の広東式あっさり蒸し」といった本格的な広東料理から「やまの辺」で人気だった「金胡麻の稲庭担々麺」もしっかりラインアップ。町中華の定番メニューにしても、海老チリのソースはケチャップではなくフレッシュトマトを用い、回鍋肉も葉ニンニクで作る本格派。青椒肉絲は豚肉ではなく和牛を使用するなど、さりげなくバージョンアップ。銀座らしいリュクスな町中華を目指している。
山野辺シェフから店を託されたのは、広東料理畑を歩んできた菅野能仁(よしひと)シェフ、39歳。大学を卒業後、銀座「赤坂璃宮」に弟子入りし、5年半修業。その後、東陽町「ホテル イースト21東京 」の「中国料理 桃園」、横浜中華街「揚州飯店」等を経て、恵比寿「泰山」の料理長として腕を振るったこともある逸材だ。
「デートなどでも使えるちょっと高級でよそゆきな町中華というイメージでしょうか。銀座ですからね。ここでは、これまでの経験をベースとしつつ『よし町』の名物料理を継承し、幅広いラインアップをそろえるように心がけています」。そう語る菅野シェフのイチ押しが、ご覧のクリスピーチキンだ。
“脆皮鶏”の名で知られる通り、パリッとした皮の食感としっとりとした身のコントラストが持ち味。だが、菅野シェフは、これを避風塘仕立てにアレンジ。
避風塘料理とは、香港の水上生活者が食べていた屋台の料理で、揚げたニンニクとパン粉、唐辛子のミックスを海鮮や肉などのメイン食材と共に炒め合わせたもの。「よし町」では、それをチキンの上からざっくりと振りかけているのだ。
ニンニクの香ばしさと唐辛子の代わりに用いた七味のスパイシーさが、チキンのクリスピーな食感を更に引きたて、つい、あともう一つと手が伸びる。冷えたビールが合いそうだ。
そして「よし町」のDNAを受け継ぐ蟹玉もチェックしておきたい逸品だろう。こちらは、ほぼ「よし町」スタイルを継承しているそうで、菅野シェフ曰く「これまでもあちこちの店で蟹玉は作ってきましたが『よし町』の作り方は独特」なのだとか。
大抵の場合は、蟹玉の中心をオムレツよろしくやや半生に仕上げ、餡は別に作ってかけるのだが、「よし町」のそれは中までしっかり火を入れ、しかも、蟹玉を鍋に入れたまま、その同じ鍋で餡を作り、餡の中で蟹玉をしばし炊くというのだ。
「餡の中で炊くことで、餡のだしが蟹玉に染み込み、心持ちフワッと柔らかくなるんです。こういうおいしさもあるんだなぁと思いましたね」と菅野シェフ。ズワイ蟹とタラバ蟹をたっぷり入れ、スープも上湯をベースに甘みはつけず、醤油と塩でシンプルに仕上げるなど蟹玉そのもののおいしさを前面に押し出している。
また、お馴染みの麻婆豆腐も一工夫。従来は豚肉を使う炸醤(肉味噌)や具の挽肉を和牛にチェンジ。それも、赤身がおいしいと評判の尾崎牛を厚切りにして加え、豚肉とはひと味違うコクと風味を表現している。
加えて、豆腐の他に厚揚げを入れることで食味に変化をつけ、花椒だけではなく和歌山のぶどう山椒を用いるあたりは、江戸中華を謳う「銀座 やまの辺」の遺伝子を感じさせる。程よい痺れ感と辛味は、白飯はもちろん、赤ワインにも合いそうだ。
そして、「よし町」伝来の看板メニューといえば肉焼売! 新生「よし町」では、肉焼売に加え、菅野シェフのキャラを生かして海老焼売も導入。肉焼売は、セオリー通り豚挽肉と玉ねぎがメイン。あまり練りすぎぬよう気をつけつつ、フワッとした口当たりに仕上げ、くわいを入れて食感をプラスしている。
一方、海老焼売は香港スタイル。手切りの豚肩ロースと海老のプリッとした歯応えも美味。1個から注文できるのもうれしい限りだ。
〆の麺飯も、人気の「金胡麻の稲庭担々麺」をはじめ「天津飯」や「五目あんかけ焼きそば」等々昭和なメニューが人気を呼ぶ中、菅野シェフのお得意は?と聞けば炒飯との答え。
「パラッとしつつも、しっとりした炒飯を意識している」そうで、中でもおすすめはオリジナルの「カラスミ炒飯」だとか。シンプルな卵白炒飯に黄金色のカラスミをたっぷりふりかけた、彩りも味わいも上品。カラスミだけをまず食べてから、少しずつご飯と共にいただくもよし、最初から豪快に混ぜ合わせて食すもよし。酒のアテにもなりそうだ。
※価格はすべて税込、サービス料別